ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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厄災襲来(その七)

 今日は死ぬにはいい日だ────その言葉に込められた意味合いを、僕は知っている。

 

 

 

 

 

「……あと一時間弱、か」

 

 時刻魔法により現時刻を確認して、僕────クラハ=ウインドアは静かに、小さくそう呟く。

 

 周囲を見渡せば、五十を軽く越す冒険者(ランカー)たちが、各々の方法で作戦開始までの時間を潰している。

 

 得物の手入れを丹念に行う者。魔法の微調整を行う者。装備や物資を確認する者。とにかく身体を動かしている者。

 

 青褪めた顔で全身を震わせている者。通話魔法が込められた魔石を使って『世界冒険者組合(ギルド)』に何度も連絡を試みている者。己が不運を呪い自暴自棄になっている者。ただひたすらに神へ祈る者。

 

 混沌の坩堝という表現が、ここまで相応しい場所もそうはないだろう。

 

 今この場に集まった《S》冒険者十名、《A》冒険者百名、それ以下のランクの冒険者三百九十名。総勢五百名の大半が、悲嘆に暮れたり絶望に打ち拉がれるのは無理もない。

 

 こんな大隊に、遅滞戦術を取る為だけの決死隊に編成されてしまったのだから。

 

 ──……。

 

 ()()()()()()()()。誰もがきっと、そう思っている。

 

 第一、第二と同じように────全滅するだろう、と。誰もがきっと、そう思っている。

 

 そしてそれは────

 

 

 

「こんなところにいたのね」

 

 

 

 ────この人だって、同じなのだろう。

 

「お疲れ様です、メルネさん」

 

 声をかけられ、僕はその人に────メルネ=クリスタさんに形式的な返事をする。そんな僕のことを見下ろす彼女は、徐にこちらの隣に。少しの間を空けて、ゆっくりと腰を下ろした。

 

 メルネさんは僕が所属する冒険者組合(ギルド)、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の代表受付嬢────()()

 

 (かつ)ての第三期『六険』────冒険者番付表(ランカーランキング)にその名を連ねる百人の《S》冒険者の中で、最高峰と謳われる六人の一人であり、序列第三位。

 

『戦鎚』────メルネさんが現役を退いてから十年が過ぎたが、それでもその二つ名と活躍を未だ克明に覚えている者は多い。

 

 特に〝絶滅級〟最上位とされた竜種(ドラゴン)、『鏖の焔(カーネイジレッド)』を上空から代名詞たる得物の戦鎚による一撃、【撃鎚】で以て討ったことは多くの人々によって語り継がれている。

 

 そんなメルネさんが今、僕の隣に座っている。『大翼の不死鳥』の代表受付嬢としてではなく、『六険』の一人として。『戦鎚』のメルネ=クリスタとして。

 

 受付嬢の姿からは想像できない、現役時代を彷彿とさせるような、動き易さ最重視の軽装に身を包んだメルネさんは。咥えている煙草(たばこ)の先から紫煙を(くゆ)らせながら、不意にその口を開かせる。

 

「結局、説得はできたの?」

 

 その問いかけに対して、僕は何も答えなかった。数秒、二人の間で静寂が流れた後、メルネさんが呟く。

 

「やっぱ男って馬鹿ばっかね」

 

 そして黙り込むしかないでいる僕に、メルネさんは続ける。

 

「もう今更だし言っても仕方のないことだけれど、やってられないわ、本当。何でとっくの昔に引退したのに、こうしてまた戦場(げんば)に駆り出されなきゃいけないのよ。他の四人(あいつら)、今頃どこで何やってんだか」

 

「……」

 

「毎度毎度、お互い貧乏くじ引くわね」

 

「……」

 

 それを皮切りに、次々と吐き出されるメルネさんの愚痴。その全てを、僕は相槌を打つことさえもせず、ただ黙ってひたすらに聞き続けた。

 

「ねえ、クラハ」

 

 が、それは不意に。本当に唐突に終わりを告げて。

 

「今日は死ぬには良い日だって、あなたは思う?」

 

 いきなり、メルネさんは僕にそう訊いてきた。

 

「…………」

 

 今日は死ぬにはいい日────その言葉に込められた意味合いを、僕は知っている。

 

「ええ」

 

 生還など到底望めない、絶対的な死地へと赴く己を。それでもと鼓舞(だま)し、死に恐怖する己を向かわせる為の言葉────()()()()

 

「心の底から、そう思いますよ」

 

 ()()()()()()()()()()。死にたくないから、生きていたいから。その為の、運命に抗う為の言葉だ。

 

 そもそも、()()()()()()()()()()()()

 

 そしてそれは、メルネさんも知っている筈。だから、僕にそう訊ねたのだろう。

 

「……そう」

 

 僕の返答を受けたメルネさんはそれだけ呟き、何処か安心したような、満足げな微笑みを浮かべて。徐に立ち上がり、ゆっくりとその場から歩き出す。

 

「……死ねない。僕はまだ、死んではいけない」

 

 徐々に遠去かり、小さくなっていくメルネさんの背中を見つめながら。僕は静かにそう、独り言を零す。

 

 そうだ。あの日から、そう決めたのだ。

 

 どんなに辛くても、どれだけ苦しくても、そうやって罪悪感に押し潰されながらも。

 

 償う為に。贖う為に────

 

 

 

 

 

『行くな。……行かな、いで』

 

 

 

 

 

 ────そして共に在る為に。

 

「……」

 

 僕は再度時刻魔法を発動させる。気がつけば、作戦開始まで五分を切っている。

 

 少し遅れて、僕もまたその場から立ち上がり。そうして歩き出す────

 

 

 

「伝令ッ!伝令ッ!!」

 

 

 

 ────直前、この場の空気を切り裂くように、そんな声がけたたましく響き渡った。

 

 一体何事かと、声の主たるその冒険者(ランカー)に、周囲の他の冒険者たちが一斉に見やる。

 

 そうして無数の視線に晒される最中、恐らくこの場に全速力で駆けつけたのだろう冒険者は、その顔を汗塗れにさせ、顎下に伝わせながらも。

 

「全冒険者に、告ぐ……待機せよ、と。新たな命令がない限りは、慎重を期してこの場に待機せよと……『世界冒険者組合(ギルド)』から命令があった」

 

 と、言って。そうして一呼吸置いてから、伝令役の冒険者は震える声音で、こう続けた。

 

「『剣戟極神』と『輝闇堕神』は、『極剣聖』と『天魔王』によって……今し方、討たれたらしい」

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