ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
今、自分が先輩の胸に抱かれていると理解し、顔を包むしっとりふかふかの感触と例えようのない幸福の甘い匂いを味わいながら、僕が意識を手放そうとした瞬間、
ザンッッッ──朧げに崩れゆく意識の中、辛うじて僕の鼓膜をそんな斬撃音が震えさせた。
直後、一瞬の浮遊感が全身にかかって──それはすぐさま存在意義を思い出した重力によって上書きされた。
「うぇあああああっ!?」
すぐ耳元で響く、もう何度目かわからない先輩の悲鳴。同時に僕の顔に押しつけられていた先輩の胸が離れ、僕の視界がようやく肌色一色から解放される。
──助……かった…ッ。
未だに鼻腔の奥に燻る甘い匂いに若干の幸福を感じながらも、先ほどから死ぬほど求めていた念願の酸素を、僕はこれでもかと取り込む。
必死に呼吸を繰り返す僕が、今
「…………」
酸素を充分過ぎるほどに取り込んで、僕は呆然と青い空と浮かぶ白い雲を眺めていた。
つい先月、死ぬような思いをしたばかりだというのに。まさかまた、それもこんな短い
──それも、先輩の胸で……。
人体でも溺死できるのだと思い知らされた僕は、隣を見やる。そこには──
「きゅぅ……」
──危うく、それも無意識に僕を手にかけそうになった先輩が失神している姿があった。
「……それにしても、まさかこの触手に助けられるとは」
そう言いながら、今度は先輩から僕たちの下にある触手に視線を移す。この触手が下敷きになったおかげで、海──だったはずが何故か見るも分厚そうな氷板に、僕と先輩が叩きつけられずに済んだ。しかもこの触手の弾力によって落下による衝撃もなく。
──運が良いのか、悪いのか……。
嘆息しながらも、取り敢えず命を繋ぎ止められたことに僕が感謝していると──太陽に照らされ、氷板に映っていた僕の影が上塗られた。
「無事か?ウインドア、ラグナ嬢」
そして背後からかけられた、今ではもうすっかり聞き慣れてしまった、サクラさんの声。それにははかとなく、こちらの身を案じるような不安さが混じっていた。
彼女を安心させるためにも、こちらには怪我一つないことを知らせようと、僕は口を開きながら背後を振り返る────
「は、はい。大丈夫ですよサクラさ…んッッッ?!」
──振り返って、一瞬にして気が動転した。語尾の部分が非常に情けなく、みっともなく上擦り、全身から滝のような冷や汗が噴き出す。
一体何事かと思うだろう。僕も、すぐには目の前の現実を受け入れることができなかった。自分は幻覚を見ているんじゃあないかと思った。
だがそれは違う。幻覚にしては意識が妙にはっきり覚醒しているし、そもそも──これを幻覚と決めつけるには、些か僕の度量が足りなかった。
「……?どうしたウインドア。急に押し黙って」
すぐさま硬直した僕の様子を訝しんで、サクラさんがこちらにより近づいてくる。そのせいで──
それはもう、見事な揺れ様だった。男であるならば、否応にも視線を釘づけにされる、揺れ様であった。
ここまで言ってしまえばもうおわかりだろう。今、サクラさんは、『極剣聖』と呼ばれる《SS》
そりゃあ水着姿なのだからほぼ裸みたいなものだろう。だが違う。本当に裸なのだ。みたいではなく、本当に上に何も付けてないのだから。
砂浜ではあったはずの、サクラさんの水着の上が、どうしたことが今は影も形もなくなり、消失していた。それに当の本人は気づいていないのか、至って平然な様子である。
辛うじて包み込まれ、押さえ込められていたサクラさんの二つの超弩級質量兵器は今や一枚の布による束縛から解放され、その圧倒的過ぎる存在感をさらに強めている。
しかも肝心のサクラさんが惜しげもなく己の女性を象徴するその部分を、外気に、そして僕の目の前に惜しげもなく晒してしまっていることに気づいていないため、彼女は全く隠そうとしない。
「ウインドア?」
近寄ったサクラさんが、少し腰を低く曲げる。それだけの動きでも、彼女が持つ凶悪兵器はぶるるんっと揺れる。
思わずその様にゴクリと無意識に生唾を飲み、見入って──慌てて僕は顔ごと視線をサクラさんから逸らした。
それから大いに動揺しながら、上擦り切った声を絞り出した。
「すっ、すみませんッ!サク、サクラさん!ううう上!上ないです危ないですヤバいです!本当にすみませんッ!」
「上……?」
挙動不審なまでに
「ああ、なるほど。どうりで先ほどから胸元が妙に涼しいと思った。すまないウインドア、見苦しいものを見せたな」
今己が非常にまずい状態であるのをようやく把握したサクラさん。が、そのことに対して特に羞恥に駆られる様子はなく、微塵も取り乱すこともなく、凄まじく平然としている。
──な、なんでこの人そんなにも平気そうにしているんだ……!?男として見られていないのか僕は……?
何故か僕の方が恥ずかしくなってきた。おかしい、普通は胸を見られたサクラさんの方が恥ずかしがるはずなのに。おかしい。
「しかし参ったな。隠そうにも代わりの布など……む?あれは……」
顔を俯かせることしかできないでいる僕を他所に、サクラさんがそう呟く。すると彼女が動く気配を感じた。
それから一分弱挟んで、またサクラさんが僕に声をかけてきた。
「ウインドア。こっちももう大丈夫だ」
「え?あ、はい……」
そう言われて、僕は恐る恐る背後を振り向く。そこには────砂浜の時に見た、ちゃんと上下きちんと水着を着たサクラさんが立っていた。
その彼女の姿に、僕は心の底からホッと安堵の息を吐く。そしてすぐさまもう一度頭を下げた。
「すみませんサクラさん!ふ、不可抗力とはいえ、その……む、胸を見てしまって……本当に申し訳ありませんでした」
「別にいいさ。男に胸を見られるくらい、どうってことないからな」
「あ、ありがとうございます……!」
女性の言葉とは全く思えない、その漢らしいサクラさんの言葉に、思わず僕は感動を覚えてしまう。なんて器の大きい人なんだ……!
「…………あー、その、なんだ」
僕が心打たれていると、やがて気まずそうにサクラさんが口開く。その視線は、何故か──僕の下半身に注がれている。
「君は、あれだな。身体もそうだが……やはり顔に見合わず、男らしいんだな」
「……え?」
その彼女の言葉の意味がわからず、僕も視線を下に送ると────一瞬にして血の気が引いた。
「ちょっ!違っ…こ、これはっ……!!」
僕は、あまりにも無防備だった。無防備過ぎた。叫びつつ、大慌てで
そんな僕に、サクラさんは特に気にしていないように言う。
「そう気にすることはないぞ、ウインドア。君も男だ。それもまだ若い。だから、
サクラさんの優しさが、この上なく痛く、辛かった。