ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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Glutonny to Ghostlady──『四大』が一家、オトィウス家

 視界が真白に染められ、身体が浮遊感に包まれたかと思うと──その感覚はすぐさま消え失せてしまう。視界も徐々に元に戻り、そして正常となった。

 

「……ここ、は?」

 

 正常となった視界が映したのは、オールティアの街並みではなく、無数の木々。自然本来のではない、人の手が入った木々の群れである。

 

 周囲を見渡すと、木々しかない。三百六十度、どこに視線を巡らしても、木々しか見えてこない。

 

 そのことに僕が困惑を覚えていると、不意にサクラさんが口を開いた。

 

「どうやら転移は成功したようだな」

 

 転移──ということはやはり、言うまでもないがここは先ほどまでいたオールティアの中央広場ではないのだろう。

 

 ここが一体どこなのか、なにかしらの事情を知っているサクラさんにそれを訊こうとして、僕は彼女の方に顔を向ける──その途中だった。

 

「なっ……」

 

 僕は思わず、驚愕の声を漏らす。いや、無理もない。こんな木々しか見当たらない場所に、まさかあんなものがあったのだから。

 

 視界の正面。その先には、門があった。僕の、今この場にいる全員の身長を遥かに越すまでに巨大な門が。そしてその奥には──太陽に照らされ輝く、純白の大屋敷が建っていた。

 

 僕が呆気に取られていると、なんということはないと言うようにサクラさんが再度口を開く。

 

「あれだ。あの屋敷に住まう者こそ、今回の依頼主さ」

 

「えっ?」

 

 その発言の意味がわからず、思わず困惑の声を漏らす──その直後だった。

 

 

 

「お待ちしておりました、『極剣聖』様。本日はお忙しいところ、わざわざお越し頂き、ありがとうございます」

 

 

 

 およそ感情という感情が希薄な、抑揚の少ない声。それは僕のでも、先輩のでも、むろんフィーリアさんとサクラさんの声ではない。

 

 一体、いつからそこに立っていたのか。いや、もしかすると元々そこにいたのかもしれないが、自ら声を発してくれてなければ、少なくとも僕や先輩がその存在に気づくことはできなかっただろう。

 

 女性だった。雪のように白い髪と、同様に白く、そして感情を感じさせない瞳。僕たち四人の目の前には、侍女(メイド)服にその身を包んだ、一人の女性が静かに佇んでいた。

 

「ああ。少しばかり遅れてしまったかな?」

 

「いえ。時間通りでございます」

 

 素早く、そして簡潔にサクラさんに答えて、謎の侍女はフィーリアさんと、そして僕と先輩に瞳を向ける。……侍女の瞳は、やはり無機質で、まるで人形のそれであり──こう言っては悪いのだが、少し不気味だと僕は思ってしまった。

 

「そちらの方は『天魔王』様とお見受けしますが、そちらのお二方は?」

 

 再びサクラさんの方に瞳を戻し、侍女は彼女にそう訊ねる。

 

「私の友人であり、依頼(クエスト)の同行者だ。同業者を数人ほど連れて来ると言っただろう?」

 

 サクラさんの言葉を受けて、侍女は一瞬沈黙したかと思うと、すぐさまサクラさんに向かって頭を下げた。

 

「了解しました。では屋敷の方へご案内させてもらいます」

 

 そして頭を上げ、刹那僕の方を見た──気がした。あまりにも一瞬のことで、とてもじゃないが確信なんて持てないのだが、あの人形めいた瞳とまた、目があった気がしたのだ。

 

 しかしそれに僕が気づく時には、既に侍女は僕たちから背を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。まずは軽い自己紹介としましょう。私はリオ。オトィウス家現当主、リオ=カディア=オトィウスと申します」

 

 様々な調度品に彩られた来賓室の中、実に柔らかな物腰で、僕たちの目の前に座る青年はそう名乗った。

 

 金というには少しばかり燻んだ髪色に、僅かに黒みがかった金色の瞳。一般市民はおろか、並の貴族ですら手が届かないだろうことが見てわかってしまう、上等なスーツに身を包む青年──リオ=カディア=オトィウス。

 

「貴殿の依頼を受けた冒険者(ランカー)、サクラ=アザミヤだ。……と言っても、もう存じ上げているのかな」

 

 彼の名乗りを受け、サクラさんもまた名乗り返す。しかし彼女の言う通り、オトィウスさんは既に知っていた様子で口を開く。

 

「はい。数々の武勇伝聞き及んでいます、『極剣聖』サクラ=アザミヤさん。今回は私の依頼を受けてくれて、本当にありがとうございます」

 

「そう畏まらなくても結構。あくまでも私は一介の冒険者。貴殿に敬語を使われるほどの者ではないし、それに堅苦しいのは少し苦手なんだ」

 

「ご謙遜を。この世界(オヴィーリス)の全剣士の頂に座する方を一介の冒険者扱いなど、私には到底できません。それにこれが私の喋り方なんですよ」

 

 と、そんな会話を二人は広げるが──僕といえば、もう気が気でなかった。

 

 ──お、オトィウス!?オトィウスって、あのオトィウス!?

 

 今日だけで、一体僕は何回驚けばいいのだろう。もう人生で経験し得る驚きを消費してしまっている気さえする。

 

 オトィウス──恐らくこの世界でその名を知らぬ者は、まだ赤子や年端もいかない子供を除いていないはずだ。何故ならその名は、一大陸を揺るがすほどの権力を握っている貴族の名なのだから。

 

『四大』。それは、この世界に存在する大陸──ファース大陸、セトニ大陸、サドヴァ大陸、フォディナ大陸それぞれにて、絶大な権力を持つ四つの大貴族の通称。

 

 ファース大陸──オトィウス家。

 

 セトニ大陸──エインへリア家。

 

 サドヴァ大陸──オルヴァラ家。

 

 フォディナ大陸──ニベルン家。

 

 その『四大』の一つオトィウス家に、それも現当主の目の前に、僕は今いるのだ。たかが一《S》冒険者に過ぎない僕なんかが、《SS》冒険者の二人(先輩は除く)と一緒にいるのだ。もう気が気でないし、凄まじいほどの場違い感に今すぐにでも逃げ出したい気分だ。

 

 ──やっぱり同行なんてするんじゃなかった……『世界冒険者組合(ギルド)』を通した依頼だから、並の小中貴族が依頼主じゃないだろうとは思ってたけど、これは大物過ぎる……!

 

「オトィウス家……かのご高名な『四大』の一家に会えるなんて、感謝感激です。あ、私はフィーリア=レリウ=クロミア。巷では『天魔王』って呼ばれている《SS》冒険者でーす」

 

「自己紹介ありがとうございます。むろん貴女のことも存じ上げていますよ、『天魔王』。あのレリウの名を継ぐ者にこうして会える日が来ようとは」

 

 固まる僕とは反対に、サクラさんと同じように普段と変わらない様子のフィーリアさん。流石は《SS》冒険者というべきなのか、なんというか。

 

 ……ちなみに、

 

「このソファめっちゃふかふかっ!」

 

 先輩も変わらず至って普段通りだった。流石は先輩というべき……なのだろうか。


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