ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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『極剣聖』VS『天魔王』(その七)

「要は()()ってことらしい」

 

 そう言って、赤檎実(アポン)の蜂蜜酒が注がれたグラスを手に取る先輩。

 

「ほ、報酬ですか……?」

 

「おう。勝手過ぎるってーの……んく」

 

 と、軽い愚痴を溢してから。グラスの(ふち)を口元につけ、グラスを傾ける。

 

 先輩の喉が上下に繰り返し蠢く度、グラスの蜂蜜酒は減っていく。その妙に(なまめ)かしい動作と光景には、僕もつい視線に留めてしまう。

 

 そんな僕の邪な視線に気づかず────否、先輩は気づいているだろう。きっと気づいている上で、敢えて気づいていない振りを取っているのだ。

 

 ……最近の先輩は、そうする。

 

 それはともかく。僕に見せつけるようにして、元々少なかったとはいえ瞬く間に蜂蜜酒を飲み干した先輩は。空になったグラスを叩きつける────ようにではなく、ゆっくりと静かに、テーブルの上に置いた。

 

「こんなん酒でも飲まなきゃやってらんね」

 

 と、頬を薄ら赤く染め、瞳を僅かに潤ませた先輩がぼやく。

 

「先輩……お酒、強くなりましたね」

 

 本来であれば相槌を返す場面だということは、僕も理解していた。していたが、予期していなかった先輩の変化に、僕は堪らずそう言ってしまっていた。

 

「まあな。どっかの後輩に()ったらかされてたおかげで、な?」

 

「……その節は本当に申し訳ありませんでした」

 

 ジト目で睨めつけながら、非難の言葉を浴びせる先輩に対して。僕は頭が全く上がらない思いで、そう謝罪するしかなかった。

 

「そ、それはそうと。気がつけばとんでもない話になってしまいましたね、先輩」

 

 僕としてはこの微妙な空気を払拭したい一心でその話を始めた次第なのだが。傍目から見れば、都合の悪さに堪えかね慌てて話題を逸らしたとしか思えないだろう。

 

「全くだぜ。俺を無視して、勝手に二人で盛り上がりやがって。堪ったもんじゃねえよ」

 

 が、当の先輩がそれを指摘することはなく。僕の言葉に同意し、吐き捨てるようにそう言うのだった。

 

 ──……本当に、とんでもない話になったものだ。

 

 と、心の中で呟く僕の脳裏で。今から数時間前ばかりの、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の来賓室での光景が過ぎる──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では明日の正午、場所は……そうですね。確かこの街からある程度離れたところに荒野がありますから、そこでどうですか?」

 

「ああ。構わない」

 

「それで負けた方はすっぱりこの件から手を引く……それでいいですよね?」

 

「それで構わない」

 

「言質取りましたよ。くれぐれも逃げないでください、ね?」

 

「安心してくれ。君のような可愛らしいお嬢さんの誘いを無下にする程、私は馬鹿ではないさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────今こうして思い返してみても。実に、本当にあっさりと、成立してしまった。

 

 《SS》冒険者(ランカー)。『極者』。世界(オヴィーリス)最強────そう並び称される者同士による、決闘。

 

 きっと誰もが一度は思うことだろう────一体、どちらが強いのか。

 

 仮に戦ったとして、一体どちらが勝つのか。

 

 ──そんな夢物語を、まさか僕なんかが目の当たりにできる日が来ようとは……。

 

 今でも信じられない。自分の目の前でそれが決まったということも。

 

 

 

『立会人は貴方にやってもらいます』

 

『私も君であれば異存はない』

 

 

 

 そして自分が直々に、この時代を揺るがす世紀の一戦の立会人に、選ばれてしまったことも。

 

 ──一応、グィンさんも了承してくれたけど……本当に僕でいいのだろうか……?

 

「……あのデカ女の言ってたこと、割りかし間違っちゃいねえよ」

 

 と、僕が考え込んでいた時。唐突に、そして徐に。ほろ酔い気味の、若干据わった瞳で空のグラスを見つめたまま、先輩がそう呟いた。

 

 ──……え……?

 

 その呟きに対して、僕は疑問符を頭に浮かべる。

 

 デカ女────それはきっと『極剣聖』、サクラ=アザミヤさんのことだろう。

 

 そのサクラさんが言っていたことは、ある程度間違っていない────それはどういうことなのか。一体、彼女の言葉の何が間違っていないというのか。

 

 脈絡もなくいきなりそう呟かれた僕の頭の中を、その疑問が瞬く間に埋め尽くし。

 

「先輩、それはどういう……」

 

 そうして気がつけば、僕もまた口を開いていた。

 

 だが、僕の問いかけに先輩はすぐ答えず。グラスに視線をやったまま、沈黙し。

 

「……先輩?」

 

 それが十数秒続いた後、堪らず僕は再度声をかけた。するとようやっと、先輩はまたその口を開き、言った。

 

「俺はもう、元には戻れないんだろうなって」

 

 ……その言葉を聞いた時。情けない話だが、僕は愕然としてしまって。まともな返事はおろか、適当な相槌を打つことすらできないでいた。

 

 

 

 

 

『君はもう、元には戻れないのだから』

 

 

 

 

 

 今更ながら、僕の頭の中でサクラさんの言葉が響いた。

 

「勘違いすんな、クラハ。別にお前じゃ無理とか、そういう話じゃなくてさ」

 

 何も言えず、黙り込む僕に。まるで仕方のない子供に言い聞かせるような口調で、先輩が言う。

 

「たぶん、俺は男に戻れても……もう()()()()()()()()()()()

 

 僕には先輩の言葉が理解できなかった。先輩が何を言っているのか、わからなかった。

 

 ──違う。

 

「そういう意味なんだよ。元には戻れないってのは」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──…………酔って、いるから。

 

 そうだ。きっと、酔っているから。酔ってしまった、その勢いで。思わず、先輩はそう言ってしまった。そうに過ぎない。

 

 そうでもなければ困る。本当に、困る。

 

「それに今の俺になら……」

 

 独り()がりな思考に浸っている僕を他所に、先輩はそう呟くが、何故か途中で黙り込んでしまう。

 

「…………」

 

 神妙な面持ちでグラスを見つめたまま、固まってしまった先輩。急にどうしたのかと、心配と不安が()い交ぜになった気持ちを抱きながら、僕は声をかける────直前。

 

「悪い、酔った。俺寝るわ。クラハ、片付け頼む」

 

 と、不意にそう言い出すや否や椅子から立ち上がり。僕の返事も待たず、先輩はこちらに背を向けた。

 

「わ、わかりました。おやすみなさい、先輩」

 

「おう」

 

 そうして特に何もなく、先輩は居間(リビング)から立ち去った訳だが────果たして、これは僕の気の所為に過ぎないのだろうか。

 

 ──先輩の顔、急に凄く真っ赤になってた、ような……。

 

 先輩自ら言っていた通り、酔いが回った所為であればそれまでの話。

 

 しかし、あれは単に酒気(アルコール)に起因するというには。少しばかり、首を傾げざるを得ない。

 

 ──……なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、それは僕の悪い癖だ。自分にとって都合の良くない事実を遠ざけようと……こうして、当てもなく現実逃避に走ってしまう。

 

 自覚はしている。だが、そうしてしまっている。そうせずにはいられないでいる。

 

 けれど、もうそろそろ腹を括らなければならない。いい加減、覚悟を決めなければならない。

 

 ──……最近、先輩は()()()()

 

 そうして遂に、僕は今の今まで目を逸らしてきた現実と。ようやっと、向き合うことにした。

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