ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
先輩は助ける。なんとしてでも、絶対に──その決意に対して、現実はあまりにも非情で、残酷に応える。
バキンッ──そんな甲高い音を立て、構えた僕の得物である剣は、突如真っ二つに折れてしまった。
「…………な、っ」
驚愕する僕を置き去りに、折れた剣身が重力に引かれ、床に落下し、カキンという音が虚しく響き渡る。
──折れ、た?僕の剣が、折れた……?
現実を受け入れられない僕の頭の中で、ただその言葉が飛び回る。と、唐突にハッと思い出した。
あの
恐らく、もう既に耐久限度に限界が訪れていたのだろう。しかし僕はそれに気づかず、ヴェルグラトの常識外れな膂力を乗せた剣を受け、弾き、捌いた。……いくら魔力で【
得物を失い、呆然とする僕に対して、嘲笑と共にヴェルグラトが声をかけてくる。
「おやおやぁ、これは困ったなあ。それではもう、その剣は役に立たまい。かといって、他の武器は私が持つこの剣以外にはないのだよ。……よって、残念だがこの
……確かに、ヴェルグラトの言う通りだった。こんな剣では、とてもではないが戦えない────ない、が。
「……まだだ」
僕は、折れた剣を構え直し、引き続きヴェルグラトと向かい合う。剣は折れたが、僕はまだ立っている。まだ立てる。まだ、戦える。
側から見れば、潔く敗北を認められない、諦めの悪い無様な戦士にしか見えないだろう。別にそう思われても、どう思われても僕は構わない。僕は、諦める訳にはいかない。
何故なら、この遊戯には──この戦いには、先輩の魂が、命がかかっている。たとえ得物が欠けようが折れようが、僕自身が戦える限り、僕は絶対に諦めない。
「僕はまだ戦える。……まだ、戦えるんだッ!」
己を奮い立たせるために、僕はそう叫ぶ。そして折れた剣身の先を、ヴェルグラトに向け突きつけた。そんな僕の意志に対し──ヴェルグラトは億劫そうに、この上なく非常に億劫で面倒そうに、手に持っていた黄金の剣を放り捨てた。
「くだらん。つまらん。興が冷めた」
己が得物を放り捨てたその行動に、僕が驚愕する最中、凄まじく乱雑にヴェルグラトがそう吐き捨てた瞬間──彼の足元に伸びていた影から、数十本の黒い線が一気に宙に飛び出した。
飛び出した黒い線は、蠢きながらその形を人の拳に変える。その様を僕が認識するよりも早く、ヴェルグラトは呟く。
「【
その呟きが宙に落ちるか落ちないか──彼の周囲にあった数十個の影の拳は、僕に向かって殺到する。その事実をやっと認識する頃には、もう遅かった。
ドドドドッ──容易く大岩を砕かんばかりの一撃が、一度に何十発も僕の身体を打ち貫いた。
悲鳴はおろか、呻き声一つすら上げられず、僕は後方に思い切り吹き飛ばされる。固く握り締めていたはずの得物も彼方に放り、再び金貨の山に沈んだ。
身体中が痛い。手足が微動だにしない。奇跡と言うべきか、それとも不幸中の幸いだと言うべきか骨は砕かれていないようだったが、それでもあれほどの強打を受けた僕の身体は、もはや震わすことすらままならないでいた。
こうして意識を保つのも、厳しい状態だ。ほんの少しでも気を緩めた瞬間、僕は失神するだろう。それだけは避けなければならない。……が、たとえここで意識を保たせても、果たして意味はあるのだろうか。
半ば折れようとも離さなかった得物は、手放してしまった。身体ももはや動かせない。こうして、背中に固く冷たい金貨の感触を味わいながら、必死に意識を繋ぎ止めている僕に、なにができるのだろうか。
そう考えてしまった瞬間────あんなにも奮い立っていた気力が、呆気なく削がれた。
──やっぱり、駄目だった。そもそもこれは遊戯だ。あの魔神にとっては遊戯で、勝負でも戦闘でもなんでもない。
瞼が、重い。徐々に暗くなる視界の中、ヴェルグラトの声が遠く響く。
「冥土の土産に覚えておけ、小僧。私はな、絶対的絶望に立たされている最中、それでも欠片ほどの僅かな希望を信じ縋りつき足掻く者が、あまりにもどうしようもなく凄まじいほどに──大嫌いなのだよ」
彼がそう言った瞬間、向こうの方からなにかが金貨を掻き分ける音が聞こえてくる。遅れて、その音が先ほどヴェルグラトが放り捨て、金貨に埋もれた黄金の剣が発したものだと理解した。
……それを理解したところで、この状況を打破できる訳がないのだが。今すぐにでも意識を放り出しそうになっている僕の元へ、ヴェルグラトがゆっくりと足音を立てながら歩み寄ってくる。
「まあしかし、刹那ほどではあったが私も存外楽しめたぞ小僧。その礼と敬意を表して、このヴェルグラト様直々に、剣で貴様の生涯を終えせてやろうではないか。くはは、感謝するといい」
──それの何処に、感謝しろっていうんだ……。
そう心の中で悪態をつくが、そうしたところで全身に力が入る訳でもない。怒りを燃やそうにも、もはやなんの感情も湧いてこない。
──ここで、終わる。僕はもう、終わるんだ。
一体自分はなんのために戦っていたのか、なにを守るために剣を取っていたのかすら、わからなくなった。今はただ、身体中が怠い。重い。痛い。
もうなにもかも投げ打って、投げ捨てて、楽になりたい。その思考で、頭の中が埋め尽くされる。
──…………ああ、畜生。
全部がどうでもよくなり、そして視界が暗転する直前────隅に、その姿が映り込む。
だいぶ距離は離れている。だというのに、不思議なほどに、不自然に思えるほど鮮明に、見えた。見えてしまった。
酷く穏やかで──気持ち良さそうに眠る、先輩の顔が。
「では、さらばだ」
ヴェルグラトの声に続いて、宙を鋭いなにかが斬り裂いていく音がする。時間にして数秒後には、その音の発生源が僕の身体に突き立てられるはずだ。
その数秒が──今はあくびが出るほどに遅く感じ。そして、頭で考えるよりもずっと早く、速く、疾く──僕の身体は、先に動いていた。
魔力が強制的に体力を回復し。魔力が強制的に傷を癒し。魔力が強制的に打ちのめされた身体を動かす──僕の意識とは無関係に、手足に、全身に溢れんばかりの力が勝手に込められていく。
本来ならば、使えないはずの魔法を。決して使えないはずの魔法を僕は発動させていた。これは、【
──【
「ぁあ──がああああああああッッッ!!!」
全身を駆り立てる衝動と勢いのままに、喉を破かんばかりに叫び、僕は立ち上がりと同時に無我夢中で石床を蹴りつける。その衝撃で、まるで爆発したように石床は割れ砕けた。
「な…にィ!?」
これにはヴェルグラトも堪らず驚愕の声を上げ、しかし黄金の剣を振り下ろすことは止めない。金色の刃が、僕に向かって振り下ろされる。
そのままであれば、刃は僕の首に到達し、そしてその斬れ味によって容易く斬り飛ばしたことだろう。しかし、それが実現することはなかった。
何故なら────
「だらぁあああッ」
────振り上げられた、僕の手によって止められたのだから。僕の手のひらに刃が沈み、皮膚を裂く。直後、激痛と共に鮮血が噴き出すが──それだけだ。【超強化】された僕の肉体は、今や生半可な武器では斬ることも砕くこともできはしない。
ギョッとするヴェルグラトを他所に、僕は勢いのままに手を横に振るう。むろん、刃を握ったまま。
べキンッ──黄金の剣身は、呆気なく折れる。
「しゃあああぁぁあぁあッ!!」
そして手折った剣身の刃を、ヴェルグラトの顔面に走らせた。