ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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『極剣聖』VS『天魔王』(その三)

「まあ百歩、いえ千歩譲って。取り乱しそうになった自分の後輩を落ち着かせる為に、胸を触らせたと……それ以外の他意はなく、胸を揉ませたのだと。それで納得しましょう。ええ、はい。……一旦は、とりあえず」

 

 来賓室のソファ──その為だけあって、かなり上等な代物──に深く腰を落として、未だ不満を残しつつも、仕方なさそうに。渋々、その少女は言う。

 

 妖精────少女のことを一言で言い表わすのなら、僕はそう答える。

 

 恐らく(シルク)で織られた、一目見ただけでも上等な代物であるとわかる真白の外套(ローブ)。それと全く同じ色合いの、背中の半ば辺りまで伸ばされた髪。先輩よりもやや低い背丈。

 

 そして顔立ちは、幼い。あどけないのではなく、それこそまだ年端もいかない子供の如く、幼い。

 

 外見からではどう高く見積もっても、十二が限度だろう────だが、()()()()()

 

 ──一体、この子は……いや()()()何歳(いくつ)なんだ……?

 

「申し訳ありません。二人には私から厳しく言っておきますので、どうか今回ばかりはご容赦を……」

 

「はい。私も大人ですし、もうこの際水に流しましょう」

 

 ……僕の憶測程度でしかなかったが、どうやらそれは正しいらしい。少女に対するグィンさんの態度が、それを如実に示していた。

 

 頬に何かが伝う。少し遅れて、それが冷や汗であると認識して。そうして僕は無意識の内に、自分がかなりの緊張を己が身に抱えていたことに、今更ながらに気づかされる。

 

 ──……無理もない、か……。

 

 (むし)ろ当然というべきだろう。何せ、この状況が状況なのだから。

 

 自覚してしまったからか、まるで鉛でも乗っているような、精神的な重圧(おもさ)を肩で存分に感じながら。

 

 それでも僕は、来賓室の扉のすぐ側に立ちながら────無礼を承知で、畏れ多くもこの少女(ひと)の観察を続ける。

 

 格好に容姿、漂わせているその雰囲気。そのどれを取っても、浮世離れしているが。

 

 中でも一際、異彩を放つ────瞳。

 

 最初こそただの光の加減か、目の錯覚に思えたのだが。しかし、そんなことはなかったと、今ではもうわかる。

 

 ()()()()()()()()()()。少女の瞳には、()()()()()()()()()()()

 

 ……何を言っているのかと思われても仕方のないことだが、けれど全く以て、完全にその通りなのだ。

 

 赤色(・・)、かと思えば青色(・・)。だが次の瞬間には緑色(・・)に変わっており、そして驚く間もなく黄色(・・)になっている。

 

 普通ではないことは明白で、だが当然、それを口に出すのは憚れて。結果、僕は今も目紛(めまぐる)しくその瞳に、視線を縛られてしまう。

 

 ──体質、なんだろうか?本当に不思議な瞳だな……。

 

 と、思った矢先のことだった。そして一瞬のことでもあった。その時、僕が声を出さずにいられたのは偶然(まぐれ)に過ぎない。

 

 絶えず色が変化する少女の瞳────が、それもその一環だったのだろうか。

 

 

 

 ()()

 

 

 

 赤、青、黄、緑、橙、藍、紫。これまでに目にしてきた七色の全てが。複雑に入り組み、緻密に絡み合い。そうしてできたのだろう、虹の色。

 

 それとは実に対照的な、透き通っているように薄い灰の色。

 

 ──…………それ、は。

 

 虹が浮かぶ右瞳(みぎめ)は、一先(ひとま)ずまだいい。あまりにも特異ではあったが、それがほんの些末事であると、僕にはまだ思える。

 

 そう。本当に、その左瞳(ひだりめ)に比べれば。

 

 

 

 

 

『……あは。あはは…………あははははっ!あぁっははははっ!!アハ、アハハッ!アハハハハハッ!!』

 

 

 

 

 

 身の毛が弥立(よだ)つ、悍ましい既視感(デジャヴ)に塗れた、その灰色と比べてしまえば。

 

『「ねえ(あの)大丈夫?(大丈夫ですか?)」』

 

 激しい飢えと乾きにも似ていた、あの殺意(ゆめ)の最中で聴いた。何度も聴いて、何度も聞かされた、あの声の裏側で。

 

 目の前の少女の声がして、そこで僕の意識はようやく現実へと引き戻された。

 

「はい。……申し訳ありません。いかがされましたか?」

 

 正直に言ってしまえば、生きた心地がしなかった。が、僕としてはその発言の()()を探る為に、問わねばならず。

 

 なので表面上はなるべく平静であることにできるだけ努め、崖から身を投げ出すかのような心中で。そうして、僕はこの少女(ひと)に訊ねたのであった。

 

「いや、さっきから私の顔から目を離せないようでしたので。もしかして、私に一目惚れしてしまったとか?」

 

 瞬間、グィンさんの隣に座る先輩が勢いよくこちらに振り返る。「は?」という一言がこれ以上になく似合う表情を携えながらに。

 

「い、いえ……その、綺麗な瞳だな、と……」

 

 そんな先輩に対してそれはないと一瞬だけ視線による合図を送ってから、若干躊躇いながらも正直にそう伝えた。

 

「……ふーん、そうですか。まあ確かに私の瞳は()()()()ですしね」

 

 という、何処か含みのある言葉を最後に、この少女は僕から顔を逸らす────瞬間、僕は堪らず安堵し、胸を撫で下ろした。

 

 

 

『あの、大丈夫ですか?』

 

 

 

 側から聞けば、それはこちらの身を案じた一言。しかし、それをかけられた僕にとっては、違う。そうではない。

 

 あれは僕の身を案じていたのではない────僕を()()()()()

 

 ……はっきり言ってしまえば、この少女(ひと)は僕を疑っていた。

 

 何故かはわからない。第一、何かを疑われるようなことも、そのような真似もしたつもりはない。

 

 強いて言えば、一瞬、ほんの一瞬────あの双眸(にじとはい)を目撃したくらいだ。

 

 ──……。

 

 いや、もう()そう。(から)くも脱した窮地にわざわざ戻る程、僕も馬鹿ではない。

 

「……てかさ、ちょっと訊きてえんだけど」

 

 そんな時、既に前へと向き直っていた先輩が、唐突に口を開いたと思えば、そう言い出した。

 

「えっと、あー……そっちの黒髪」

 

「うん?何かな、ラグナ嬢」

 

 黒髪。……まあ、名前がわからない、いや覚えてないのは仕方ないとして。こう、他にもっとあったのではなかろうか。先輩らしいといえばらしいのだが。

 

 そして相手も相手、この女性(ひと)もだろう。特に気を悪くした様子もなく、先輩からの黒髪呼びを平然と許容した────僕からすれば、それが逆に気が気ではない。

 

「そっちもさっきからずっと、俺のこと見てっけど。なんだよ、俺の顔に何か付いてんのか?」

 

「いいや。そういう訳ではないさ」

 

「ならあんましジロジロ見んな。見られんの好きじゃねえんだ」

 

「それはすまなかった。こちらとしては念願の対面だった故……どうか許してほしい、ラグナ嬢」

 

「別にいいけど、そのラグナ嬢ってのも止めろよな」

 

「ありがとう、ラグナ嬢」

 

「……おう」

 

 そうして、戦々恐々とする僕を尻目に。先輩とこの女性(ひと)の二人による会話は一旦、その終わりを告げた。

 

 ──……さて、と……。

 

 これまた畏れ多いとわかっていながらも、僕は少女と同様にこの女性も────第三(サドヴァ)大陸の辺境地、極東(イザナ)独自の衣服、着物(キモノ)に身を包む女性を改めて眺める。

 

 黒……というよりは、何だろうか。黒であることには違いないのだが、しかし僕の髪とはまた違う色味の、(つや)やかな黒髪。それと全く同じ、光を呑む黒の、切れ長な双眸。

 

 そして言うまでもなく、この女性は美女であった。それもとんでもない、(まさ)しく絶世というべきの。

 

 少女らしい可憐さの欠片もない、女としての紛うことなき至高の美貌。美麗さをとことん突き詰めた、最上の美貌────右目を縦に横断する一本の傷痕を加味しても、それは一切損なわれていない。

 

 ……また、男としては情けない話にはなるのだが。この女性(ひと)は女性らしからぬ背丈を有しており。

 

 頭二つ分、僕の身長を越している。先輩に至っては並んでしまうと、冗談抜きで先輩が子供のようにしか見えなくなる程の差だ。

 

 ──……それに。

 

 そこで堪らず、僕は息を呑む────これで()()()だ。

 

 やはりというべきか、当然だというべきか。どちらにせよ、最初からわかっていたことではあるが。

 

 

 

 強い。とんでもなく、途轍(とてつ)もなく、果てしなく。ただひたすら、出鱈目(でたらめ)に強い。

 

 

 

 ──次元が違う。勝てる気が全くしない。一目見ただけで、嫌でもわかる……。

 

 長らく感じることはなかった、あまりにも隔絶とした実力の差。生物としての根本的な格の違い。

 

 この女性もまた、同じだ。先輩と────(かつ)ての先輩と同じ、真の強者である存在(モノ)

 

 ──……いや……。

 

 もしかすると、この女性(ひと)の方が……。

 

「ラグナ嬢。君の寛大さを見込んで、是非とも一つだけ訊きたいことがあるのだが……いいかな?」

 

「あぁ?まあ、別にいいけど。何だよ?」

 

 と、僕がもしやと考え込む傍らで。この女性は先輩にそう確認を取り、胡乱げな表情を浮かべながらも一応といった様子で女性からの訊ねかけを了承する先輩。

 

 そうして先輩からの了承を得た女性は、徐に手を上げ。

 

「一体、その傷はどうしたのかな?」

 

 自らの右頬を指差しながら、そう先輩に訊ねるのだった。

 

 一瞬にして、この場が静まり返る。僕とグィンさん、そして少女(このひと)も。誰がどう示し合わせた訳でもなく、然れど全く同時に。

 

「……これは」

 

 そんな最中、ただ一人────先輩だけが口を開き。そう小さく呟いたと思えば、訊ねた女性と同じように、徐に手を上げ。

 

「ケジメだ。ただの、俺なりのつまんねえケジメ」

 

 と、右頬に走るその痛々しい傷痕を指先でなぞった後、答えになっているようで微妙になっていないような、そんな言葉を女性に送るのであった。

 

「……ふむ」

 

 数秒の沈黙を挟んで、何か納得したように頷き、呟くと。不意にその女性(ひと)はソファから立ち上がる。

 

 一体何のつもりかと、彼女の隣に座っていたこの少女(ひと)に見上げられるが、それを全く意に介することなく。そして迷いなく、躊躇うことなく。

 

 その女性は先輩のすぐ目の前にまで歩み寄り────すぐさま、(ひざまず)いた。宛ら、主君に仕える騎士の如く。

 

 突然の、予想だにしていなかったその行動を目の当たりにしたことで。今この場にいる誰しもが皆、当惑した。

 

「…………は?」

 

 その内の一人である先輩が、少し遅れて戸惑いの声を小さく漏らし。そんな様子の先輩に対して、跪いたまま、女性が顔を上げる。

 

「やはり私の直感は正しかった。ラグナ嬢……私は、君が欲しい」

 

 と、女性らしからぬ凛々しさを携えた表情と声音で、その女性(ひと)は、はっきりとそう告げ。

 

「…………は……?」

 

 対する先輩は、またしても、しかし先程以上に戸惑った声を漏らすことしかできないでいた。

 

「……いやさっきから何見せられてんです?私たち」

 

 そして少し遅れて、我に返ったのだろうこの少女(ひと)が冷静に、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにそう(こぼ)すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決して、決してもう短くはない時間が過ぎた。

 

 けれど、それでもまだ、僕は信じられないでいる────否、僕でなくとも、大半の者はこの光景を信じられないだろう。或いは、受け入れられないかもしれない。

 

「この度は遠路遥々(はるばる)、我が冒険者組合(ギルド)に御足労頂き、ありがとうございます────

 

 

 

 そんな疑念、疑惑を打ち払うかのように。遂にとうとう、愈々(いよいよ)以て、グィンさんがその名を口にする。

 

 

 

 ────『極剣聖』サクラ=アザミヤ様。『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミア様」

 

 普通は信じられないだろう。普通は受け入れられないだろう。

 

 だがしかし、今確かにこの場に集っている。それは疑いようもなく、そして覆すことのできない、確かな現実。

 

「はい」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 この世界(オヴィーリス)には冒険者(ランカー)と呼ばれる者が数多いる。

 

 その中でも、世界最強と謳われる三人がいる。

 

 三人全員が後世に永劫語れられ、そして伝説となり、やがては神話へと昇華されるだろう数々の逸話の持ち主であり。

 

 その三人を人々はこう呼んだ。

 

 

 

『極剣聖』サクラ=アザミヤ。

 

『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズ。

 

『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミア。

 

 

 

 全員が『世界冒険者組合(ギルド)』によって認められた、規格外の『極者』────そして《SS》冒険者(ランカー)である。

 

 

 

 

 

 その《SS》冒険者(ランカー)が今、この日この時。こうして、一堂に会したのである。

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