今日は死ぬにはいい日だ────その言葉に込められた意味合いを、僕は知っている。
「……あと一時間弱、か」
時刻魔法により現時刻を確認して、僕────クラハ=ウインドアは静かに、小さくそう呟く。
周囲を見渡せば、五十を軽く越す
得物の手入れを丹念に行う者。魔法の微調整を行う者。装備や物資を確認する者。とにかく身体を動かしている者。
青褪めた顔で全身を震わせている者。通話魔法が込められた魔石を使って『世界
混沌の坩堝という表現が、ここまで相応しい場所もそうはないだろう。
今この場に集まった《S》冒険者十名、《A》冒険者百名、それ以下のランクの冒険者三百九十名。総勢五百名の大半が、悲嘆に暮れたり絶望に打ち拉がれるのは無理もない。
こんな大隊に、遅滞戦術を取る為だけの決死隊に編成されてしまったのだから。
──……。
第一、第二と同じように────全滅するだろう、と。誰もがきっと、そう思っている。
そしてそれは────
「こんなところにいたのね」
────この人だって、同じなのだろう。
「お疲れ様です、メルネさん」
声をかけられ、僕はその人に────メルネ=クリスタさんに形式的な返事をする。そんな僕のことを見下ろす彼女は、徐にこちらの隣に。少しの間を空けて、ゆっくりと腰を下ろした。
メルネさんは僕が所属する
『戦鎚』────メルネさんが現役を退いてから十年が過ぎたが、それでもその二つ名と活躍を未だ克明に覚えている者は多い。
特に〝絶滅級〟最上位とされた
そんなメルネさんが今、僕の隣に座っている。『大翼の不死鳥』の代表受付嬢としてではなく、『六険』の一人として。『戦鎚』のメルネ=クリスタとして。
受付嬢の姿からは想像できない、現役時代を彷彿とさせるような、動き易さ最重視の軽装に身を包んだメルネさんは。咥えている
「結局、説得はできたの?」
その問いかけに対して、僕は何も答えなかった。数秒、二人の間で静寂が流れた後、メルネさんが呟く。
「やっぱ男って馬鹿ばっかね」
そして黙り込むしかないでいる僕に、メルネさんは続ける。
「もう今更だし言っても仕方のないことだけれど、やってられないわ、本当。何でとっくの昔に引退したのに、こうしてまた
「……」
「毎度毎度、お互い貧乏くじ引くわね」
「……」
それを皮切りに、次々と吐き出されるメルネさんの愚痴。その全てを、僕は相槌を打つことさえもせず、ただ黙ってひたすらに聞き続けた。
「ねえ、クラハ」
が、それは不意に。本当に唐突に終わりを告げて。
「今日は死ぬには良い日だって、あなたは思う?」
いきなり、メルネさんは僕にそう訊いてきた。
「…………」
今日は死ぬにはいい日────その言葉に込められた意味合いを、僕は知っている。
「ええ」
生還など到底望めない、絶対的な死地へと赴く己を。それでもと
「心の底から、そう思いますよ」
そもそも、
そしてそれは、メルネさんも知っている筈。だから、僕にそう訊ねたのだろう。
「……そう」
僕の返答を受けたメルネさんはそれだけ呟き、何処か安心したような、満足げな微笑みを浮かべて。徐に立ち上がり、ゆっくりとその場から歩き出す。
「……死ねない。僕はまだ、死んではいけない」
徐々に遠去かり、小さくなっていくメルネさんの背中を見つめながら。僕は静かにそう、独り言を零す。
そうだ。あの日から、そう決めたのだ。
どんなに辛くても、どれだけ苦しくても、そうやって罪悪感に押し潰されながらも。
償う為に。贖う為に────
『行くな。……行かな、いで』
────そして共に在る為に。
「……」
僕は再度時刻魔法を発動させる。気がつけば、作戦開始まで五分を切っている。
少し遅れて、僕もまたその場から立ち上がり。そうして歩き出す────
「伝令ッ!伝令ッ!!」
────直前、この場の空気を切り裂くように、そんな声がけたたましく響き渡った。
一体何事かと、声の主たるその
そうして無数の視線に晒される最中、恐らくこの場に全速力で駆けつけたのだろう冒険者は、その顔を汗塗れにさせ、顎下に伝わせながらも。
「全冒険者に、告ぐ……待機せよ、と。新たな命令がない限りは、慎重を期してこの場に待機せよと……『世界
と、言って。そうして一呼吸置いてから、伝令役の冒険者は震える声音で、こう続けた。
「『剣戟極神』と『輝闇堕神』は、『極剣聖』と『天魔王』によって……今し方、討たれたらしい」