ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
ビュンッ──今までと比にならない速度で振るわれる『三刃鞭』。三つの刃の鞭が、大気を裂いて宙を舞いながら僕に襲いかかってくる。
「死ね!」
ギルザの言葉と共に襲来するそれを、僕は最小限の動作で躱す。が、やはりそれでも三刃鞭の刃が僕の腕や脇を浅く抉り裂いてくる。
だが、僕は狼狽えなかった。そのまま腰を低くし、再びギルザに向かって駆け出す。
傍目から見れば、それは先ほどの二の舞にしかならない行動だっただろう。現に、ギルザは完全に勝利を確信したように笑みを浮かべていた。
「馬鹿か小僧!?血ィ抜けて頭ん中スッカラカンになったのかぁ!?そうやって突っ込んでも俺には辿り着けねえよ!!」
ビュンッ──ギルザが『三刃鞭』を振るう。刃の鞭がさっきと同じような軌道を描いて、僕に飛来する。
このままではまた僕の首元を抉り裂いてくるだろう。もしそうなれば、今度こそ僕は甲板に倒れ伏し、もう二度と立ち上がれはしない。
そんな、誰にだって予見できる簡単な未来──しかし、僕は
ザグッ──『三刃鞭』が抉り裂いた。僕の、右肩を。
「……あ?」
間の抜けたような声を漏らすギルザ。その間も僕は止まらない。ただひたすら真っ直ぐに、彼の懐を目指す。
「チッ」
ギルザが『三刃鞭』を振るう。刃の鞭が不規則な軌道を描き、宙を滑りながら僕の首元を狙う。依然勢いを保ったまま僕は身体を傾ける。結果、『三刃鞭』は僕の首元を抉り裂くことなく、それぞれが腕や足を抉った。
「…………」
ギルザの表情が、固まった。それから無言で『三刃鞭』を振るい続けるが、三つの刃は走り続ける僕に対して致命傷を与えることができない。
傷は増えていく。だが、
徐々に、ギルザの表情に焦りが滲み始める。
「こ、こいつ……!」
そしてまた『三刃鞭』を振るうが、結果は変わらなかった。
──躱そうとするから、駄目だったんだ。
『三刃鞭』の刃を身に受けながら、僕は心の中で呟く。
──無理に躱そうとするから、一本目は躱せても二本目と三本目はまともに受けてしまった。
考えてみれば、それは当然のことだった。『三刃鞭』は三本の鞭。一本を躱すことに全力を費やしては、その後は無防備になってしまう。無防備になったところを、残りの二本の鞭が急所を狙って抉ってくる。
無防備な状態でそれを躱すなど到底不可能だ。だったら最初から
致命傷さえ避けられれば、あとは問題ない。腕を抉られようが足を裂かれようが、死にはしない。痛みなど、いくらでも堪えられる。
──先輩が笑われるのと比べたら、こんなものなんともない。先輩のためだったらいくらだって傷ついてやる。
寸でのところで首への致命傷を避けながら、僕はギルザとの距離を詰めていく。彼との距離が縮まる度に身体の傷は増えていくが、こんな男に先輩が笑われた屈辱に比べればどうってこともない。
──死ななければ、問題はないんだ……!!
先ほどよりもずっと強く、それこそ割り砕かんばかりの勢いで甲板を蹴り、僕は愚直に一心不乱にただギルザの元を目指す。
少しも走る速度を緩めない僕に、遂にギルザが堪らず叫んだ。
「いい加減止まれやこのガキがァアアッ!!!」
叫びながら、ギルザが『三刃鞭』を振るう。金属の擦れ合う不快な音を立てながら、『三刃鞭』の刃が僕の首に向かう──ことはなかった。
ザクッ──三本全ての刃は、僕の首ではなく腹部を切り裂いた。
「がはッ……!」
すぐさま喉奥から粘つくものが込み上げて、堪え切れず大量の血を吐き出してしまう。吐き出された血が甲板にぶち撒けられる。
……が、それでも僕は足を止めなかった。限界まで力を込めて、甲板を蹴り叩く。
「はぁ……!?」
驚愕を隠そうともせず、ギルザが戦慄するようにそう溢す。対し、僕は変わらず彼を睨み続けた。
そして、遂に────ギルザとの距離が、縮まった。
──絶対に、逃がさない……!
確固たる意思の下、僕は血が滲むほど力を込めて拳を握り、振り上げる。対して、ギルザは──その顔を焦りから、明確な恐怖に歪ませていた。
「く、来るな!来るんじゃねえ!!」
もはやそれは叫びではない。恐怖に打ち震える、惨めな悲鳴。だが、僕は足を止めない。そのまま、彼の懐に飛び込む。
すると彼は握り締めていた先輩の白いリボンを宙に放って、震える手を懐に突っ込んだ。
「俺に近づくなあああぁぁぁぁあああああああっ!!!」
発狂するようにそう叫んでギルザが懐から取り出したのは、一丁の銃。未だ震えている手つきで冷たく輝く銃口を僕に向けた。
パァン──乾いた枝を折ったような音と共に、金色の銃弾が撃ち出された。
「ッ!」
大気を熱して焦がし、螺旋に回転するそれは僕に向かって真っ直ぐに突き進む。時間にして一秒にも満たない一瞬────
ドゴォッ──僕の頬を掠めて通り過ぎ、それと同時に僕は全ての勢いを乗せた己の拳を、一切の迷いなくギルザの顔面に突き刺した。
防御もできず、まるで玩具のように吹っ飛び甲板に転がるギルザ。数回身体を痙攣させたかと思えば、そのままピクリとも動かなくなった。
先輩のリボンが宙に漂い、夜風に流されてしまう──直前、僕が掴み取る。そして気絶したギルザに、届くことのない言葉をかけた。
「リボン、返してもらいますよ」