別に、こんなことを話すつもりは微塵もなかった。
「「…………」」
あの後グィンさんに来賓室へと連れられ。とりあえずはここで待っていてほしいと彼に言われ。
そうして、もうかれこれ十数分が過ぎた訳だが。グィンさんは未だに来賓室に戻って来ていない。
……一体、あとどれくらい待てばいいのだろう。あとどれだけ、僕はこの空間で、この空気に晒されていればいいのだろうか────そんな問いを、先程からずっと、何度も繰り返し呟き続けている。
答えなど出やしない、否出せないことは承知の上で。
言うまでもないが、僕は小心者だ。こうなるだろう恐れと、そうなってしまう怯えから、動きたくても動けなくなってしまうような。
僕────クラハ=ウインドアはそんな情けない小心者だ。
──……わかっている。そんなことは、僕が一番理解している。
またとない、絶好の
ただ口を閉ざし、相も変わらず沈黙するしかないでいる。
──……あぁ。
嫌気が差す。心底、本当にこんな自分が嫌になる────
「久しぶりな感じするよな。俺とお前、こうやって二人きりになるの」
────そうして、遂に時間切れを迎えて。またしても、僕はせっかくの
「……そ、そうですね」
それを後悔する間もなく──そもそもその資格すら持ち合わせていないが──僕は少しの沈黙を挟んで、返事をして。
「何で俺のこと避けんだ?クラハ」
そんな僕とは対照的に、先輩は
「それ、は……」
言い訳の余地など皆無だった。言い訳など絶対にさせない────先輩の声には、そんな強く固い意志が込められていた。
それをひしひしと感じさせられて、堪らず僕は口を開くものの。先輩の気を悪くさせるとはわかっているものの、それでも、僕は言い淀んでしまう。
「それは?」
だが僕の考えとは裏腹に、先輩は怒ることなく、そう言って続きを促し。
──……。
そしてそれが、この期に及んでまだ踏ん切りがつけられないでいた僕の背中を押す一言となった。
「わからない、から」
と、喉の奥に、心の奥底に。恐れと怯えから出そうとしても出せず、今の今まで押し込めひた隠していたその言葉を。
「どうして先輩は怒らないのか、わからないからですよ」
とうとう、僕は出した。吐き出してしまった。
「あの日、僕は先輩のことを振り払いました」
別に、こんなことを話すつもりは微塵もなかった。
「先輩の制止を、呼び止めてくれたその言葉を……僕は、振り払った。振り払ってしまいました」
わかっている。自分が情けない小心者であることをわかっているように、何故このような事態に陥っているのか、その原因もわかっている。
僕に非がある。今回もまた、何もかも、僕が悪い。
『行くな。……行かな、いで』
その切実な言葉と、躊躇いながらも確と服の袖を掴むその手を。
すみませんの一言で諸共に振り払い、そうやって先輩を
……どうすればよかったのだろうか。あの日、僕はどうするべきだったのだろうか。
わかりましたとかけられた言葉を飲み込み、一緒にいることが正解だったというのか。
メルネさんも、他の
そうなのだろう。先輩のことを思えば、独り置き去りにされる先輩の心を案じるのなら、きっとそうなのだろう────けれど、それでも。
──それでも、僕はそうすることができなかった。
とどのつまり、
先輩と共に在りたい、という。そんな綺麗事で取り繕った、始末に負えない、ただの我が儘でしかなかったのだ。
そんな誰しもがそう深く考え込まずとも導き出せる結論に、僕はようやっと、今更ながら辿り着いた訳だが。
まるで道化────いや、その方がまだマシだ。僕は道化ですらない。道化にもなれない。
共に在りたいと願い、共に在る為にと宣い。そうしてまたしても放ってしまった僕は────ただの薄汚い
……けれど、それでも。
「それでも、『おかえり』と……先輩は嫌な顔一つせず、そして怒ることなく。あなたはそう、僕に言ってくれた」
決してそれが気に入らない訳ではない。ましてや嫌なはずもない。
ただ、わからなかった。わからなくて、
「怒ってもよかったんですよ。いえ、怒るべきでした。『おかえり』じゃなくて『馬鹿野郎』と罵声を浴びせて、先輩は怒るべきだった……怒らなければ、いけなかった」
だってそれが僕に対する
それが僕が受けるべき報いで、それが僕に与えるべき罰なのであって。
「なのに、どうして……どうして、先輩は」
無意識の内に、己が手に力を込め、そして────
「お前、さっきからグダグダうっさい」
────先輩のうんざりとした、仕方なさそうな声音を聴きながら。
いつの間にか先輩に持ち上げられ、そうして先輩の胸元に寄せられていた自分の手で。
むにゅぅ、と。何の躊躇いもなく、一切の遠慮もなく、僕は先輩の胸を掴んで、揉んでしまっていた。
…………断じて。断じて、決して、これは故意ではない。
これはあくまでも事故……である、と……僕はそう主張したい。
──っせ、せんぱっ、ぼっ……僕、先輩、胸……っ!!
相も変わらず、えも言われぬ極上の柔さ、それでいて力強く押し返してくる弾力。その二つが織り成す、至上の感触。
何度も耳にしても、雄の
別にこれが初めてという訳ではないのに。何ならこれより
それでも僕は、みっともなく、情けなく。初の情事を寸前に控えた、未熟な若者のように狼狽え、動揺してしまっていた。
そんな僕に対して、若干その表情を悩ましく崩しながらも、毅然とした声で先輩が言う。
「どうだこの野郎。これで少しは落ち着い────
ギィィ──が、その途中で。突如として、この来賓室の扉が開かれ。
「あのー、何やらお取り込み中なのはわかるんですけど、だからって人を待たせるのもいい加減……に」
直後、そう言いながら部屋の中に踏み入る────一人の少女。
最初こそやや不機嫌な表情を浮かべてはいたものの、それはすぐさま呆然としたものへと変わり、そして固まった。
そんな少女の顔を見つめながら、未だ空白となっていた僕の頭の中に、少し遅れてこの一文が浮かぶ。
終わった、と。
「一体どういうことなんです!?人を待たせておいて、中で二人仲良くしっぽりって!あり得ないですよ!?」
「だから落ち着かせる為にやったってさっきから何度も言ってるだろっ!」
「ええ!ええ!!ですから落ち着かせる為に一発ヤろうとしてたんですよね!?てかしてましたよね!?
「いやだから俺とクラハはんなことしてねえってッ!!」
「いやしてたじゃないですかおっぱい揉まれて感じてたじゃないですかッ!!」
「はぁッ!?感じてなんかねえよ!お前目ん玉節穴か!?」
「はぁーッ!?ちょっと感じてたでしょうが!完全に挑発して誘ってる
という、もはやその決着が全く見えない押し問答を。
「いやぁ、やっぱり若者は元気と活気に満ち溢れているねえ、ウインドア君」
「……そうですね」
「だからといって羽目を外し過ぎるのは感心しないけどね」
「……はい」
普段通りの柔和な微笑みと声音でグィンさんに咎められながら、僕はただ側から眺めることしかできず。
「全くだ。実に羨ましい……不健全極まりない。で、感触はどうだったのかな?青年」
「え?あ、いや……えっと」
「いやなに、あれだけの代物……たとえ布越しであろうと、さぞかし素晴らしいことは私とて重々承知の上。が、やはりここは揉み
「い、いや……あの、その……」
そして少女に続いて来賓室に入った一人の女性に、何故か先輩の胸について。やたら熱心に訊ね続けられた。
「してました!」
「してねえ!」
「私も困っちゃうよ、はは」
「ラグナ嬢の果実はどうだったのかな?青年」
「…………」
混沌極めるこの最中、不意に僕は悟った。
──……あぁ。これが僕への報いと罰なんだ。
明けましておめでとうございます(年明けから既に十四日経過)。
二十六年度も著作をよろしくお願いします。今年の目標としては年内に第二章の改稿を終わらせることですね()。