ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
木陰にて休んでいたクラハ、ラグナも加えて砂浜での遊びはますますの盛り上がりを見せた。
楽しい時間ほど早く過ぎるものはない。燦々と無人島を照らしていた太陽も傾き、茜に染まった空もやがて黒く、闇に沈んだ。
そう、この無人島にも──夜が来たのだ。
「…………」
ざあざあと波が往復を繰り返す音が聞こえる。夜闇が溶け込んだ、暗い海。そして頭上には、幾億の綺羅星が何処までも続く夜空を飾り立てている。
そんな、人の手が入れられていない無人島だからこそ、見ることの叶う景色を、彼女は──『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアは独り、砂浜に座り込みながら眺めていた。
──綺麗ですね。
そう、心では
実を言えばこれ以上の景色など、数え切れない程度には目にしてきている。伊達に世界を巡っていない訳ではない。
それら全てが絶景と評せるだけのものであり──しかし、そうと理解しながらも、フィーリアの心は動かず、ちっとも揺れなかった。
言葉というのは便利である。何故ならそう口に出すだけで、表面上はいくらでも取り繕えるのだから。
……そうして、物事を考えてしまっている己が、誰よりも──どんなことよりも、フィーリアは嫌いだった。
──全然思ってもいないこと口に出して、並べて……馬鹿みたいです。
はあ、と。フィーリアが嘆息する。それは宙に流れて、溶けて、消えた。
と、その時だった。
「夜景を独りで楽しむとは、水臭いじゃないかフィーリア」
そう言いながら登場してきたのは、『極剣聖』サクラ=アザミヤ。フィーリアと同じく、この世界で三人──もっとも今では実質二人だが──しかいない《SS》
そんな彼女がフィーリアのすぐ傍にまで歩み寄り、同じように目の前に広がる闇が織り成す夜景を眺める。
「こんな素晴らしい夜景、独りで眺めているなど勿体ないと思うぞ」
「……そうですね」
サクラの言葉に、フィーリアは頷く。それから少しの静寂を挟んでから、唐突にフィーリアがサクラに問う。
「綺麗だと、サクラさんも思うんですか?」
「この夜景をか?当然だ、こんな景色、こんな辺境の無人島でしか見られない」
それを聞いて、サクラに気づかれぬよう再度、フィーリアは嘆息してしまう。
──この人も、そう思うんですか……いや、
サクラの返答は、フィーリアが望んでいたものではなかった。彼女も自分と同じような
「……君もそう思っているのではないのか?」
「ええ。当たり前じゃないですか」
普段から浮かべている笑顔を見せ、本心を偽りながらフィーリアも同意を返す。そんな彼女に対して、サクラは一瞬だけ瞳を細めた。
「悩みがあるのなら、相談に乗るが」
「ある訳ないじゃないですか私に。急に気持ち悪いこと言わないでくださいよ、サクラさん」
以前ちょっとしたことでサクラと対決することになり、その時以来流すことのなかった冷や汗で背中を湿らせて、平静にフィーリアがそう返す。
そんな彼女に対し、やはりサクラは訝しげな視線を送って──
「そうか。急に気持ちの悪いことを言って、すまなかったな」
──しかし、それ以上の追求はしなかった。それからまた静寂が続いて、やがて気まずそうに再度、フィーリアからその口を開いた。
「まあ、悩みという訳ではありませんが……少しだけ、話を聞いてくれますか?」
「ふむ。相談に乗る訳ではないが、聞こう」
そこで少しの間を置いて、その話とやらをフィーリアは始める。
「私、昔から
「ほう。起源、か」
「はい、起源です。この
フィーリアの話をサクラはただ静かに聞いている。……傍目から見れば、寝ているようにも思えるほどに。だが彼女はしっかり起きているし、たとえ立ちながら寝ていても、フィーリアがそれを咎めることはない。
フィーリアの話はまだ続く。
「子供の頃は本を、そして七年前に世界を一度巡ってあらゆる起源を調べました。おかげさまで、この世界に関するある程度のことは知り尽くせました」
そこで一旦フィーリアは口を閉じ、話を止める。そうして三度その場が静寂に包まれて──そして三度目も、フィーリアがそれを破り捨てた。
「けど、それでも一番知りたかった起源は知れませんでした」
「……一番知りたかった起源?」
サクラの言葉にフィーリアが頷き、そして続ける。
「私の、起源です」
刹那の躊躇いを挟み、フィーリアは己が口から絞り出す。
「実は私、捨て子なんですよ」
それは唐突な告白であった。人によっては口に出すことすら憚られるような、告白。それに対して、サクラはなにも言わない。ただ沈黙を以て返すだけ。
そんな彼女の対応に少しばかりの感謝を交えて、フィーリアが続きを語る。
「今から数えて十五年前、私は
目の前にある一夜限りの景色を眺めながら、フィーリアは言う。
「父の顔も、母の顔も知りません。元々どこにいたのかもしりません。一体どこで私を拾ったのか師匠が教えてくれないので、生まれ故郷すらも知りません。世界中を巡っても、手がかりの一つすら掴めませんでした」
彼女の声色は、あくまでも普段通りのものだった。……が、サクラにはそれが偽りのものだとわかる。
『天魔王』──この世界全ての
そんな存在が、本来ならば誰であろうと知っているはずのことを全く知らないというのは、実に皮肉なものであった。
「……あなたなら、いいですかね」
その言葉の意味をサクラが理解するよりも先に──フィーリアが行動に移る。
静かに、ゆっくりとフィーリアは息を吐く。すると────彼女の身体に、
フィーリアの肌に、線が走る。それは直線であったり、または曲線であったり。瞬く間に彼女の全身に線が引かれ、そして淡い輝きを帯び始める。そのいくつもの線は、まるで刺青のようだった。
「普段は魔法で上手く誤魔化しているんです。……まあ、完璧にとは言えませんけど」
小さな笑みを浮かべて、フィーリアがサクラの方へ顔を向ける。右頬には揺らめいているような紋様が浮かび上がっており、身体に引かれた線と同様に、淡い輝きを帯びている。
そしてなによりも注目を集めるのは──その瞳。
言葉で表すなら、それは虹。今フィーリアの右の瞳には、虹が宿っていた。
赤、青、黄、緑、橙、藍、紫。それぞれ七色が複雑に混じり、絶妙に絡み、非常に幻想的で──そして不気味であった。
あまりにも色鮮やかな右の瞳。しかし、それとは対照的に、左には
無色。白とも、灰とも言えぬ、まさに無色。
「子供の頃、虐められてたんです。『気持ち悪い』だの、『化け物』だの……ずっと、ずっとそう言われ続けました」
気がつけば、フィーリアの顔からは笑顔が消えていた。いや、それどころか表情らしい表情が、消失している。
己の腕を抱いて、フィーリアは続ける。
「私は確かめたいんですよ。自分は人間なのか、そうでないのか──だから、起源を求めているんです」
無表情よりも無表情になって、フィーリアはサクラを見つめる。虹の瞳と無の瞳で、静かに。
そして、試すような口振りで──彼女に問う。
「『極剣聖』様。あなたには、私が人間に見えますか?」