ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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厄災襲来(その終)

『今こそ見せてやろう、我が全力、真の力をなァ!』

 

 世界(オヴィーリス)を滅ぼす五つの厄災には、力がある。

 

『後悔する間も、絶望する間すらも、もはや与えん』

 

 世界最強の《SS》冒険者(ランカー)の一人、または『極者』の一人である、『炎鬼神』────(かつ)てのラグナ=アルティ=ブレイズによって。

 

『この姿こそが、今の我こそが真なる我。滅びの『厄災』を超越せし災い』

 

 追い込まれ、追い詰められたその時。第一の厄災、『魔焉崩神』エンディニグルが見せた、その力、その姿────

 

 

 

 

 

『我はエンディニグル。『魔焉崩神』エンディニグル────極災形態(モード)である』

 

 

 

 

 

 ────其れ即ち、『極災』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グチャリ──最初、耳に届いたのはそんな音であった。

 

「?何……?」

 

 お世辞にも聴き心地は良くない、正直に言ってしまえば気色の悪い、不快で耳障りな音。

 

 音に反応し、半ば無意識的にその出処(でどころ)を探ろうと、少女は背後を振り返る。

 

 そうして視線の先に捉えたのは────()

 

「……んん……?」

 

 否、点と見紛う程に極少な、粒。それが今、宙に浮かんでおり。一体何かと少女がそう思った────矢先。

 

 ()()()()()()。突然、何の前触れもなく。

 

「っう……気持ち悪……!」

 

 その感覚に対して、本能が直接訴えかけてくる、堪え難い生理的嫌悪感と忌避感から。少女が思わずそう呟いた、瞬間。

 

 

 

 ドバッ──突如、粒から一本の、触手が。その大きさからは到底想像し得ない、巨大で極太な触手が。人間の目では決して捉えることは叶わない速度で以て、少女に向かって生え伸びた。

 

 

 

 槍の切先を彷彿とさせる鋭利に尖った触手の先端が、寸分違わず真っ直ぐに、()()()貫く。

 

「何いきなり卑猥なモノ露出させてるんですか。もしやそういう性癖でもお持ちになってるんです?」

 

 と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女が、軽蔑の眼差しを向け、侮蔑の声音で────その()()に言う。

 

 そういった前兆などは全く以てなく、極小の粒であったそれは拳大の肉塊へと変わっており。伸ばしたままの触手と共に、びくりびくりと不気味なことこの上なく、絶えず脈動していた。

 

 びっ、と。不意に肉塊に裂け目が走り、すぐさま押し広げられるようにして、独りでに開かれる。

 

 その奥にあったのは────()()()()()()()()

 

 少し遅れて、(こえ)が大気を震わせる。

 

「アは」

 

 

 

 

 

 瞬間、()()()()────そう思うしかないような勢いで、口を開いたその肉塊が、一気に膨れ上がった。

 

 周囲に薄桃色の粘ついた汁を飛び散らせ、撒き散らし、下に広がる森の大半を枯らせ、朽させながら。

 

 先程見せたものと同様の触手を何本も何十本も、無数に無秩序に生やしながら。

 

 そうしてあっという間に、拳大だったその肉塊は、今や────少女の視界は当然として、空の全てを埋め尽くさんばかりに巨大な、赤黒い玉と化していた。

 

 ぼたぼた、と。汚汁を止め処なく滴らせ、垂れ流し。下に広がる森を穢し、棲まう全ての生命(いのち)冒涜(さつりく)の限りを尽くすその肉玉を。

 

「……ふーん。ま、さっきよりかは期待できそう」

 

 僅かながらに興味を惹かれている表情を浮かべ、見上げる少女はそう呟くのだった。

 

 まるで生物の内臓を模したかのような表面に、先程と同じように亀裂が走る────ただ違うのは、それが無数に、ありとあらゆる場所に生じたこと。

 

「あはハ!」「ぎャアハッ!」「いひひひひひ」「アヒャヒャヒャヒャ!!」「ふふふフフフふフふフ」「アはアはアはア!」「ニャッハ!!!」「ギひ」「びゃああアアアビャビャビャビャああああああ!」「アアアアアアアアアア!!!!!」「ああああああああああ!!!!!」

 

 絶叫が迸る。それを聴く全ての存在を侵し、狂わせる、あまりにも悍ましく冒涜的な絶叫が。肉玉の口という口から、遠慮容赦なく放たれる。

 

「で?」

 

 それを、そんな狂気を孕ます絶叫を、真正面から受けて。何ら影響もなく至って平然としている少女は、未だに喚き散らし続ける肉玉に対してそう訊ねる。

 

 ぴたり、と。その瞬間、絶叫が止んだ。開いていた全ての口が、閉じていた。

 

「殺す」

 

 そして数秒の沈黙を経て、無数の内の一つの口が再び開き、先程の絶叫とは打って変わって、不気味な程に落ち着いた声音で、静かにそう呟いた────

 

 

 

 

 

「殺す!」「ころす!」「コロス!」「ころス!」「コロす!」「殺す!!」「殺すッ」「ころす!!!」「コロス!!!!」「殺す殺す殺す殺す殺す」「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」「ころすころすころすころすころすころすころすころすころす」「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」「殺す!ころす!コロス!殺すッ!ころすッ!コロスッ!ころスッ!コロすッ!」「「「「「殺す!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 ────直後、一斉に開かれた口があらん限りの憎悪と怨嗟を撒き散らし、触手を吐き出した。

 

 吐き出された触手は(うね)りながら宙を滑り、その全てが少女へと殺到する。

 

 少女の眼前に先端が迫るのに一秒もかからず、少女の鼻先に触れる────()()()()()()()()

 

 

 

 バジュヴゥゥゥゥ──全ての触手が、半ばまで()()()()()()()()

 

 

 

 大気が薄桃色に染まった────()()()()()()()、そんなことはなく。

 

「とりあえず、その汚い汁でこちらを汚そうとするの止めてくれません?」

 

 手を軽く振るい終えた少女が、嫌悪感をこれでもかと乗せた声で、目の前の肉玉に対してそう訴えかける。

 

「ギェアアアアアアッ!!」「いたい痛いイタイ(いタ)いイたイいたいたイタイタイタイタイタ痛痛痛痛痛」「黙れッ!!「さし図するなぁあぁああぁあぁああああッ!「イゲガガガガガババババ」

 

「……」

 

 表面の至るところから口を開き、苦痛の悲鳴と激情の怒号を無茶苦茶の滅茶苦茶に合唱させる。その最中、肉玉を何処か冷めた眼差しで見上げていた少女が、徐に訊ねる。

 

「一応、念の為確認しますが。『輝闇堕神』フォールンダウン……で、合ってますよね?あなた」

 

 と、その問いが投げかけられた瞬間、あれ程騒いでいた無数の口が、またしても一斉に閉じる────のも束の間のこと。

 

 ぶちぶち、と。肉玉の半分以上が引き裂け、そうして巨大な口が現れ。

 

 

 

「そうだ。我こそはフォールンダウン……『輝闇堕神』フォールンダウン」

 

 

 

 まるで地獄の底から響くような、おどろおどろしい声で。巨大な口がそう言い放った、瞬間。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「『輝闇堕神』フォールンダウン極災形態(モード)である」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 巨大な口と閉ざされていた他の全ての口が、声を揃えて名乗り。そうしてまた、狂嗤(わらいごえ)をこの森全体にけたたましく喧しく、大いに響かせるのであった。

 

 その最中、半ばまで潰されていた全ての触手が汁を噴き上げながら元に戻り、それだけに留まらず木の枝(さなが)らに触手から新たな触手が、次々と生え出し。

 

 生えるや否や、その全てが出鱈目(でたらめ)な軌道を描き、方向へと伸びる。

 

 眼下の森に次々と触手が突き立てられ、凄まじい勢いで自然が腐敗していく。

 

 そんな光景にさしたる興味も持たず、またもや鼻先まで迫る大量以上、無数以上の触手を、少女は見つめ────

 

 ザシュ──そうして迫っていた触手の(ことごと)くが切断され、その根本たる肉玉も切り刻まれ、駄目押しと言わんばかりに真っ二つに両断されていた。

 

「だからそれ止めてくださいって」

 

 と、少女が不平不満の表情で文句を垂れる最中。()()()()な肉玉はまた新たな触手を先程以上に生やしていた。

 

「……【瞬間再生】、いえ【逆行再生】ですか。へえ、これが……」

 

 今し方、誰の目から見ても致命的な損傷(ダメージ)を与えたにも関わらず、それを認識する間もなくこうしてなかったことにされた訳だが。

 

 しかし、その事実に大した焦燥も、それらしい動揺も。抱くことはなく、少女は興味深そうに呟くだけだった。

 

 その間にも、もはや際限なく生え溢れ続ける触手だが。やがてそれらは重なり、集い────遂には人型を(かたど)り。

 

「ハハハハハッ!!そうだ!これが、これこそが我らが偉大なる御母(はは)の手により(もたら)された力の!ほんの僅かな一端!!貴様に勝ち目はないぞ小娘ぇ……絶望して死ねッッッッッ!!!!!」

 

 全身が赤黒い、四対八翼の人型────見る影もなかったが、それが『輝闇堕神』フォールンダウンを模していることは明白で。

 

 憎悪と怨恨と狂喜、その三つが入り混じった凄絶な表情と共に、フォールンダウンがそう吐き叫ぶと。下半身の肉玉の全ての口が限界以上に開かれた。

 

「「「「「「「「「「神域解放!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 瞬間、あまりにも異様で異質な、生物のもの────どころか、この世のものとは思えない魔力が迸り。

 

 直後、それは一つの異界を築き上げた。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 黄金の空が何処までも広がり、暗澹の大地が何処までも続く異界にて。相も変わらず叫び散らしているフォールンダウンを中心にして、破滅的な魔力が膨大に集中し、次第に凝縮を始める。

 

 その様を、この一部始終を。特に何もせず、実に呑気に、まるで自分には関係のない他人(ひと)事のように。

 

 黙って眺めていた少女が、徐に閉ざしていたその口を開かせた。

 

「まあ、確かにさっきよりはマシでしたが。それでもこの私────『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアの期待に、最低限にも応えられませんでしたね」

 

 という、肩透かしであったことを全くと言っていい程に隠さない、失望を極めた声音で呟く。

 

 そうして凝縮され切った魔力を、フォールンダウンが解き放つ──────────

 

 

 

 

 

「【虚空(ヴォイドホール)】」

 

 

 

 

 

 少女────フィーリアがそう言い終える頃には。異界と化していたこの場も、何もかもが無事で元通りの、とは決して言い難いが。しかし、広大な自然が存在する森に戻っており。

 

 己が手の平に在るその小さな玉を、一切の躊躇も遠慮もなく、そして何の感慨もなく。しがない作業の一つを片付けるように。

 

 ギュ────実に退屈で、至極つまらなさそうな表情で。淡々と、フィーリアは握り潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 不意に、その歩みを止め。ゆっくりと、女が背後を振り返る。

 

 ()()()()()

 

 女の視線のの先には、人が────その見た目こそ人間と細分違わない、全身青い肌の男が。風が吹けば飛ぶどころか、破れて散り散りになってしまいそうな襤褸(ぼろ)切れを腰に巻いているだけの、半裸の男が立っていた。

 

 その場に突っ立つ男。振り返り、向かい合う女。二人の間に、風の音だけが響き、過ぎ去る────

 

 

 

「『剣戟極神』テンゲンアシュラ、極災形態(モード)────尋常に参る」

 

 

 

 ────そうして、ふとその音すらも止んだ瞬間(とき)。今の今まで押し黙っていた男────『剣戟極神』テンゲンアシュラが改めて、女に対して名乗りを上げる。

 

 其処(そこ)にもはや、(おご)りは皆無であり。今あるのは、遥かなる頂点(たかみ)へと挑まんとする覚悟であった。

 

 気がつけば、テンゲンアシュラの手には新たな得物が握られており。それは一振りの、しかし先程のような神々しさは微々たりともない、装飾らしい装飾を一切排除した無骨な剣であった。

 

 正眼に構えられ、そうして向けられた微動だにしない切先を見つめ。少しして、徐に女が己が背に腕を伸ばす。

 

「『極剣聖』サクラ=アザミヤ────受けて立つ」

 

 言って、伸ばしたその手で背負う刀の(つか)を握り。握り込み、握り締め、抜く。

 

 長大に尽きるその刀の刃は、ただひたすらに美しかった。汚れも澱みもなく、ただただ曇りなく、美しく輝いていた。

 

 自分が今そうされているように、女────サクラもまた、切先をテンゲンアシュラへと向ける。

 

 テンゲンアシュラとサクラ、そうして互いが互いに切先を向け合い、対峙したまま。まるで時が静止したかのように、動かない。

 

 やがて止んでいた風もまた再び吹き始め、両者の間を過ぎ去っていく──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、また再び風は止み。それと全く同時に動いていたテンゲンアシュラとサクラは、今し方自分たちが立っていた場所に、入れ替わりでそれぞれ立っていた。

 

 片や、得物(けん)を振るったままの姿勢で。

 

 片や、得物(かたな)を振い終えた姿勢で。

 

 数秒が過ぎた後、徐にテンゲンアシュラがその口を開かせる。

 

「己が斬りたい存在(モノ)唯一(ただ)斬る、か」

 

 ゴゴゴゴゴゴ────テンゲンアシュラが呟き終えるや否や、そんな地鳴りのような音が遥か遠方から響き。その大きさと勢いが増していくにつれて、()()()()()()()()普通程度に思える、テンゲンアシュラの背後に見える山の大部分が、()()()()()()()

 

 独りでに断たれていく数々の雲、空に飛び立つ無数の鳥類、延々と倒れていく木々の音、割れていく大地────そんな、何の事情も知らぬ者からすれば天変地異の前触れのような光景が、次々と生まれていくその最中にて。

 

「御見事……」

 

 と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()テンゲンアシュラが静かに、尊敬と畏怖を込めた呟きを(こぼ)す。

 

「君も先程よりは幾分かマシだった」

 

 贈られたその賛辞に対して、サクラがそう返す頃には。既にもう、彼女の背後には誰も────何も存在していなかった。

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