ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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『極剣聖』VS『天魔王』(その十)

「世話になった、老師。貴方のおかげでこの一週間、実に有意義な時間を過ごすことができた」

 

 と、濡羽色──(からす)の濡れた翼のような黒を指す、第三(サドヴァ)大陸で主に認知されている色の名──の髪を揺らし。目の前の老人に対して、彼女は礼を告げる。

 

「ウドウ、サドウ。お前たちも達者でな」

 

「「はっ」」

 

 そして老人────老師の背後に控える二人の青年たちに対しても、彼女はそう告げ。

 

「では、これにて」

 

 そうして、一通りの別れを告げ終えた彼女は踵を返し、老師と青年らに背を向け。ゆっくりと、その場から歩き出した。

 

 彼女の背中が少し遠くなったその時、徐に青年の一人────ウドウが口を再度開く。

 

「……正直、今でも信じられない。死者が出るのも珍しくない我らが寺院の荒行を、まさかああも容易く、事もなげにやり通してしまうとは」

 

「ああ。あれでまだ十七の少女……末恐ろしいこと、この上ない」

 

 尊敬の裏側に畏怖が見え隠れする声音による、ウドウのしみじみとした呟きに。彼と全く同じ声色で、サドウもまた呟く。

 

「孤独じゃ」

 

 が、そんな彼らとは対照的に。慈しむような憐憫を以て、老師は静かにそう呟くのだった。

 

「孤独、ですか?」

 

「老師。それは一体どういう……?」

 

 思ってもいなかったその言葉を、(こぞ)って追求する二人に。老師はその声のままに、彼らに続ける。

 

「あの子は極めた。誰かに頼る必要がない程に……()()()()()()()()()

 

 その言葉にもまた、いまいち腑に落ちないでいる二人。そんな最中、依然として老師はこう続ける。

 

「誰かに頼る必要がないというのは、言い変えれば()()()()()()()ということ。人は元来、頼り頼られ、そうして互いに支え合う存在(モノ)……しかし、あの子はそれができない。あの子だけには、それが許されていない」

 

 そこでようやっと、ウドウとサドウはハッとした。

 

「それを孤独と言わずして、何と言う」

 

「た、確かに……」

 

「このサドウ、そのようなことにも気づけず……一生の不覚」

 

 孤独と評した老師の真意を今、理解できたところで。もう今更で、もはや手遅れ。

 

 自らを悔いる言葉を最後に、黙り込むウドウとサドウ。そんな彼らを尻目に、老師は呟く。

 

「あのような(わらべ)にこそ救いの手を差し伸べるのが儂の務め……じゃが、できぬ。儂ではどうにもならぬ」

 

 呟き終えた老師は、ただ見つめる。気がつけば遠く、小さくなっていたその背中を。眺めながらに、老師は遺憾に満ちた声で言う。

 

「あの子に()食う修羅は、儂如きには受け止められぬ……」

 

 そうして背中も見えなくなった頃、老師は続けて、己が心中にて独り()ちる。

 

 ──せめて、祈ろう。この先、いつの日か……彼女の孤独を埋め、あの業深き修羅から救う存在(モノ)が現れることを。

 

 

 

 

 

 老師らはまだ知らない。少し先、あの少女が『極剣聖』と呼ばれることを、知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遮音性まで備えているのか、この防壁……」

 

 と、まるで何事もなかったように、そこにあるのが当然だと言わんばかりの防壁を見上げながら。僕は呆然と、そう呟くのだった。

 

 結論として、自らの聴覚を捨てた覚悟はただの徒労に終わった訳だが。だからといって、不満など抱ける筈もない。

 

 (むし)ろ、僕は咎められるべきだろう────何故ならば、『天魔王』直々に展開したこの魔法防壁が。

 

 破られるかもしれない、と。自分たちが無事では済まないかもしれない、と。そう、疑ってしまったのだから。

 

 頭ではわかっていた。決して、そんなことはあり得ないと理解していた────だが、それでも。

 

 

 

『そして後悔しやがってください、糞女(マンカス)

 

 

 

 一つで複数の街を跡形もなく全て消し飛ばすのに、十二分に事足りる魔力弾を。一つどころか無数に所狭しと展開された、あの光景を目の前にすれば。

 

 突破できる想像が僅かにも、微塵にも、全く以てできないこの防壁でさえも。自明の理に(のっと)るかのように、何の疑問も生じさせず。

 

 あっさりと、呆気なく、突き崩され破れ去る────そう、思う他にないだろう。

 

 しかし、現実は僕の浅はかな想像を覆し。フィーリアさんの防壁に傷は一つもなく、依然としてその絶対的な強度をこちらに示し続けていた。

 

 ……が、それはあくまでも防壁の話。防壁と、防壁に隔てられたこちら側は無事で済んでいるものの────あちら側はそうはいかない。

 

 ──……何も、見えない。

 

 あまりにも濃過ぎる砂埃と粉塵によって、防壁の先が一体どんなことになっているのか、全く判断できない。薄れるのを待つにしても、それにどれだけの時間を要するのかも、正直わからない。

 

「…………クラハ」

 

 と、その時。僕のすぐ傍、胸元から先輩の声がして────そこでようやっと、僕は思い出した。

 

「すっ、すみません先輩っ!その、つい、抱き寄せてしまって……っ」

 

 そう謝罪を挟みつつ、僕は慌てて腕の中の先輩を解放する。

 

 ……言っていて、我ながら本当に大胆というか、とんだ恐れ知らずな行動に出てしまったものだ。咄嗟のことで考える間もなかったとはいえ、庇うにしても他にこう、もっとあった筈だろうに。

 

「いや、別にいい。気にすんな」

 

 自らの愚行を省み、悔いる僕から。少し距離を取って、先輩はそう言う。

 

 ……何故か、目を逸らして。

 

「……先輩?」

 

 先輩の様子が何処(どこ)かおかしいのは、見て明らかだった。

 

 なんというか、後ろめたいものがあって、それを隠そうとしているような。そんな居た堪れなさが、今先輩からそこはかとなく感じる。

 

 ──フィーリアさんの防壁は完璧に、僕たちを守ってくれた。怪我はおろか、擦り傷一つだってない。返事もしてくれたし、耳は無事な筈……。

 

 だというのに、一体どうしたのだろうか。そう疑問に思いながら先輩を眺め、ふと気づいた。

 

 心なしか、顔が薄ら赤くなっているような。それに、妙に落ち着いていない気も……。

 

「一体どうしたんですか?何かありましたか?」

 

「どうもしてねえし、何もねえよ。だから気にすんなってば」

 

 と、口ではそう言っている先輩だが。しかし、やはりおかしい。おかしいと思えて、仕方がない。

 

「……僕の目は誤魔化せませんよ、先輩」

 

「は?」

 

 僕の発言に対して、意味がわからないとでも言いたげな声を漏らし、胡乱げな眼差しを向ける先輩。

 

 が、それでも構わず、僕はできるだけ声色を穏やかに柔らげて、そうして続ける。

 

「先輩、僕相手に何を躊躇っているのかはわかりませんが、大丈夫です。僕は笑って馬鹿になんてしません。ですから隠そうとせず、正直に教えてください。ね?」

 

「いやだから……だあああッ!面倒くせえなぁもう!!俺がいきなり抱き締められて驚いてんのがそんなに変ってかっ!?」

 

 最初こそ草臥(くたび)れた風に仕方なく口を開いたが、少しの間を置いてから突如爆発して、先輩は僕に向かってそう叫ぶのだった。

 

「…………え?あ、は……えぇ、っと……?」

 

 先輩の返答に対して、僕はそんな要領を得ない返事をするしかなかった。当然、そんな煮え切らない僕の態度に、先輩は声を荒げた。

 

「んだよその返事!!お前、聞いてなかったのか?俺にもっかい同じこと言わせるつもりか、お前ぇ!」

 

「い、いや大丈夫ですちゃんと聞きました聞いていましたから」

 

 と、弁明をする傍らで僕は胸を撫で下ろす。先輩が無事ならば、僕としてはそれでいい。

 

 ……しかし、やはり。

 

「驚かせてしまって、すみませんでした先輩。つい咄嗟のことで、説明する余裕がなくて……嫌でしたよね。僕に抱き寄せられて、僕に抱き締められるなんて……」

 

 言っていて、堪らず自己嫌悪に陥りそうになる。フィーリアさんの防壁を信じ切れなかったが故の行動なだけに、殊更に。

 

 先輩がどれ程の精神的負担(ストレス)を感じたことか、察するに余りある。……その直接の原因たる僕が言えたことではないが。

 

 何はともあれ、この後すぐにでも、引き続き僕は先輩に罵られる。どんな罵倒であれ、甘んじて受け止め、そして受け入れよう。

 

 それが今、僕が果たさなければならない責務なのだから────そう思った矢先。

 

「……いや、それはまあ、別に平気だったけど、さ……」

 

 と、先輩は僕に言った。今し方までの勢いもまるで失せた、しおらしく大人しい声音と態度で。

 

「え?」

 

 またしてもこちらから逸らしたその顔は、やはり赤く染まっているように思えて。所在なさげに伏せられたその瞳が、何処までもいじらしく。

 

 そんな先輩の立ち振る舞いは、否応にもなく相対する者の心を悪戯に掻き乱す────無論、僕とてその一人に過ぎない。

 

「そ、そう……そうです、か……」

 

「おう……」

 

 そこで僕と先輩は互いに黙り込んでしまう。必然、僕と先輩の間にはなんとも言えない、微妙な空気が流れ、漂い────

 

 

 

 

 

 ドオオオォッ──そんな最中、突如として防壁の向こうで凄まじい突風が吹き荒んだ。

 

 

 

 

 

 この防壁、人の声は勿論、耳が無事で済むような程度の音であれば遮らないらしい。

 

 それはともかく、明らかに不自然なその突風は瞬く間に、この辺り一帯の砂埃や粉塵を吹き散らし。

 

「…………どう、して」

 

 そうして視界が晴れ、見えた景色は────想像通りで、()()()()()()()

 

 真っ平ら、とまではいかないものの。それでも馬車が問題なく走破できる筈だった荒野の大地は。

 

 もはや元々こうだったのではないのかと思いたくなる程、すっかり変わり果ててしまっていた。こうして見渡す限り、爆発で大きく深く抉れた箇所しか見当たらず。無事な箇所を探そうとする気すら、まるで湧き上がってこない。

 

 馬車どころか、人が歩くのにも苦慮せずにはいられない。こうなってしまった以上、この荒野を行路として利用するのは(いささ)か無理がある。

 

 しかし、幸いなことにこの荒野以外にも使える道はまだある。オールティアの流通に然程影響が出ることはないだろう。

 

 地形ががらりと様変わりするまでの威力と規模を有した、無数の爆発────その最中にて、生物が生存できる筈がないことは。言うまでもなく、そして考えるまでもない。

 

 誰であっても当然のように辿り着くその確実な結論、絶対の現実────

 

 

 

 

 

「どうして、無事なままなんだ……?あの人……!?」

 

 

 

 

 

 ────それを『極剣聖』サクラ=アザミヤさんは。容易く、事もなげに覆す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法────この世界(オヴィーリス)において、それは。端的に言ってしまえば、世界に己を認めさせることである。

 

 そうであると世界に訴え、そうであれと世界に願い。そうして初めて、世界がそれを認める。

 

 己が魔力に確かな意味を持たせ、行使すること────(これ)(すなわ)ち、魔法。

 

 その理故に、魔法を扱う為には揺らぎのない強固な意思が必要不可欠であり。生半可な意思の元による魔力は世界から意思なき無意なものと見做(みな)され、その結果────世界と同化し、一部として取り込まれてしまう。

 

 それが世界(オヴィーリス)における、魔法の常識────『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアとて、そんなことは百も承知していた。

 

「……」

 

 己が所業の産物である、深く濃く立ち込める砂埃と粉塵の向こうで。安全が約束された魔法防壁に隔てられている二人────ラグナ=アルティ=ブレイズと、確か……クラハ=ウインドアだったか。

 

 その二人が、人目も(はばか)らずに、互いに抱き締め合っている──少なくともフィーリアにはそう見えている──光景を流し目で一瞥し。そうして(おもむろ)に、彼女は魔力を自らの周囲に放った。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 魔法の常識に(のっと)るならば、このような魔力の操作ではただの無駄な浪費に終わる。意思なき無意なものと見()され、世界と同化し、取り込まれる────()()()()()()()()()

 

 放たれ、離れたフィーリアの魔力は瞬く間に。風の属性を得て、直後────汎用魔法(ゼネラル)の一つ、【巻風(ウィンド)】となって。周囲一帯に立ち込める砂埃や粉塵を総じて、(ことごと)く吹き散らす。

 

 その光景を目にした大半の者は、特に取り留めのない、至って一般的で普遍な魔法の発動場面だと。そう、認識するだろう。

 

 そうと、認識する他にないのだ────素人の傍目からでは、そうとしか見えないのだから。

 

 が、少しでも魔法についての心得がある者は。そして魔法を十全に扱える者が。

 

 その光景────否、現象が。根本から世界(オヴィーリス)の理に反する、定められた規律(ルール)を破るものである、と。確と正しく、そう認識できる。

 

 

 

 世界が()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 世界がフィーリアの意を()み取り、フィーリアの為に世界が動いた────そんなことは起きてはいけない筈だ。あってはならない筈だ。

 

 だが、現にこうして起きた。それがあってしまった。

 

 たった一人に、一個人に。他でもない世界が加担するという、不公平の極致。依怙贔屓(えこひいき)の極み。

 

 或いは、これこそ奇跡とでも言うべきなのだろうか。

 

 魔法における絶対的な常識が覆された、この事実を。それを理解し得る者からすれば、こう思わざるを得ないだろう────フィーリア=レリウ=クロミアは、世界(オヴィーリス)に愛されている、と。

 

 

 

 

 

 当の本人はそれを全く以て自覚していないというのが、実に皮肉な話であるが。

 

 

 

 

 

「何が落ち着かせる為ですか。やっぱり()()()()関係なんじゃねえですか……(くっだ)らない」

 

「そうか?まあ下らないとは思わないが、ああまで熱い場面をいいように見せつけられてしまっては、年甲斐もなく()いてしまうよ」

 

「はあ。そうですか。……で」

 

 と、欠片程の関心も微塵もなさげな相槌を打ってから。フィーリアは()()()()()()()()()女性────サクラに胡乱げな視線を差し向ける。

 

「そういう貴女はどうして無事で済んでるんですか?」

 

 先程フィーリアによる、魔力の絨毯爆撃。それはこの周囲一帯を(ことごと)く破壊し、一瞬にして辺りを行路としてはもはや使い物にならないまでに、文字通り地形を一変させてしまった訳だが。

 

 無論、何の対策──そうは言っても、並大抵のそれでは意味を全く以て成さないが──も用意していなければ。あの爆撃に飲まれた生物は、一片すら僅かに残ることなく、微塵となって大気を漂う末路を辿る他になかった────だというのに。

 

「……?」

 

『極剣聖』、サクラ=アザミヤは無事だった。どういう理屈か奇跡なのか、その身に纏う衣服すらも完全に無事であった。

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