「本題に移りましょう。サクラ、フィーリア」
──本題……?
本題────その言葉を聞いて、僕は自分のことではないというのに、思わず身構えてしまう。
「ふむ。確かにそれもそうだな。無論私としてはこのままラグナ嬢との会話を楽しむのも
「……あー、はい。じゃあ私ももういいです」
サクラさんは特にごねることもなく納得したように。その一方でフィーリアさんは抱くその不満を大っぴらにさせながらも、一応はという風に。二人はグィンさんの提案を受け入れた。
「という訳で。ラグナ、君もどうか今は堪えてほしい。いいね?」
「……チッ、わぁったよ」
と、引っ込みがつかない様子ではありつつも、先輩もまた渋々ながらにグィンさんの言葉に従う。
それから仕切り直しだと言わんばかりに一つ、咳払いをしてから。徐に、グィンさんが話し出す。
「それで、今日お二方がこの街……いえ、
「ああ。それで合っている」
グィンさんの言葉に当然のように頷き、そして肯定するサクラさん。対して、フィーリアさんは特に何も言わず、無言のままであった。
「……考えを改めるつもりはない、ということで?」
「無論」
まるで斬り捨てるかのように。少なくとも好意的ではないグィンさんの言葉に、サクラさんが即座に返事する────
「私はラグナ嬢……否、ラグナ=アルティ=ブレイズを『
────そして続け様に、そんなことを言い出した。
──は?
と、声に出すのはどうにか堪えられた────が。
「ッ……!!」
──……しまった。
そう、心の中で呟きながら。絶対で確実な死を予感しながらも、咄嗟に首を庇った手を。静かに眼下へとやり、僕は見つめる。
奇跡的にも僕の手はまだ断たれてはいなかった。深々と、半分以上、骨と肉の断面が露出するまでに斬られて。夥しい程に溢れ出す血が止め処なく流れて滴り落ちているものの、辛うじてまだ繋がってはいた────
「怖いな、君」
────という己が手の惨状を
視線を手の甲から上げれば、いつの間にかサクラさんが僕を見つめていた。
「すまない。話が逸れた。……まあ、こればかりは私も譲れないのだ。貴殿と同じように」
「ええ、そうでしょうね」
まるで何事もなかったかのように。こちらから顔を逸らし、平然と話を再開するサクラさん。グィンさんも彼女と同様に平然と会話の相手を務めていた。
しかし、サクラさんの隣に座るフィーリアさんはそうではなく。今し方彼女が発した一言に対して、疑問を抱いているようであった。
先輩といえば……正直、わからなかった。こちらに背を向けている上に反応らしい反応も見られなかったので。
──……殺気を、向けてしまった……。
そう。僕は先程、殺気を向けた。
『私はラグナ嬢……否、ラグナ=アルティ=ブレイズを『
そう、
あれはサクラさんの
これまでの人生の中で、初めて当てられた類の殺気だった。
それでも、あんな……あんなに明確な死を孕んだ殺気は初めてだった。
故に僕は理解できず、腑に落ちないでいた。
『怖いな、君』
サクラさんのその一言が。
「悪い話ではないと思うのだが」
「そういう問題ではないのですよ、サクラ」
「そうか。……ふむ」
無論そんな僕のことなど
「するとやはり、ラグナ嬢の考えも変わっていないと」
「当たり前だろ」
そしてどうやら察するに、何もこれは急な話ではないらしい。少なくともグィンさんと先輩は以前から、それも何度も打診されていたようだ。
──なるほど、それで……。
『ラグナ嬢……私は、君が欲しい』
この発言に繋がってくるという訳だ。まあ、それでもこの
「それは残念だ。実に残念極まりない。私としては猫の如く、君を膝上に乗せてただ愛でられれば、それだけで満足だというのに」
「……それ
「いや、冗談だよ。とはいえ、ラグナ嬢がそうするのを許してくれるのであれば、遠慮なくさせてもらうが」
と、大真面目に返事するサクラさんに対して、先輩がやってられないと呆れた表情を浮かべるのが、こうして背中越しに見てるだけでもよくわかる。
……そうだ。僕は見ているだけだ。蚊帳の外に立って、こうして見ている。ただ、それだけだ。
「しかし、わからないな。『
「まあな」
「であればいっそのこと『
今はただの護衛でしかない僕は、見ていることしかできない。
────君はもう、元には戻れないのだから」
先輩が何を言われたとしても、護衛に過ぎない僕が口を挟むことは許されない。
「失礼。……それは一体どういう意味かな、サクラ?」
そんな情けないことこの上ない僕に代わって、グィンさんが透かさずサクラさんにその発言の真意を問い
「意味も何も、言葉の通りさ。そしてそれは他の誰でもない、ラグナ嬢が一番わかっている筈だ」
そう言って、サクラさんは黙り込んでいる先輩を見つめる。何処か試すような意思を、その眼差しに乗せて。
「…………」
けれどサクラさんの言葉に対して、先輩が口を開くことはなく。そんな先輩のことを依然見つめながら、彼女は続ける。
「まあ、今はまだ赤の他人に過ぎない私が問うべきではないことは承知している。その上で問おう、ラグナ嬢────否、ラグナ=アルティ=ブレイズ」
──止めろ。
あくまでもそれはまだ予想に過ぎない。だがそれでも、僕は心の中で吐き捨てていた。
吐き捨て、そして再び、僕はサクラさんに殺気を向けた。
ザグッ──直後、僕の首に
「そもそも、
と、僕の首の半ばまでにその
熱い、痛い、辛い────が、そのどれもは錯覚だ。
あまりにも現実味を帯びて、実際の感覚と然程変わらない、ただの錯覚に過ぎない。
そう、頭の中では理解しているのに。ちゃんとわかっているのに、全身から嫌な汗が滲んで、流れて、止まらない。
一瞬でも気を抜けば、意識を失いそうになってしまっている────
「無礼極まる愚行、どうか容赦願います」
────だが、それでも僕は己が意地を押し通した。
「戯言、妄言の類だと思って、聞き流しても結構です」
言いながら、僕はその場から歩き出し、四人が座るテーブルの元へと歩み寄る。
護衛にあるまじき、決して許されはしないこの暴挙────が、これを咎める者は誰一人としていなかった。
「元に戻します。僕が、必ず」
そこで僕は、サクラさんを見下ろした。そんな僕のことを、彼女は静かに見上げていた。
視線からは勿論、その表情からも。今、この人が僕に対して、一体どのような感情を抱いているのか。それはわからない。とてもではないが、僕ではそれを読み取ることは叶わない。
正直に言ってしまえば、僕はそのことに対して恐怖を感じている────その恐怖を存分に味わい、そして噛み締めながら。
「先輩を元に戻してみせます」
そう、はっきりと。僕はサクラさんに告げた。