ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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Glutonny to Ghostlady──うざったいんですよ

 バゴォォンッ──正体不明の脅威を垣間見せたクラハを消し去るべく、今にヴェルグラトが魔力を放とうとした矢先、突如としてそんな轟音が鳴り響き、それと共に地下室の壁の一部分が丸ごと吹き飛んだ。

 

「なんだァッ!次から次へと、このヴェルグラト様の邪魔を……するなァァァ!!!」

 

 もはや感情が度を越して荒ぶり、半ば狂乱しながらヴェルグラトは叫ぶ。そして吹き飛ばされた壁の方に、身体ごと顔を向ける。

 

 大穴が穿たれた壁には、一つの人影があった。それはだいぶ小柄で、しかし土埃が舞うせいでそれ以上はわからない。

 

「…………どこですか、ここ」

 

 ヴェルグラトが視線を注ぐ中、その人影は声を上げる。まだ幼く、だが何処か大人びた、奇妙な声音。

 

 やがて、人影はゆっくりと歩き出す。まだ立ち込み漂う土埃の中から現れたのは────白い、少女だった。

 

「随分埃っぽいですねえ」

 

 背中を覆い隠すどころか、脹脛(ふくらはぎ)にすら届くほどに伸びた、純白の髪。僅かに曝け出されている肌も、その髪と同様に白い。

 

 少女の全身は、どこを眺めても白一色で統一されており──しかし、その瞳だけは違う。最初にヴェルグラトが見た時には、少女の白さに良く映えた赤色だったのだが、次の瞬間それは青色に変わっていた。

 

 そう認識したと同時に、今度は緑色に。かと思えば黄色──と思った矢先、紫色にへと変わっている。

 

 ──なんだ、あの出鱈目な瞳は?決まった色が、存在していない……?

 

 奇妙の一言に尽きる少女の瞳にヴェルグラトが呆気に取られる中、その少女はきょろきょろと不思議そうに地下室を見回す。

 

「もしかしなくても、ここが件の地下室ですか。本当にあったんですね……ていうか、なんでこの金貨錆びてるんでしょう」

 

 言いながら、足元に転がっていた金貨を拾い上げ、これまた不思議そうに少女は眺める。かと思えば、ポイと後ろの方に投げ捨てた。

 

「まあ別にいいですね。どうでも」

 

 そんな少女の様子に、思わず呆気に取られてしまっていたヴェルグラトだったが、ハッと彼は我に返り、慌てて口を開く。

 

「お、おい──」

 

 が、ヴェルグラトがその口から言葉を出す前に、突然彼の目の前から少女の姿が消える。少し遅れて、ヴェルグラトはそれが瞬間移動──【転移】によるものだと理解する。理解して、驚愕してしまう。

 

 ──ば、馬鹿な。この屋敷では私の許可なく【転移】の類の魔法は使えんはずだぞ……!?

 

 そう心の中で信じられないように呟きながら、ヴェルグラトは周囲を見回す。むろん、少女の姿を確認するために。そしてその姿は、割とすぐあっさり見つかった。

 

「うわぁ……これはまた、派手にやられちゃいましたね」

 

 少女は、向こうの壁際の方に座り込んでいた。そしてよく見てみれば、先ほどまで目の前に倒れていた青年──クラハの姿もそこにあった。

 

「なにィ……!?」

 

 そう呻きながら、慌ててヴェルグラトはクラハが倒れていたはずの場所に視線を向けるが、当然そこにはもう誰もいない。あの少女は、自分が【転移】をすると同時に、クラハのことも【転移】させたのだ。

 

 ──い、いつの間に……いやそうじゃない。何故だ、何故自分だけでなく、他者に対しても【転移】を使える?何故だ何故だ何故だッ?!

 

 瞬く間にヴェルグラトの脳内を疑問が埋め尽くす。そしてそれは、次の瞬間加速した。

 

「ブレイズさんは……特に目立った傷は見当たりませんね。ただ意識を失ってるだけですか。……それにしても、何故こんなにも胸元が大胆にというか、だいぶ開放的になってるんですかね。遂に痴女さんになってしまったんでしょうか。それとも私に対する当てつけなんでしょうか」

 

「!?」

 

 壁にもたれかかるようにして、磔にしていたはずの赤髪の少女──ラグナの姿がそこにあった。

 

「あ、あり得ん……あり得んあり得んあり得んあり得んあり得んッッ!そんなことがあってたまるかッ!このヴェルグラト様に気づかれず、二度も他者を【転移】させたなどと、そんな馬鹿なことがあるはずがない!あっていいはずがないッ!小娘、貴様一体何者だッッッ!?」

 

 もはや動揺を隠すこともできずに、頭を掻き毟りながらヴェルグラトは少女に訊ねる。しかし、その彼の問いに対して──

 

「さてさて。問題はウインドアさんですねえ。一応息はまだあるみたいですけど……この傷だとなぁ」

 

 ──なにも返せなかった。それどころか、まるでヴェルグラトがいることにも気づいていない様子であった。彼女は己の背後にいる彼に意識を微かにも割かず、クラハの傷の具合を冷静に診ている。

 

「な……ぐ、お……ぉお……!」

 

 そんな彼女の態度の前に、ヴェルグラトの怒りの沸点は容易く振り切れた。

 

「貴様もこの私を愚弄するかぁああ!!死に晒せ【影鋭槍(シャドウランス)】ゥゥゥ!!!」

 

 怒りに身を任せ、ヴェルグラトが咆哮する。それに続くようにして彼の足元にある影が宙に飛び出し、瞬く間に切っ先鋭い漆黒の槍と化す。そして目にも留まらぬ速度で、無防備な少女の背中にへと伸びる。

 

 その切っ先が少女の背中に触れる直前────グシャリ(・・・・)と、拉げた。

 

「……ん、なぁ…?!」

 

 驚愕するヴェルグラトを置いて、彼が放った【影鋭槍】は少女を貫くことなく、そのまま魔力の粒子となって宙に霧散してしまう。

 

「それにこの右腕……一体なにしたんですかこの人。よくもげさせないでいられましたねこれ。皮膚とか完全に破けちゃってますし、筋肉もズタボロだし、骨は砕け散る寸前ですし」

 

 ヴェルグラトが呆然とする中、至って平然と少女はクラハの傷の具合を診続ける。まるで、ついさっき己の背中に、【影鋭槍】が迫っていたことに気づいていないように。

 

 数秒経って、ようやくヴェルグラトはハッと正気に戻り、慌てて叫んだ。

 

「シャ、【影大槌(シャドウハンマー)】!!」

 

 瞬間、ヴェルグラトの影は膨れ上がり、今度は見るも巨大な大槌と化し、少女の頭上に向けて思い切り振りかぶられる。人間の頭部など簡単に潰せるだろうそれは、一拍を置いて振り下ろされた。

 

 少女の頭上に迫り、直撃する──直前。大槌は勢いよく弾かれた。グワンと撓み、宙で跳ね上がったかと思うと、そのまま粉々に砕け散り、やはり魔力の粒子となって消えてしまう。

 

「……な、ば……」

 

 堪らず絶句するヴェルグラト。そんな彼に目もくれず、少女は呟く。

 

「ここまで重傷となると、やっぱりあの魔法が一番ですかねえ。あれ、結構集中力使うんで苦手なんですけど……」

 

 ──こ、この小娘がぁ……!

 

 全くと言っていいほどにこちらに意識を向けない少女に対して、これ以上のない憤りをヴェルグラトは抱くが、それと同時に先ほども感じた、あの感覚──恐怖を、思い出していた。

 

 ──あり得ん。あってたまるかこんなこと。あんな、あんな小娘風情に、私の魔法が通じないなどと……断じて認めるものかぁああッ!

 

 全魔力を込めて、彼は三度目の魔法を発動させる。

 

「【影大剣(シャドウブレイド)】ォオオオオ!!!」

 

 ヴェルグラトの叫びと共に、影は噴き出し、分厚く無骨な大柄の両刃と化す。そしてそれはヴェルグラトの意思に、殺意に従い振るわれる。宙を裂き、全てを等しく両断する黒刃が、常人では決して捉えられない速度で、少女の細い首に──叩き込まれる。

 

 

 

 バキンッ──そんな鉄が砕けたかのような甲高い音を鳴らして、少女の首を斬り落とさんとした【影大剣】は真っ二つに折れた。

 

 

 

「………………ぐ、お、ぉぉ」

 

 折れた剣身が宙に飛び、深々と天井に突き刺さり硝子のように儚く砕け散っていく様を見ながら、ヴェルグラトは苦悶の呻きを零す。今、彼の中にあった大切ななにかが、音を立てて崩れ去っていく。

 

「んー。久々に使うからちょっと自信ないなあ」

 

 そして、やはりというか、それでも少女の態度は変わらなかった。依然としてヴェルグラトに対して、その小さな背中を無防備にも向けたままだった。

 

「ぉ、おおお……ふざ、けるなああああああああ!!」

 

 もはや自暴自棄(やけくそ)になって、ヴェルグラトは己の腕を鮮血の片刃に変化させ、その場から駆け出すと同時に叫ぶ。

 

「死「あーもう。さっきからうざったいんですよ」

 

 ザンッ──ヴェルグラトの言葉を、少女のうんざりとした声が遮る。そして間を置かず幾数十枚の不可視の刃が、彼をバラバラに斬り刻んだ。

 

 無数の肉塊と化したヴェルグラトの身体が、ぐちゃぐちゃと生々しい音を立てながら石床に落下する。

 

「話なら後で聞きますので、今は黙っててください」

 

 血溜まりが広がっていく中、背を向けたまま少女──フィーリアはそう言うのだった。


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