ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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厄災襲来(その九)

「そう怯えるな、怯えることなどないぞ少女よ。何故ならもう間もなく、一瞬の苦痛を刹那に感じることなく、貴様は昇天を迎えられるのだから」

 

 と、一方的にそう言い終えた『輝闇堕神』フォールンダウンが、天高く舞い上がる。

 

 対して、白い外套(ローブ)の少女は逃げる素振りすら見せず、頭上に浮遊する堕天使を見上げる────実に、呑気に。

 

 そんな少女のことを天から見下ろすフォールンダウンはわざとらしい程の感傷を込めて、静かに呟く。

 

「……ふむ。恐怖のあまり、感情が死んでしまったようだな。哀れ、哀れなり」

 

 まるで彫刻のような、作り物めいた完璧なる美貌を、堕天使(フォールンダウン)は憐憫に染める。

 

 だが、それは所詮上っ面だけの、偽りのものである

 

 仰々しく両腕を振り上げ、フォールンダウンが高々と少女に向けて言い放つ。

 

「嘆くな、少女よ。これは終焉(おわり)ではない——次代への、開始(はじまり)である」

 

 瞬間、フォールンダウンの両腕に魔力が、爆発的に集中する。そして秒が過ぎるごとに、純白の輝きがその勢いを増し、溢れていく。

 

「さあ、受け入れよ。これは新しき来世(せかい)の、洗礼だ……」

 

 側から見れば神々しいと評する他にない、けれどこの世に存在する全てを悉く破壊し得る、破滅的な威力を内包する輝きが、一条の極光として。

 

 フォールンダウンの両腕からそれぞれ放たれる────直前、少女が閉ざしていたその口を開かせた。

 

「想像以上です」

 

 それは、聞き様によっては、フォールンダウンへの賞賛の言葉に聞こえただろう。少なくとも、フォールンダウン自身はそう捉えた。

 

 だが────

 

 

 

「想像以上、想像以上に────()()()()

 

 

 

 ────それは勘違いに過ぎなかった。

 

 酷く、酷く落胆するように。少女はわざとらしく肩を竦めてみせる。

 

「なんですか、その姿?無駄にキラキラしてるだけじゃないですか。後ろの翼も安っぽいし、大した魔力もないし。仰々しいにも程がありますよ。『輝闇堕神』(サマ)?」

 

 と、何の躊躇もなく、一切の遠慮もなく、そうはっきりと言い退けて。そうして最後に小馬鹿にしたような表情を、少女はフォールンダウンに向けるのだった。

 

「………………ハハ、ハハハハハ…………」

 

 嗤う。上空の堕天使(フォールンダウン)が、嗤う。

 

 それと同時に今すぐにでも放たれようとしていた腕の輝きが、一瞬にして消え失せた。

 

「面白い、面白いぞ少女────いや小娘よ」

 

 その代わりに、今度はその背から差していた七つの後光が、突如として輝き出し。今し方消失した両腕の輝きよりもずっと急激に、凄まじい勢いで強まっていく。

 

「面白くて面白くて面白くて……心底、腹が立つ」

 

 その呟きは、非常に低く殺意に満ち溢れていた。

 

「撤回しよう小娘。貴様は不幸でも薄幸でもない、その身に余るほど、幸運だ」

 

 全くそうとは思っていない声で、フォールンダウンは少女を指差す。

 

 すると、眩く輝いていた七つの後光全てに色が宿る。(あか)(あお)(ちゃ)()(みどり)(しろ)(くろ)────七元属性(ななしょく)がそれぞれの後光に宿り、染まる。

 

「感謝しろ。盛大に、その生命全てを使って、感謝するがいい」

 

 フォールンダウンの言葉が響く。荒野に響き渡る。それに比例して、フォールンダウンの後光の輝きの勢いが、更に高まっていく。

 

「何せこれから貴様は、我らが偉大なる御方により、直々に贈られた奇跡によって、魂の一片も残さず消滅できるのだから」

 

 不意に、少女の足元から数十本の光り輝く鎖が伸び、瞬く間に少女の身体に巻きつき、拘束してしまう。

 

「さあ、受け入れろ。奇跡を、我らが偉大なる御方の奇跡を。さあ、さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあぁぁぁぁ……!!」

 

 瞬間、七つの後光全てが一際強く、輝いた。

 

 決して、それは奇跡などという代物ではない。一度解放されたのならば、全ての存在(モノ)をただ一方的に消去する、遠く遠く、遥か遠くの神代(いにしえ)に置き去りにされた魔法。

 

「受け入れろ、小娘ェェェェエエエエエエッッッ!!!!」

 

『輝闇堕神』が叫ぶと同時に、全ての後光から七色が解き放たれる。

 

 焼き、流し、埋め、貫き、巻き、包み、呑む────

 

 

 

 

 

「……はあ、()っっっ()

 

 

 

 

 

 ────その力を発揮することなく。容易く呆気なく、少女を縛っていた光の鎖と共に、七つ全てが無害な魔力の粒子となって消え失せた。

 

「…………な」

 

 そこで初めて、フォールンダウンの余裕が崩れ始めた。

 

「ば、馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!?きさ、貴様ァ!!一体、今一体何をしたッ!?」

 

 先程の威厳もかなぐり捨て、みっともなく取り乱し、喚くフォールンダウン。そんな最中、侮蔑の眼差しを携えながらに少女が言う。

 

「何をって……別にただ魔法を無効化(ディスペル)しただけですけど。それがどうかしましたか?」

 

「ふざけるなぁあぁあぁぁぁあああぁぁッッッ!!!」

 

 頭を掻き毟り、一心不乱に八枚の翼を出鱈目に羽ばたかせながら、フォールンダウンは狂乱する。

 

「奇跡だぞ!?全てを創造せし主の、全てを生みし我らが御方の、崇高なる奇跡の、神代(いにしえ)の、原初(はじまり)に限りなく近い魔法の一つ────【七の極光(セブンスレイ)】だぞッ!?たかだか人族の小娘風情が、無効化などできる筈ががないッッ!!できてはならないッッッ!!!」

 

「知ってますよ。私も使えますし、それ」

 

「何ィィィィイ!?」

 

 ふあぁ、と。あくびを漏らしながら、心底どうでもよさそうに少女は続ける。

 

「でもそれ魔力の消費の割に威力がそこまでなんですよねー。発動も遅いし……まあざっくり言っちゃうと、使えない類の魔法です」

 

「あ、あり得ない。あり得ない、あり得ないあり得ないこんなことあってはならない……偉大なる御方の恩恵も受けず、そんなことあるはずが……!」

 

「……んー。なんか、可哀想になってきた。……あ、そうだ」

 

 と、何か思いついたように少女はそう呟いて────次の瞬間、彼女はその場から消えた(・・・)

 

「!?」

 

 フォールンダウンは驚愕する。何故なら、さっきまで地上にいたはずの少女が、気がつけば目の前にいたのだから。

 

 己と同じく浮遊する少女が、ぴっと小さな人差し指をこちらに突きつける。

 

「ちょいっとな」

 

 その指先から放たれたのは、極小の球だった。それは宙を真っ直ぐ飛び、スッとフォールンダウンの胸に沈み込んだ。

 

「…………?な、なん——

 

 異変は、すぐに訪れた。

 

 ——ぉ、ご……ぐ、ぃっ、ぎぁああ……!??!!」

 

 ボゴボゴ、と。グチャグチャ、と。そんな聴くに堪えない異音を鳴らしながらフォールンダウンの身体が膨れ上がる。背中の翼が、次々と腐り落ちていく。頭上にあった銀の輪が、錆びて朽ち、崩れ去っていく。

 

「げぇべばああああああッ?だ、だぢゅ、ぶごぉっ??」

 

「……あれ?」

 

 醜く膨れ上がっていくフォールンダウンの姿を見て、まるで予想外というように少女が顎に指を当て、首を傾げる。

 

「いだいいだいいだぃぃぃいいいぃっからっからだっふくれっだずげ、べばあああっ」

 

 ぶくぶく。ぶくぶく。フォールンダウン────否、フォールンダウンだったナニかは、膨れ上がっていく。

 

 顔が、首が、胴が、四肢が、全てが醜く悍ましく、際限なく膨れ上がっていく。

 

「もぐぎぉ、ぎぼぼ、ぼごごごっ」

 

 その様は、まるで風船人形のようだった。

 

 しかし、風船というのは空気を入れれば入れる程膨らむが────限度というものがある。いつしか素材の強度が膨張する力に耐えれなくなった時、一気に破裂する。

 

 そしてそれは、目の前の風船人形(フォールンダウン)とて同じであった。

 

「や、やばっ……」

 

 結末を予測した少女が、再び消える。その瞬間────

 

 

 

「びぎゅっ」

 

 

 

 ボバンッッ──膨張する力に、とうとう耐え切れなくなったフォールンダウンの身体が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……別に、殺すつもりはなかったのに」

 

 荒野をゆっくりと進みながら、少女は呟く。

 

「まさか私の魔力をほんのちょっぴり分けただけで、ああなるとは……本当に期待外れだった」

 

 少女が先を見据える。

 

「まだ、目的地(オールティア)は遠いですねー」

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