「この度は遠路
グィンさんはそう言って、向かいに座る二人────《SS》
「そう畏まる必要はない、『
「右に同じく。私も堅苦しいのは苦手なんで」
「……わかりました。それでは私もお二方の御言葉に甘えて、肩の力を抜かせてもらうことにしましょう」
という、三人の会話のやり取りを。僕は他人事のように呆然と聞いていた。
──『極剣聖』、『天魔王』……二人の《SS》冒険者。
僕は未だに信じられないでしまっている。今、自分の目の前には、世界最強の《SS》冒険者が座っているということが。
『極剣聖』────曰く、一振りで海を割った。曰く、一振りで地を断った。曰く、一振りで天を斬った。
『天魔王』────まだそれといった活躍や逸話はないものの、ほぼ全ての
——《SS》、
果たして、僕は何度その言葉を思い浮かべては、飲み込んだことだろう。
だがそれは、きっと僕だけに限ったことではない筈だ。僕でなくとも、この状況に直面した誰もがこうするに違いない。
それだけの────異常事態。
ここに来て一気に込み上げる、《SS》
何故ならば、とっくの
──……先輩。
『極剣聖』に続く二人目の《SS》冒険者。
それは他の誰でもない、僕の先輩────ラグナ=アルティ=ブレイズ。
当時の先輩の躍進は、それはもう凄かった。目覚ましいなんてものじゃない、それこそ活躍と実績だけならば確実に《SS》冒険者の中で最多で、人気も一番だった。
……だがそれも、由々しきことに、もはや過去の話になりつつある。
『世界冒険者組合』が公に発表した以上、余程俗世から切り離されてもいない限り、それを知らない者はいないだろう。
《SS》冒険者、『炎鬼神』は
背中を完全に覆い隠し、臀部にまで届く程伸びた、燃ゆる紅蓮の赤髪。流石に子供よりはずっと高いが、それでもやや低めと言わざるを得ない背丈。
手で軽く触れただけで折れるのではと、思わず危惧する
──……。
その背丈に反して、豊かな膨らみを主張する胸部。脚とは対照的な、実に健康的な肉付きを魅せる
さて、一体どれだけいるのだろうか。
煌めく深紅の瞳を持つ、作り物めいた精巧さと生き物らしい自然さが共存する、可憐にして華麗な美貌の少女が。
正真正銘、歴とした嘗ての《SS》
それがわかる者は、果たしてどれだけいるのだろうか。
──…………。
そしてそれがわかった上で、それでもなお、そうであると────受け入れられる者は、最初からいたのだろうか。
──少なくとも、僕には無理だった……。
瞬間、手に感じた僅かなぬるつき────少し遅れて、仄かな痛み。視線をやれば、僕はいつの間にか拳を握っており。薄らと血が滲み出していた。
──もう過ぎたことだ。
そう、もう終わってしまったことだ。今更考えたところで、どれだけ後悔したところで。
もはや、取り返しのつかない僕の過ちだ。
「クラハ、今なんか言ったか?」
「いえ。何も」
気づけばこちらに振り返っていた先輩に、いきなりそう訊かれて。僕は動揺を噯気にも出さないよう、努めて平然とそう返す。
「そうか。そんならそれでいいけど」
と、一瞬不服そうな眼差しをこちらに向けたものの、僕の返事を受けた先輩はそう言って、また正面へと向き直った。
──……すみません、先輩。駄目だと頭ではわかっていても、僕はやっぱり……引き
閑話休題────まあ詳しい経緯は省くが、紆余曲折あって先輩は男から女へと性転化し、それだけにとどまらず、《SS》
とどのつまり、ラグナ=アルティ=ブレイズは無力な一人の少女になってしまった訳である。
……正直に言ってしまえば、僕はこの『世界
先輩を晒し者にするような、こんな真似、許容できる筈もない。
無論、わかっている。『世界冒険者組合』側にそのようなつもりは一切ないことは、当然理解している。
要は危機意識の問題だ。世界《オヴィーリス》中の
《SS》冒険者は抑止力である。ただそこにいるだけで、ただその存在を示すだけで、ありとあらゆる方向に働く、これ以上にない強大な抑止力。
事実、サクラ=アザミヤさんが《SS》冒険者に認定されたのを機に、各大陸中の治安は急激な回復を見せた。
野盗といった賊の輩は当然として、非道に走る人々も目に見えて減り始め。そして先輩の認定によって、それは決定的となった。
しかし、あくまでもそれは
組織で動いている巨悪は昔から、今も変わらず裏で暗躍している────だからこその、あの公表という訳だ。
抑止力の一角が消失した今この時こそが好機、と。そう判断し、一気に活動的となる
早い話、
そう、これはあくまでも僕の、私情が垣間見えるただの邪推に過ぎない─────
『是非、君にも協力を願いたい。『
「では改めて名乗らせてもらうとしよう。私はサクラ。《SS》冒険者を
と、僕が思考に没入する一歩手前で、いつの間にか自己紹介が始まっていた。
「『
サクラ=アザミヤさんに続いて、フィーリア=レリウ=クロミアさんも自己紹介を早々に終える。
「自己紹介ありがとう。私はグィン=アルドナテ。不肖の身ながら、『大翼の不死鳥』の
「ラグナ。よろしく」
対してグィンさんは簡単な自己紹介を、彼に続くようにして先輩もまた
そうして、各々の自己紹介が終わった────かに思われた、その直後。
「それで、貴方は?」
という、純粋な疑問の声音で以て。小さく細く、しなやかな指先を突きつけて。
さも当然かのように、フィーリアさんが僕にそう訊ねた。
──……え……?
「い、いや……あの」
予想外だった。声をかけられるとは思いもしていなかった。
何故ならば、今の僕は護衛だ。……念の為のと言えばまあ聞こえはいいが、しかしまるで必要のない、グィンさんの体裁を整える為の護衛にしか過ぎない。
故にだからこそ、文字通り吹けば飛ぶような存在に対して、《SS》
まさかの事態に直面し、僕が堪らず言い淀んでしまう。
「これは大変申し訳ありませんでした。彼はクラハ=ウインドア。我が『
徐にグィンさんがその口を再び開かせ、《SS》冒険者二人に僕の紹介をしてくれた。
「なるほどそうですか。薄々そんな気はしてましたけど、貴方があの
そう呟いて、フィーリアさんは僕のことをまじまじと見つめる。その間も相変わらず、彼女の瞳の色は定まらないでいた。
「あ、どうせなんでもう一つお聞きしてもいいです?」
それから少しして、フィーリア=レリウ=クロミアさんが僕にそう言って、僕はグィンさんへ目配せをする。これに対して、グィンさんは軽く頷いた。
「は、はい。何でしょうか……?」
今度は一体何を訊かれるのかと、堪らず戦々恐々としてしまう僕に。フィーリアさんは軽く、何処か
「先程その手で揉み
至って平然と、そう訊ねるのだった。
「おい真っ白。今それ関係ねーだろ」
固まった僕に代わって、透かさず躊躇わず、先輩がフィーリアさんに食ってかかる。
「ちょっとちょっと、私は今ウインドアさんに訊いているんですよ?外野は引っ込んで大人しくしててください。それと私にはフィーリアという立派な名前があるので、くれぐれも留意してくださいね?」
そんな先輩をフィーリアさんは柔らかな声音とやんわりとした態度で
「で、如何でし「確かにラグナ嬢の言う通りだ。この際、感触の是非は重要ではないだろうよ」
そして何事もなかったかのように、僕の返答を促す途中。それを遮ってまでそう言ったのは、他の誰でもないサクラさんであった。
「……だから外野は黙っててくださいって」
先程から一転、あからさまに不機嫌な声色でサクラさんに対してもそう言うフィーリアさんだったが。そんな彼女に臆することなく、サクラさんは続ける。
「柔軟さ、弾力、張り。そのどれもが至上の逸品であることは服越しからでも十二分にわかる。故に今重要であり、最も知るべきことは……表情だ」
「は?」
意味不明だと言わんばかりのフィーリアさんの声などまるで無視して、耳を疑わずにはいられないことを平気で言い退けたサクラさんが、突如として僕の方へとその顔を向ける。
「ということで聞かせてほしい。君の手で
「え?」
「わかる。その素晴らしい絶景を独占したい君の気持ちはわかっているさ。……だが、今はどうかそれを曲げて、私に教えてほしい」
「いやちょっと待ってください。何勝手に会話乗っ取ってるんです?その挙句話進めてんです?ていうか貴女だってさっき同じこと訊いてたじゃあないですか」
驚く程自然かつ
ただでさえ複雑な状況が、更に混迷となっていく────
『お前、さっきからグダグダうっさい』
────その最中、僕といえば浅ましくもその
──先輩の、表情……。
僕の手が触れて、僕の手に揉まれ。そうして、晒け出されたその顔は、確かに。
固いながらも、柔らかそうだった。気丈に保たれていながら、崩れて蕩けていた。
顰めた眉。噤まれた唇────その様から、快楽に堪えていることは明白で。
潤んだ瞳。上気した頬────その様から、快楽に悶えていることは明白で。
そして微かに漏れた吐息と聴いた嬌声が、それらが正しいと決定づけていた。
──…………。
実に魔性的で、蠱惑的。先輩にそんな気がないことは重々承知しているし、理解しているし、一番わかっている────だが、それでも。
「だああああああああああっ!!!!」
が、その怒声が
「さっきから黙って聞いてりゃ胸だの顔だの好き放題言ってやがって……んなこと今どうでもいいだろうがっ!ああッ!?」
と、続けて怒声を張り上げる先輩。そんな先輩に対して、二人の《SS》
「そんなに怒ることないじゃないですか。私はただの興味本位で訊いてるだけなんですから」
「怒った表情も魅力的だ、ラグナ嬢。その八重歯、実に可愛らしいよ」
「…………」
各々の言葉──恐らくその大部分をサクラさんが占めているが──を受けて、先輩は絶句する。が、それも束の間のことだ。一瞬にして、そして先程以上の勢いで憤りを迸らせる────
「さて。歓談もそろそろこの辺りで。……本題に移りましょう。サクラ、フィーリア」
────よりも先に、グィンさんがそう言って、一旦この場の空気を制したのであった。