ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

287 / 482
お久しぶりです。長らくお待たせしましたが、今回から完全新規のお話に入ります。


蒼海の救世(その一)

『蒼海の救世(ブルーノア)』────世界(オヴィーリス)の全ては一なる海に還るべきという、少なくとも僕にはよくわからない教えを説く、元は小規模程度の集団(コミュニティ)。

 

 だがここ数年で急激な拡大を経た結果、今や新興宗教(カルト)と化してしまった。

 

 おかげさまで最近、『蒼海の救世』には黒い噂が絶えない。やれ港町を占拠して住民全員を信者にしただの、やれ孤島を拠点に大海の邪神復活の儀式を着々と進めているだの。

 

「……」

 

 本音を言えば、根も葉もない信憑性皆無の噂であってほしかったところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『極剣聖』────サクラ=アザミヤ。

 

『天魔王』────フィーリア=レリウ=クロミア。

 

 ひょんなことから激突した二人の《SS》冒険者(ランカー)による、もはや人の域から外れたあの戦いから、三日が過ぎた頃。

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 サクラさんが来た。何の前触れもなく唐突に、僕の自宅に。

 

「……サ、サクラさん?」

 

 予想だにしていないまさかの来訪に、呆気に取られて固まるしかないでいる僕に。微笑みを携えながら、サクラが言う。

 

「話をしよう、青年」

 

「え?話ですか?」

 

「では行こうか」

 

「えっ?ど、どこにですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、訳もわからないままサクラさんによって連れ出された僕だが。

 

「ここは……」

 

 サクラさんに連れられて、向かった先はというと。この街(オールティア)の中でも上等な部類に位置する宿屋(ホテル)────『旅路の安らぎ(レストジャーニー)』。

 

 中へと進み、またもそのままサクラさんに連れられ、最終的には数多く存在する客室の内の一つ、その扉の前に辿り着いたのだった。

 

「さ、入ってくれ」

 

「え?」

 

「入るんだ、青年」

 

「……わ、わかりました……」

 

 何故早朝にわざわざ僕の自宅にまで迎えに来たのか、どうして僕なんかを自分が泊まる宿屋に連れてきたのか、そもそもどんな目的があったのか────そういった諸々の疑問をぶつける余地も余裕もなく。

 

 ただただサクラさんの為すがままに部屋の中にまで、当然のように通された僕が、その時目にしたのは────

 

 

 

「…………おかえり、なさい、ませ」

 

 

 

 ────と、全く使い慣れていないことが一発で看過できる、あまりにも拙(つたな)くたどたどしい言葉遣いで以て迎える、侍女(メイド)……と呼ぶには些(いささ)か気が憚られる衣服に身を包んだ、ラグナ先輩の姿であった。

 

 ──…………は……?

 

 己の中で時が止まっていたことを、僕が自覚するのとほぼ同時。薄らと頬を赤らめる先輩が、僕の背後に立つサクラさんを睨んだ。

 

「おい」

 

「嗚呼(ああ)、ラグナ嬢……そうやって睨みつけても可愛らしいな、君は」

 

「聞いてた話と違うじゃねえか。興奮するどころかボサっとしちまってんぞ、クラハ」

 

 睨んで凄んで見せても、まるで小動物の威嚇としか思われない先輩が不憫でならない。……僕も右に同じであることはひた隠そう。

 

 まあそれはさておき。こちらからすれば不透明極まりない非難をぶつける先輩に対して、綻んだ表情から一転、不可解さを滲ませる訝しげな表情に変え、サクラさんが静かに呟く。

 

「ふむ、おかしいな。破れん……侍女(メイド)は男にとって共通の浪漫(ロマン)と憧れ。斯(か)くいう私にとってもそうであるし、きっと青年もさぞかし喜ぶと考えていたのだが。どうやら見誤ったらしい」

 

 という、若干偏見が混じる意見を溢すサクラさん。そんな彼女に、胡乱げな眼差しを向けながら、先輩が訊ねる。

 

「つまり?」

 

「青年の嗜好に侍女はなかった、ということさラグナ嬢。こんな不甲斐ない私ですまない……」

 

「ふっざけんなっ!!じゃあ俺は何の為にこんな馬鹿みてえな格好したんだよっ!?」

 

 項垂れるサクラさんと怒る先輩、二人を交互に見やりながら。何が何やら全くわからないでいる僕はただ、苦笑いを溢す他になかった。

 

 ──というか先輩、この三日間サクラさんの侍女やってたのか……。

 

 遡ること三日前、突然少しの間家から離れると言って。詳しい説明もないままにそれなりの荷物を持って、先輩は僕の自宅を発った。

 

 てっきり『大翼の不死鳥(フェニシオン)』で泊まり込みの仕事でもあるのかと思ったが、発った翌日『大翼の不死鳥』に先輩の姿はなく。これで流石に心配になってメルネさんに訊いてみたところ、どうやら三日間の休みを取っているのだと知り。

 

 それで思わず不安に駆られた僕はグィンさんに訊くと、先輩はサクラさんの元にいるのだと彼に教えられた。

 

『その代わりと言ってはなんだが……後日、私に付き合ってほしい』

 

 そこで僕はサクラさんの言葉と、最初こそ先輩は断ろうとしたが、彼女に何か吹き込まれ、最終的にはその提案を受け入れたことを思い出した。

 

 まあともかく、サクラさんの元にいるのであれば、とりあえず危険な目には遭わないだろうと────燻る己をどうにか宥め、僕は先輩が戻るのを待つことにした訳だが……。

 

「その、先輩。今更なのは承知の上なんですが、少しの説明くらいはしてほしかったです」

 

「あぁ?あー……悪い。でもクラハならあまり話さなくても平気だと思ったんだ」

 

「それでも、です」

 

 言いながら、僕は改めて先輩の姿を眺める。……見れば見る程、僕が知る侍女(メイド)服とは意匠────いや、趣(おもむき)が異なるように思える。

 

 方向性としては『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の制服に近い、と思う。あっちはあくまでも可愛らしさを重点に置いているが……この侍女服は似て非なるものだ。

 

 大胆に開けた胸元。危うい程に丈が短い腰布(スカート)────少なくとも、まともな奉仕を目的とした服には見えない。

 

 ……そう。ま(・)と(・)も(・)な(・)……。

 

 ──こんな服を着せられて、三日、サクラさんと……。

 

 正直に言えば思うところはある。サクラさんに対して無視できない、胸の蟠(わだかま)りが今、浮上している。

 

 わかっている。僕がサクラさんに対して文句を言う筋合いがないことは。彼女はただ、正当に報酬を受け取っただけだ。

 

 先輩からの了承も得た上での、正当な報酬である。

 

 だから、僕がどうこう言うのも、思うのも。もう、今更の話でしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 譲らなければ、奪われなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。