ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──クライマックスは、最初から

「ん、んん……ッ」

 

 どうしてこうなったのか。なんでこうなったのか。というかこれで何回目だろうか。僕が、こんな風に頭をフル回転させるのは。

 

「ふ、ぅ……!」

 

 そう心の中で堪らず愚痴を零しながらも、僕は考える。ひたすら考える。一体どうやってこの状況を切り抜けようかと。

 

「は、ぁ……!」

 

 どうする?どうすればいい?僕は、一体どんな手を使えばいい?どんな手を使って、この状況から脱すればいい?

 

「ん…く、ぅ……!」

 

 幾度も幾度も考え、考えて、考え直して、考え抜いて。僕は。

 

「ん、ぁ、ぁぁ……ッ!」

 

 ──いやもう無理だよッ!!!微塵も冷静になれねえんですけどッ!?なにも考えられねえんですけどォ!!??

 

 もう堪えられなかった。そう心の中で叫ばずにはいられなかった。むしろここまで死に物狂いで冷静さを装おうとした僕の努力を認め、褒めてほしい。

 

 一体なにを言ってるんだこいつはと思うだろう。誰だって思う。僕だってそう思う。しかしここは一度待ってほしい。そして黙って僕の話を聞いてほしい。

 

 僕は、クラハ=ウインドアは男である。二十歳の、心身共に至って健全な青年である。

 

 それと自慢する訳ではないが──この二十年間、僕に交際経験はない。つまり異性と深い仲になったことが生まれてこの方一度だってない。ないのだ。

 

 だがしかし、僕とて一人の男だ。歴とした男なのだ。こんな僕にだって、ソッチ方面の欲は……それなりにある。それなりにあるが、決して表に出さぬよう普段から抑えている。

 

 そんな僕が、今置かれている状況を説明しよう。いや説明する。誰になんと言われようが僕は説明しなければならない。

 

 今、僕は。クラハ=ウインドアは────

 

 

 

「くぅぅ、ふぅぅぅッ…………!!」

 

 

 

 ────そんな、あまりにも悩ましい、こちらの心をとことん掻き乱す、艶かしく切なげで、そして色っぽい苦悶の声を、必死に抑えながらも先ほどから僅かに漏らし続けているラグナ先輩と二人きりでいた。それも人二人が入るには狭過ぎる石棺の中に立って。零距離になって互いの身体を密着させ合いながら。

 

 …………何故、何故こんな事態になってしまったのか。何故僕と先輩がこんな目に遭ってしまっているのか。その経緯を教えよう。ことの始まりは、今朝のことだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、クラハ」

 

 ぷよんぷよんと虹色に輝く伝説のスライム(確証はない)ことレインボウを指で突き、先ほどからそうしてレインボウと戯れていた先輩が不意に僕に声をかけた。朝食を作りながら、僕は返事をする。

 

「はい、どうしましたか先輩?」

 

「暇だ」

 

 依然としてレインボウを突きながら、先輩は僕にそう言う。その言葉を受けて、僕もそうだなと思う。

 

 時の流れというものは早いもので、あの『幽霊屋敷』──ゴーヴェッテン邸の依頼(クエスト)から実に一週間が経とうしていた。その間特にこれといった出来事(イベント)もなく、確かに先輩の言う通り良く言えば日常(いつも)の、悪く言えば暇な日々が続いている。

 

 目玉焼きを焦さぬよう気をつけながら、僕は先輩に返事代わりに提案する。

 

「じゃあ久しぶりにヴィブロ平原でLv(レベル)上げでもしに行きましょうか?」

 

 その僕の提案に、暇だとこちらに訴えた先輩があまり乗り気ではなさそうな声音で言う。

 

「いやまあ、それでも別にいいんだけどさ。……いいんだけど、こう毎回同じ場所ってのは流石に飽きるっていうかなんていうか……」

 

「……確かに、その通りですね」

 

 先輩の言うことはもっともだ。僕と先輩があの平原に向かった回数は、十や二十では利かない。それこそあの平原に生息する魔物であれば、囲まれなければ今や先輩単独でも倒せてしまうのだから。

 

 ──今考えると、最初の頃と比べ物にならないくらいに、先輩強くなったなあ……。

 

 スライムにすら敗北していたあの時先輩は、もはやいない。そう思うと、僅かばかりの寂しさが込み上げてくる。

 

 とまあ、この話についてはここまでにするとして。もう今の先輩ならば、もっと別の場所でLv上げはできるのではないだろうか。そう考えて──ふと、あることを僕は思い出す。

 

 ──そういえば、グィンさんが言ってたな。

 

 ゴーヴェッテン邸の依頼から帰って二日ほど過ぎた頃に、僕が所属する冒険者組合(ギルド)大翼の不死鳥(フェニシオン)』のGM──グィンさんに頼まれていた話を。

 

 その話というのは、遺跡調査である。なんでも、僕たちがオールティアを離れてから少し経って、この付近に新しく遺跡が発見されたのだという。

 

『僕としては、是非とも君に調査してもらいたいんだよねえ。こういうのはやっぱり、一番信頼できる人にやってもらいたいからさ』

 

 彼からは別に断ってくれてもいいと言われているし、気が向いたらやってくれとも言われている。とりあえず最初は考えますとその場を後にしたが……今の今まで忘れてしまっていた。

 

 ──……今の先輩なら、ある程度は大丈夫かもしれない。それに万が一のことがあっても、今まで未発見だったとはいえこの辺りの遺跡だ。前ならともかく、今の僕なら容易く守れる……はずだ。

 

 そう心の中で思いながら、僕はそのことを先輩に話してみる。すると案の定、その琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて、突っついていたレインボウを頭に乗せて先輩は食いついた。

 

「そんなの絶対面白えじゃん!行こう!」

 

「了解です。じゃあ朝食を済ませたら、早速準備に……ん?」

 

 そう言って、目玉焼きと肥美獣(チャンチャモ)のソテーを乗せた皿をテーブルに運ぼうとした時だった。

 

 コンコンッ──突然、窓硝子を叩くような音が響き、反射的に視線を向けると、窓の外に一羽の鳥がいた。ただの野鳥という訳でないことを示すように、その首には首輪が付けられており、そこから小さな魔石が吊り下がっている。

 

「……なんなんだ、この鳥……?」

 

 明らかに普通の鳥ではない。しかし、だからといって無視する気にもなれず、とりあえず皿をテーブルに置いてから僕は窓の方に向かう。そして警戒しながらも、ゆっくりと窓を開けた。すると────

 

 

 

『おはようございますウインドアさん!ブレイズさん!突然で申し訳ないんですけど、この後少し時間ありますか?』

 

 

 

 ────と。こちらの方に僅かばかり乗り出してきたその鳥の首輪に吊り下げられた魔石から、何故か妙にテンションの高いフィーリアさんの声が響いてきた。


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