ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「さあ、とくとご覧になってください──この『
その得意げなフィーリアの声と共に、彼女がその手に握る『妖精聖剣』が宙に掲げられ、続けて彼女は言葉を紡ぐ。
「聖剣よ、我が魔力を代価とし、我が望みを今此処に成せ──『妖精聖剣』!」
フィーリアさんがそう紡ぎ終えた瞬間──馬鹿みたいに、そして信じられないほどの膨大な魔力が彼女から放出され、その全てが怒涛の勢いで『妖精聖剣』に流れ込む。普通の
途端、この部屋を埋め尽くさんばかりに『妖精聖剣』が光り輝く。その輝きは徐々に刃先に集中したかと思えば──一気に放たれる。粒子となったその光が、雪のように部屋の中で舞い、そして優しく穏やかに先輩の身体を包み込んだ。
「……ッ、ぁ」
不意に、グラリとフィーリアさんの身体が揺れた。危うくそのまま床に倒れ込みそうになったが、彼女はなんとかその場に踏み留まる。
「フィーリアさん!?」
そんな彼女の様子に堪らず僕はそう叫んで、慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「…………大丈夫です。ちょっと、想像の倍魔力を持っていかれて、少し目眩がしただけですから」
そう言うフィーリアさんだったが、その顔は見てて心配になるほどに真っ青である。と、そこで次は先輩が声を上げた。
「お、おおお……!なんか、力が……身体の奥から力が……!」
その言葉に続くようにして、先輩を包み込む輝きが一層その強さを増す。それと同時に──先輩から、強大な波動が満ち溢れていく。
──……遂に、遂に帰ってくるのか。
フィーリアさんに肩を貸しながら、僕は先輩の様子を見届ける。《SS》
そして、その時は────
「おおおおお…………!!」
────
「……はぇ?」
一気に静まり返った部屋の中、そんな気の抜けた先輩の、未だ赤髪の少女の姿のままである先輩の声だけが虚しく響き渡る。そして遅れて────
「はああああああああああああッ!?」
────という、フィーリアさんの絶叫が迸った。
「え、いや、ちょ…はあ?はぁああっ?なん、なんで私の魔力が消え……いやそれよりも、なんでブレイズさん女の子のままなんですか!?」
矢継ぎ早にそう言って、未だ少し青ざめた顔であるにもかかわらず、フィーリアさんは急いで先輩の元に歩み寄る。僕は、その背中をただ呆然と見送るしかできないでいた。
「ブレイズさん!私の!私の魔力はどこにいったんですか!?どこにやりがったんですか!?」
「ん、んなこと俺が知るか!そんなんよりも俺まだ女のままだぞ!?男に戻れてねえじゃねえか!どういうことだよ!!」
「そんなの私だって知りませんよ!」
ぎゃいぎゃいと部屋の外にまで聞こえんばかりの大声で、そう言い合う先輩とフィーリアさん。そこでハッと僕も我に返った。
──ど、どういうことだ?一体、なにがどうなってるんだ……?
混乱しながらも、僕は【リサーチ】を使う。見ての通り、何故か先輩の性別は元に戻ってはいなかったが──
しかし────
『ラグナ=アルティ=ブレイズ:Lv30』
────Lvの方も、元には戻っていなかった。その事実を、現実を目の当たりにし、さらに僕は混乱する。
「フィ、フィーリアさん……先輩の、Lvも……戻ってません」
「なッ……そ、そんな訳……!」
僕に言われ、フィーリアさんも【リサーチ】を使ったのだろう。彼女の顔が、呆然となって──すぐさま、再び『妖精聖剣』を宙に掲げた。
「せ、聖剣よ!」
「駄目だフィーリアさん!」
僕は大慌てで、再度『妖精聖剣』の力を振るおうとするフィーリアさんを止めようとする。もし先ほどと同じ量の魔力を吸い取られたら、流石にこの人でも命に関わる。そんなことは、この人も重々理解して、承知しているはずだ。
だが、それでも彼女は『妖精聖剣』の力を行使しようとしている。それは先輩の為なのか、それとも己の
「我が魔力を代価とし、今一度我が望みを此処に成せ!」
少しの躊躇いもなく、フィーリアさんがその言葉を口に出し、そして言い終えてしまった。少し遅れて、先ほどと同じように彼女の身体から魔力が絞り出され始め──
「……え?」
呆けたようにフィーリアさんが声を漏らす。彼女の魔力はほんの少しだけ絞り取られ、しかし『妖精聖剣』がその魔力を吸収することはなかった。結果、彼女の魔力が宙に溶けて消える。
なんとも言えない空気が部屋を満たす中──真っ先に我に返ったフィーリアさんが三度叫ぶ。
「い、いい加減にしやがってくださいこの聖剣!我が魔力を代価とし、今度こそ我が望みを此処に成せ!成しやがれ!」
普段からは到底想像できないような必死さとお世辞にも綺麗とは言えない言葉遣いで叫ぶフィーリアさん。そんな彼女の悲痛とも思える叫びに、しかし『妖精聖剣』は無情にも、なにも応えなかった。
「………………」
とうとう、無言になって立ち尽くし、『妖精聖剣』を宙に掲げたまま固まるフィーリアさん。そんな彼女に対して僕はどう言葉をかけていいかわからず、ただ沈黙するしか他なかったが──先輩は違った。
「……なんだよ。そのナイフ、見掛け倒しのポンコツじゃねえか」
…………時に人の言葉は、下手な凶器よりも人を傷つける。そしてその先輩の言葉は凶器以上の凶器であり──恐らく、フィーリアさんが今一番聞きたくなかった言葉だったのだろう。
心ない先輩の一言が部屋に響いたのを最後に、また静寂が訪れる。それは今までよりもずっと長く、そして重かった。だが突如として────
「あーーーッ!!!もういい!もういいですよ!上等ですよこの野郎!大体こんな全然使えないナマクラに頼ったのが間違いだったんですぅう!!!」
────そんなフィーリアさんの怒声が跡形もなく消し飛ばした。瞬間、彼女は【
【次元箱】から引き抜かれた手に握られていたのは、桃色の液体で満たされた謎の小瓶。その栓を目にも留まらぬ勢いで抜いたかと思えば、急変した彼女の態度に驚き思わず固まっていた先輩の小さなその口に、僅かな躊躇いもなく突っ込んだ。
「むぐぅ?!」
小瓶が傾けられ、中の液体が減っていく。それと同時に先輩は目を白黒させながらも、その白い喉を上下させる。その様が、僕の目には妙に艶かしく映ってしまう。
小瓶の中身が消えると、ようやくフィーリアさんが先輩の口から小瓶を引き抜く。解放された先輩は、堪らずその場に崩れ落ちて、激しく咳き込む。
「ゲホッゴホ……い、いきなりなにすんだフィーリア!!てか、俺になに飲ませて……!」
「なにを飲ませたかって!?私が前に暇潰しで作った性転換薬ですよ!これを一滴でも口にすればあら不思議!一分もしないで性別が逆転しますやったね!!」
数十分後。特に先輩に変化は起きなかった。
「ちっくしょおおおおおおおおおおっ!!!!」
バリィンッ──そう吐き捨てて、フィーリアさんは窓硝子を思い切りブチ破り外に消えてしまった。瞬間、粉々に砕け散った硝子の破片が巻き戻るようにして集まり、気がつけばそこには全く無事な窓硝子があった。
「…………と、とりあえず遺跡に向かいましょう。先輩」
「……そ、そだな」
この日、『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアは、初めて敗北というものを味わされたのだった。