ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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海に行こう──緑と、そして青と白

「海に行きましょう!」

 

 突如として僕の目の前に現れるや否や、その一言を僕に対して送り、思わず反射的に生返事してしまった僕を彼女は自らと共に、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』のロビーから別の場所にへと【転移】させた。

 

 一瞬にして目の前に広がる緑一色の長閑(のどか)な風景──僕とフィーリアさんは、ヴィブロ平原に【転移】したのだ。

 

「付いて来てください、ウインドアさん」

 

 そう言うが早いか、フィーリアさんが歩き出す。僕はイマイチ状況を飲み込めないまま、慌てて彼女の後ろを付いて歩く。

 

「あ、あのフィーリアさん。海に行きましょうって、一体どういう……?」

 

 ロビーでの一言を思い出しながら、僕は訊ねる。すると彼女はこちらに振り返らず、前を向き歩くまま答えた。

 

「どうもこうもそのままの意味です。これから海に行くんですよ──四人で」

 

 そう言うと同時に、スッと前方を指差すフィーリアさん。釣られて見てみると、この壮大な草原の中でも目立つ、天を突く勢いにまで成長した大樹がそこに立っており、その木陰の下には見慣れた二人の人物──大樹にもたれかかり、悠然優美に佇むサクラさんと、薄ら赤く染めた頬をむすっと膨らませ、そっぽを向くラグナ先輩の姿があった。

 

「お待たせしてすみませーん」

 

 二人と同じように木陰に入り、まずはそう声をかけるフィーリアさん。僕といえば、やはり困惑を隠せずただ戸惑うことしかできない。

 

 そんな僕に、大樹にもたれかかっていたサクラさんが涼しげな微笑を送ってくる。

 

「やあ、ウインドア。久しぶりだな」

 

「え、ええ……お久しぶりです、サクラさん」

 

「ちょっと。私を無視しないでくださいよ」

 

 若干狼狽えながら返す僕と、サクラさんに無視され非難を上げるフィーリアさん。そんな僕たち二人を彼女は交互に見つめ、それから何故かうんうんと頷く。

 

「少しだけ男を感じさせる顔つきになったじゃないか、ウインドア。それとすまないフィーリア。君と私の仲だから、これくらい許されると思ってしまって、な」

 

「……いやまあ、確かにこれくらい別にいいですけど」

 

 それを皮切りに、今度はフィーリアさんと他愛ない日常の会話を始めるサクラさん。二人の様子を眺めつつ、僕も先輩の方に歩み寄った。

 

 先輩は依然として頬を染め、そっぽを向いていたが、僕が近づくとややぎこちなく、こちらの方を向く。

 

 ──先輩、どうしたんだろう……?

 

 こちらに向けられた琥珀色の瞳には、なにか怯えにも似た躊躇いがある。今の先輩は、今朝とはまるで別人かのようだった。

 

 そう疑問に思いながらも、僕は口を開いた。

 

「今朝ぶりですね、先輩」

 

「……お、おう。そうだな」

 

 そう返す先輩の顔は、やはり何処か気まずそうで、会話もそこで止まってしまった。

 

 サクラさんとフィーリアさんの何気ない会話の横で、沈黙する僕と先輩。どうすればいいかわからず、黙っていると──やがて、意を決したように、今度は先輩がその小さな口を開いた。

 

「な、なあクラハ」

 

 言いながら、赤い顔の先輩が僕に詰め寄る。予想していなかった急接近──ふわり、と。揺れた先輩の髪から仄かに甘い香りがして、僕の鼻腔を悪戯に擽る。

 

「えッ?ぅあ、はいっ?!」

 

 完全に動揺した。まるで悲鳴のような情けない僕の返事に、しかしすぐに先輩は続けず、やっぱり躊躇うようにその瞳を宙に泳がせて──だが、覚悟を決めたように、真っ直ぐ僕に定めた。

 

「おっ、お前は「では四人全員集まったことですし、早速向かいましょう!」

 

 しかし間の悪いことに先輩の声はフィーリアさんによって掻き消されてしまい、そして彼女は間髪容れず流れるように【次元箱(ディメンション)】を発動させ、そこから手のひら大の透明な球体の石を取り出す。

 

 見たところどうやらそれは魔石のようで、フィーリアさんは一切の躊躇なくそれを芝生に叩きつけた。

 

 パリンッ──まるで硝子が割れるような音を立てて、石は砕けた。瞬間、散った破片全てが淡く輝き、膨大な魔法式が宙に流出する。

 

 魔法式は瞬く間に僕たちを取り囲んで──────その瞬間、視界の全てが真白に染められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………うわぁ」

 

 耳に届く、穏やかな波の音色。目の前を埋め尽くす、一面の青と白。

 

 頭上には突き抜けるような晴天が広がり、いかにこの世界が広大なのかを如実に物語る。

 

 先ほどまで僕たちは、ヴィブロ平原にいたはずだ。しかし──どこまでも水平線の続く、青々とした海と白い砂浜が目の前にあった。


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