ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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『極剣聖』VS『天魔王』(その十二)

 当然のように怪我らしい怪我も、些細な擦り傷一つすら、そして着ているその衣服でさえも。揃いも揃って、全く以て、まるで何事もなかったように無事なその姿を目の当たりにして。

 

「……貴女、本当に人間ですか……?」

 

 堪らず、半ば呆れたようにフィーリアはそう呟かずにはいられなかった。

 

 到底信じ難く、受け入れ難いものを見つめるかのような眼差しのフィーリアに。当然のようにサクラが言う。

 

「ああ、そうとも。私は人間だよ。紛うことなき、ただの一人の人間だとも」

 

「いやそれは……いえ、わかりました」

 

 サクラの言葉に透かさず噛みつこうとしたフィーリアだったが、そうするだけ無駄であると自ずと悟り、渋々頷く。

 

「では早々に戻ろう」

 

「いいえ。その必要はありません。二人には()()()()()()()

 

「む?『天魔王』、それはどういう……」

 

 フィーリアの言葉の意味がわからず、その真意を問おうとしたサクラ。が、彼女はそれを途中で止めた。

 

 何故ならば、突如として己が周囲を囲まれたからである────フィーリアの防壁によって。

 

「無駄なんだろうなっていうのは薄々わかっちゃいますけど……試さずにはいられない性分(たち)なんで。私」

 

 サクラには知る由もない。また、想像もできない。この後すぐ、自らがどんな目に遭うのか、を。

 

 そうして、何をするでなく呆然と立ち尽くすサクラへ、フィーリアが告げる。

 

「まあ、信じてますから。信じてるんで……どうか無事でいてくださいね」

 

 直後、徐に腕を振り上げたフィーリアは────

 

 

 

 

 

 パチン──指を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一、先程の【魔衝(マナ・インパクト)】を耐えた上で幾つもの崖に激突し突き抜けているというのに無傷で。まだ衝撃が抜けていないのに平気で身を翻し着地して、結果到底人が這い上がれはしない程の大穴を穿ったかと思えば、その直後にはやはり全くの無傷で。

 

 それ故に、当然これも想定の範疇ではあった────

 

 

 

「さて。これでご期待には添えられたのかな」

 

 

 

 ────あったが、こうも無事でいられると、流石のフィーリアも当惑せずにはいられなかった。

 

 ──……壊れない人形を相手にしてる気分……。

 

 と、これまでのことは勿論、本来であれば非常に細やかで滑らかな挽肉(ミンチ)になっている筈が。

 

 口に出した信頼と心に抱いた期待通り、依然無事でそこに立つサクラの姿を目の当たりにし。少々癪に障るが、フィーリアは素直にそう思う他になかった。

 

 ……だというのに、何故だろうか。

 

 ──腹立たしい。苛々する。煩わしい。鬱陶しい。忌々しい。

 

 言うまでもなく、このような状況はフィーリアにとって好ましいものではない。

 

 だというのに、何故────心が浮ついているのだろうか。ほんの僅かばかりで、気の所為に過ぎないかもしれない程度とはいえ。

 

 ──まあ別にいいか。今はそんなことよりも……。

 

 壊れない人形。それはそれで興味をそそられるものがある────果たして、それも一体どこまで。

 

 そうしてフィーリアは、唐突に口を開いた。

 

「侮っていた、と。そう素直に認めます。ですので、ここからは少しだけ────やる気、出しますね」

 

 と、言い終えて。フィーリアは静かに瞼を下ろし、息を吸う────そして。

 

「……ふう」

 

 それはまるで、とても狭くて窮屈な箱の中から出てきたような。全身を雁字(がんじ)(がら)めに縛っていた鎖を解いたような。そんな解放感に満ちた、何処かすっきりとしたため息。

 

 

 

 瞬間────フィーリアの後方に遠く広がる森林から。鳥類と思われる動物、魔物(モンスター)。それら一斉に、凄まじい数が我先にと空へ飛び発った。

 

 

 

「んん、ぁ、はー……()()()()()()()だとしても、抑えなくてもいいのはやっぱり楽ですね」

 

 そんな異様な光景を背にしながら、フィーリアは平然とサクラに告げる。

 

「それでは続けましょうか」

 

 ──虚仮威(こけおど)しではないな。

 

『ですので、ここからは少しだけ────やる気、出しますね』

 

 サクラにとって、そういった類の台詞はとっくのとうに聞き飽きたものだった。

 

 まだ本気を出していない。これは全力などではない。今見せるのが真の力だ────そのどれもが例外なく、ただの陳腐(ちんぷ)でどうしようもない虚勢(ハッタリ)だった。

 

 己が自尊心を守りたいが為の、必死の言葉であったことは。サクラとて、ちゃんとわかっている。

 

 そうとでも言わなければ、彼らがもう二度と再起できなくなってしまうことも。サクラとて、きちんと理解している。

 

 わかっていながら、理解していながら────その上で、サクラはその言葉ごと、全てを打倒してきた。

 

 全員が全員、こちらに迫ろうと。同じ領域に至り、この(いただき)に座そうと。その為にひたすら鍛錬を重ね、ひたすらに研鑽を積み────そうして得た実力は、紛うことなき本物である。

 

 だから別に、サクラは彼らを嘘吐きのホラ吹きたちとは思わない────けれど、フィーリアの場合は。

 

 ──本当にその通りなのだろうな。

 

 まあ、そうだったとしても。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい!おいおいおいおい!!こりゃ、一体……どうなってやがんだッ!?」

 

「知るかよっ!誰にだって説明できっかよっ!こんなのよっ!」

 

「だよなぁあ!?」

 

 第二(セトニ)大陸に数多く存在し、それ故に名前も付けられていない、特にこれといった特徴もないただの平野────そこには今、()()()()()()()

 

 ドドドドドドドドドド──流れるその河は、有象無象の。動物と、魔物(モンスター)であった。

 

 数百、下手をすれば千を越す────だというのに、増えている。まだ、段々と増えていっている。

 

 決して常識の範疇に収まることのない、およそ現実とは思い難いその光景を。離れた崖の上から観測する冒険者(ランカー)だろう二人の男は。それぞれ大いに慌てながら、今自分たちが取るべき最適な行動に移る。

 

「「と、とりあえず『世界冒険者組合(ギルド)』に報告するっきゃねえええッ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が弟子ザナンよ。これでもう、お前に教えることはない」

 

「……」

 

「私の元を離れて旅をするも良し、オールティアを目指し『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の冒険者(ランカー)となるも良し……どちらにせよ、これからはお前の好きにするがいい」

 

「…………」

 

「ザナン。聞いているのか?何やら先程から向こうの空を仰ぎ見ているようだが」

 

 弟子の門出を祝うも、それを無碍(むげ)にするかの如く。ただ(うわ)の空で、頭上の空を仰ぐ弟子の姿に。伸ばした(みどり)髪が目に留まる妙齢の女は堪らず、彼にそう訊ねる。

 

「……師匠」

 

 するとやはり呆然とした様子で、弟子が閉ざしていたその口を開かせた。

 

飛竜(ワイバーン)です」

 

「何?」

 

「飛竜が、空を埋め尽くしているのです」

 

「は?」

 

 一体急に何を言い出すのかと、半ば呆れながらに。女もまた、弟子と同じ方向に目をやり。

 

 そうして彼女もまた、ようやっとその光景を────遥か向こうの空、その全てを埋め尽くして溢れ出さんばかりの飛竜が必死になって飛行している様を目の当たりにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として机の上に置かれた水晶玉から、七色の眩い光が炸裂し。あっという間に、店内がその光によって照らし尽くされる。

 

 外から見たら一体何事かと思われるに違いない状況の最中────しかし、それでも至って平然に。

 

「ねえ、アルヴス。これはどういう結果なのかしら」

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』代表受付嬢、メルネ=クリスタは。声を荒げさせることなく、冷静にそう訊ねるのであった。

 

「……え?あ、いや……こいつ、はぁ……」

 

 対してこの店、表の良品から裏の掘り出し物までが宣伝文句の『アルヴス武具店』店主、アルヴス=オルマギウスは。呆然としながらそういった要領を得ない返事しかできないでいた。

 

「す、少しの間お待ちをっ」

 

 そうして数秒の沈黙の後、いきなりアルヴスが言い出したかと思えば、彼は逃げ出すように店の奥に引っ込んでしまった。

 

 そんなアルヴスの背中を見送ったメルネは。少しして────不意に顳顬(こめかみ)を指で押さえつつ、机に伏した。

 

 ──いや何何何何が起こってるの……ッ!?

 

 と、一筋の冷や汗が流れる真っ青な顔で。メルネはただひたすらに、心の中で慌てふためいてしまう。

 

 それは常日頃から冷静沈着なメルネらしくない────だがしかし、無理もない。

 

 いきなりこんな埒外な。こんなにも圧倒的かつ暴力的な魔力を浴びせられては、メルネとて動揺してしまう。むしろ彼女だからこそ、まだその程度で済んでいるのだ。

 

「……」

 

 幸いなことに心当たりはある。というか、それ以外に考えられない。

 

『実は今日、『極剣聖』と『天魔王』が手合わせするんだ。まあ、紆余曲折あってね。それで二人直々にラグナとウインドア君が立会人に選ばれて。そういう訳で二人とも『大翼の不死鳥』にいないのさ』

 

 ……何故そんな文字通り世界を揺るがす事態に発展したのか。その説明を紆余曲折などという言葉で片付けないでほしいとか。第一どういう理由があって『極剣聖』と『天魔王』の私闘にラグナとクラハが巻き込まれなければならないのか。

 

 そういった数々の文句もとい疑問が溢れ出したメルネだったが。そもそもちゃんとした説明をする気があれば最初からそうしている訳で。

 

『へえ、そうなんですね』

 

 それ故に、全てを飲み込んだメルネは。感情を殺してそう返すだけに留めた────あくまでもその時だけは。

 

 流石に《SS》冒険者(ランカー)の二人も殺し合うまではしない、遊戯(おあそび)の延長に過ぎない────『大翼の不死鳥』当代GM(ギルドマスター)、グィン=アルドナテはそう言ってたものだが。

 

 ──『極剣聖』の方はどうだが知らないけど、『天魔王』は()る気満々じゃないこんなの……!!

 

「ざけんじゃねえよ、あんのクソマスタァ……」

 

 と、今更口汚く悪態をついたところで。もはやどうにもならないことなど、メルネはわかり切っている。

 

 もう今はただ、祈るしかない。クラハとラグナ────それとこの第一(ファース)大陸の無事を。

 

「いやすみませんすみません……それと重ね重ね本当に申し訳ないんですが。今回の結果について、説明書きには載ってないんですよどこにも。……って、どうしたんですクリスタさん。そんな疲れたような顔して」

 

「……別に疲れてる訳じゃないの。ただ、少しだけ貴方が羨ましいって思っただけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあいきますよー」

 

 

 そんなサクラの思考など露知らず。やる気を出すと言った割にはそれが感じられない、絶妙に間の抜けた軽い声音で。フィーリアは開いた手を宙に翳し────

 

 

 

 

 

「【殲滅の灼炎(ジェノサイドフレイム)】」

 

 

 

 

 

 ────そう、淡々と呟いた。

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