ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がただのクソ雑魚美少女になった話── 作:白糖黒鍵
「やっぱり大して変わってませんでしたね」
パキンッ──非常に、それはもう心の底からつまらなそうに。淡々としたその言葉と同時に、ヴェルグラトの内側からなにかが砕け散るような音が響いた。
「──ぎ、ィあゔぁあぁあああッ?」
瞬間、ヴェルグラトの口からあり得ない量の血が噴き出す。噴き出した彼の血が、瞬く間に広がっていく。
「あああああああッ、あああああああああッ」
血を吐きながら、ヴェルグラトが石床を転がる。胸を押さえながら、のたうち回る。その間も彼は狂ったような悲鳴を上げ続けていた。
──なんだなんだこれはこれはこれは痛い痛い痛い抜ける抜ける抜ける落ちる落ちる落ちる。
この短い間に、充分にヴェルグラトは激痛を味わってきた。しかし今彼を襲うこの痛みは、ただ痛い訳でなくなにか──言い様のない喪失感を伴っていた。
「ああああ、あああああああ……あああああ?」
痛みに喘ぎ、苦痛に満ちた悲鳴を上げる中、ハッとヴェルグラトは気づく。
──な、なに?嘘だ。まさか、まさかまさかまさかまさかまさかッ?
そう、ヴェルグラトは気づいてしまった。己の身体の異変に、気づいてしまった。
ずるずると、己の中から零れていく。自己の器から、抜け落ちていく。止め処なく、加減を知らず何処までも。
痛みと共に感じるこの喪失感。急激に身体が重くなり、力が全く込められなくなっていくこの感覚。
ヴェルグラトは、その正体を──理解してしまう。
──ま、魔力……私の魔力が、私の『
その瞬間──流失は急加速した。瞬く間に『第六罪神』の力が外に零れていき、そして──そのことに大してヴェルグラトが極限の焦燥を抱く前に、空っぽになった。
流れた彼の『第六罪神』の力が、黒い円を描く。かと思えば、その中心からゆっくりと、細くしなやかな少女の腕が浮上してくる。
「だから言ったじゃないですか。人の言葉は素直に聞き入れるべきですよ」
途方もない虚無感に囚われ、もはやなにを考えることもできずに呆然とするヴェルグラトにそんな言葉が投げかけられる。
ズズズ──やがて、その黒い円から完全にフィーリアがその姿を現す。まるで水中に浸かっていたかのようにずぶ濡れであり、彼女の真白の髪がペタリと服に張り付いていた。
「…………」
そんな惨状である己の全身を軽く眺めていたフィーリアの足元から、突如として暴風が逆巻く。彼女の髪と服が激しく巻き上げられた──と思う瞬間には暴風は止んでおり、濡れていた髪も服も気がつけば完全に乾いていた。
「さてさぁて。これで納得してくれますか?というか、貴方は私には絶対に敵わないってこと、理解できました?」
「……私の、力」
フィーリアの問いに答えず、ヴェルグラトはポツリと呟く。そんな彼を冷ややかに見下ろして──トン、と。フィーリアは己の足元をこれ以上にないほどに、凄まじいほどにそっと優しく軽く踏みつける。
それだけのことで、辛うじてそこに残留していた『
「…………あ、ああ……ぁぁ」
五十年をかけてようやっと手に入れたはずの我が力が、目の前で儚く散っていく様を目の当たりにし、そんな無様な呻き声を漏らしながらわなわなと震わせて、ヴェルグラトは手を伸ばす。
「これでもう、貴方の切り札は消えて失くなっちゃいました。それと貴方に取り込まれた際、魔力の核を破壊したので、もう貴方は二度と魔法を使えません。というか、貴方本来の魔力すら失いましたよ」
淡々と、事務的なフィーリアの声が地下室に響く。それはヴェルグラトの鼓膜を揺らすが、しかし彼がそれに対して反応することは、なかった。
もはや廃人同然となってしまった彼に、依然としてフィーリアは淡々と告げる。
「これ以上生き恥晒させるのも少々心苦しいですし、とっととお終いにしましょうか」
そう言うや否や、スッとフィーリアは腕を振り上げ、宙に手のひらを上に向けて翳す。ほんの少し彼女の魔力が蠢いたかと思うと────ポッ、と。その手のひらの上に小さな黒い球が現れる。
「普通に殺しても後々復活するんでしょう魔神様?肉体を滅ぼしても、魂さえ無事なら」
「……私、の……力……力……」
フィーリアの問いかけには答えず、やはりヴェルグラトは廃人のようにそう何度も繰り返し呟き続ける。そこで、この魔神は完全に壊れてしまったのだと、自分が壊してしまった彼女は理解する。したところで、罪悪感など全く微塵もないのだが。
──……だったら、もういいです。
彼女の手のひらに浮いていた黒い球が、ヴェルグラトに向かってゆっくりと飛来する。が、不意に彼がその口から別の言葉を吐き出した。
「…………最期に、教えてくれ。小娘……貴様は、一体なんなんだ。人間……なのか」
「……」
光すらも失った目で、そう訊ねるヴェルグラトに対して、フィーリアは少しだけ、本当にほんの少しだけ思案するように表情を曇らせ──嘆息しながら、口を開いた。
「私だってわかりませんよ。ですが、人は私をこう呼びます──『天魔王』、と」
「……そう、か。『天魔王』……魔王、か。はは……ははは………」
力なく笑う彼に、フィーリアの放った黒球が迫る。そして彼の眼前に到達すると────その黒球は急激に膨張し、巨大化した。
もはや小さくはない黒球に、亀裂が走りそこから無数の黒い手が這い出てくる。その手全てがヴェルグラトに伸びる中、フィーリアは彼に最後の言葉をかける。
「ではご機嫌よう、魔神様──【
そのフィーリアの言葉に、ヴェルグラトはなにも返さなかった。そして、彼の顔を黒い手たちが掴んだ。
ザンッ──壁に無数の切れ込みが走る。かと思えば、次の瞬間には粉微塵と化して宙に流れた。それを払い除けて、地下室に一つの影が入り込む。
「……なんだ、ここは。地下室、か?」
地下室に入り込むや、影──サクラはそう呟く。と、彼女の視界に見知った複数の人影が映り込んだ。
「む、フィーリア。それにウインドアとラグナ嬢……ようやく見つけたぞ」
「あ、サクラさん。お久しぶりですね」
石床に座り込むフィーリアの元に、サクラは歩み寄る。その途中で彼女も地下室を軽く見回し、そして軽く眉を顰めた。
眉を顰めたまま、サクラはフィーリアに訊ねる。
「フィーリア。ここで一体なにがあった?それにウインドアとラグナ嬢は……それは、二人とも寝ているのか?」
「はい。だいぶ疲れてるみたいで、さっきから身体を揺すっているんですが全然起きません。それと……」
ここで一体なにがあったのか──その質問にも答えるために、フィーリアはこの地下室での出来事を軽く振り返る。
『七魔神』〝暴食〟──『
「いえ。別になにもありませんでしたよ。私がここに辿り着いた時には、既にこんな有様でしたし」
かの魔神に関する記憶を脳裏の片隅に追いやり、そして放棄してからそう、純真無垢という言葉が似合いそうな笑顔と共にサクラに言うのだった。