ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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『極剣聖』VS『天魔王』(その六)

「……」

 

 啖呵(たんか)──あくまでも僕がそう思っているだけ──を切られたことに対しても、サクラさんの感情は揺れなかった。僕はその水面(みなも)に、波紋の一つすら起こせなかった。

 

 当然だろう。この人からすれば僕など吹けば飛ぶ、意識を留めるに値しない塵芥(ゴミ)に過ぎない。

 

 ……だが、それでも。そうであっても、僕は堪えられなかった。

 

『そもそも、君は元に戻りたいのか?』

 

 その言葉を口に出されてしまった以上、慄き(すく)んで、息を殺してじっと引っ込んでいることなど、できる訳がなかった。

 

「そういう訳だから」

 

 僕とサクラさんの間に流れていた沈黙を引き裂くように、不意に先輩が口を開き、そう言った。

 

 少し遅れて、サクラさんは僕の方から先輩の方へと再び顔を向ける。

 

「将来有望な後輩だな、ラグナ嬢」

 

 サクラさんはそう言うと、軽く微笑(ほほえ)むのだった。男は無論、女でさえも当たり前のように見惚れてしまうような、そんな微笑みであった。

 

「おう。俺の、自慢の後輩だからな」

 

 が、目の前の先輩にはまるで効かず。サクラさんの言葉に、先輩は誇らしげに頷き、彼女の言葉を肯定する。

 

「それに仲も良好ときた。全く、羨ましい限りだよ……それだけに、()()()というものだ」

 

 先輩と僕の二人を交互に見やって、そう呟くサクラさん。その言葉通り、彼女の瞳の奥に、揺らめく炎のようなものが見える────気がした。

 

「さて、そろそろ話を戻すとしよう。ラグナ嬢やグィン殿、そして君……ウインドア青年の意思と同じように。私の意思、も……」

 

 サクラさんの言葉が途切れる。しかし、無理もないだろう。

 

 スゥ──何の前触れもなく、突如としてその小さな足が振り上げられる。その動きを、この場にいる誰もが視線で追った。

 

 

 

 

 

 ダンッ──皆からの注目を浴びる最中、そうして足は振り下ろされた。靴の踵がテーブルを叩くその音が、この部屋に(やかま)しく響き渡る。

 

「最悪」

 

 少し遅れて、静まり返った来賓室にその声が響く。吐き捨てられたその言葉通り、不愉快であることを噯気(おくび)にも隠さず、全面に押し出したその声が。

 

「こちらが黙っていれば好き勝手に話を進めて……私のこと、舐めてますね」

 

 続けて敵愾心に満ちた言葉を放ち、すぐ隣に座るサクラさんへ、これでもかと嫌悪感を詰め込んだ眼差しを送りながら。

 

「私、貴女のことは大嫌いです」

 

 と、やはり躊躇うことなく。今の今まで目を閉じ黙り込んでいたフィーリアさんは、サクラさんに対してそう告げたのだった。

 

「そうか?私は君も好みなのだがな、『天魔王』」

 

 しかし、いきなり突きつけられたその嫌悪に少しも怯むことなく、それどころか逆に好意を返され。フィーリアさんは一瞬、理解不能とでも言いたげに眉を顰めた後、草臥(くたび)れたように嘆息した。

 

「これ以上はもう付き合い切れません。ですので、私も好き勝手に話を進めようと思います。こほん」

 

 そして感情を排除した声音と事務的な口調で言い、そのままフィーリアさんが言葉を続けさせる。

 

「単刀直入に言いますが私の目的もブレイズさんです。理由は伏せますけど」

 

 ……薄々、勘づいてはいた。

 

 

 

『それで、今日お二方がこの街……いえ、『大翼の不死鳥』(ここ)へ訪れた理由は、やはり例の』

 

『ああ、それで合っている』

 

 

 

 しかし、何故フィーリアさんも先輩が目的なのか……僕にはこれがわからない。

 

 ──この人も引き抜き(スカウト)……?いや、そうだとしても。

 

 サクラさんの動機は実に単純明快なものであり、この人にとっての先輩の価値は容易に推し量れる。だが、フィーリアさんとなるとそれは別だ。

 

 あまりとやかく言うでもないが、自らの趣味趣向を臆することなく平気で晒け出しているサクラさんとは違って。少なくとも、フィーリアさんがその同類だとは思えない。

 

 一体、どういった理由でフィーリアさんもまた先輩を欲しているのか……それを伏せる以上、正直褒められるようなものではないのかもしれない。

 

 そういった可能性が少しでもあるというのなら、僕は……。

 

「ほう。つまり君と私は相容れぬ……恋敵、という訳か」

 

 と、考え込む僕を他所に。徐に、サクラさんがそう言った。

 

「は?そんな訳ねえですよ」

 

 突然の恋敵認定に、当然の権利だと言わんばかりに突っかかるフィーリアさん。しかし、そんな彼女の態度にサクラさんが怯むことなど、天地がひっくり返ってもあり得ず。

 

「私がラグナ嬢を欲しているように、君もまたラグナ嬢を欲している。この関係性、恋敵と言わずして何と言う?なあ、『天魔王』」

 

 などと、平然と返され。フィーリアさんは一瞬目を歪ませた後、心底呆れ果てたように、深々としたため息を吐いた。

 

「お互いに譲る気はない。……まあ結論はこうですよね。だったら私に手っ取り早い提案があるんですけど、聞きます?」

 

「ほう。それは是非聞かせてもらいたいな」

 

 サクラさんに促され、そこで初めてフィーリアさんは明るい表情を浮かべた。

 

「戦いましょう、『極剣聖』(サマ)。ブレイズさんを賭けて、ね?」

 

 そうして浮かべた満面の笑顔を一切崩さぬままに、フィーリアさんはそう言い放つのであった。

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