ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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ラグナリベンジ

「そんな近隣にデッドリーベアが……俄には信じられないけど、確かにこの耳はデッドリーベアの耳ね」

 

「ええ。すみません、本来なら昨日すぐにでも報告すべき事態だったんですけど。その、色々……ありまして。本当に申し訳ありません」

 

「気にしないで。……とは流石にちょっと、言えないわね。でもそのデッドリーベアは討伐したんでしょう?なら大丈夫よ。あの魔物(モンスター)は基本的には群れないはずだから」

 

「……だと、いいんですけど」

 

「それに、あれを見れば貴方が言うその『色々』も、大体の察しはつくわ」

 

 そう言って、冒険者組合(ギルド)大翼の不死鳥(フェニシオン)』の受付嬢であるメルネさんは微笑みを浮かべながら、とある方に顔を向ける。

 

 彼女が顔を向けた先にあったのは────

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ────二日酔いによって、見事なまでにダウンし机に突っ伏している、ラグナ先輩の姿であった。

 

「……い、いや。その、本当にすみません……はは」

 

 どうしようもない居た堪れなさに思わずまた謝ってしまう僕に、依然微笑みを携えてメルネさんが言う。

 

「あらあら。別にそう気にしなくてもいいのよ。……でも、ああなる程飲ませちゃう前に、止めるべきだったとは思っちゃうわね」

 

「……以後、肝に銘じます」

 

 時刻は早朝──と表するには、少し遅い時間帯。二日酔いに呻く先輩を何とか立たせ支えながら、ご覧の通り共に僕は『大翼の不死鳥』に訪れていた。

 

 無論昨日の、ヴィブロ平原近隣の森にデッドリーベアが出現したことの報告と、グィンさんに会う為にである。

 

「メルネさん。事前に話してもいないんで恐縮なんですけど、今グィンさんっていますか?その、会いたいんです。会って、ちょっとお話ししたいんですが……」

 

 僕が恐る恐るそう訊ねると、メルネさんは浮かべていた微笑みを僅かに曇らせ、申し訳ないように答えた。

 

「ごめんなさい。GM(ギルドマスター)なら、『世界冒険者組合(ギルド)』から召集がかけられてね。中央国の本部へ向かいに、昨日オールティアから発ったわ」

 

「あ……そう、だったんですか」

 

 まるで出鼻を挫かれたような気分だった。グィンさんとは少し、先輩に関して相談があったというのに。

 

 けれど、すぐさまそれも仕方のないことだと納得する。『世界冒険者組合』からの召集というのも、十中八九先輩の身に起きた、まさに神の悪戯とも言うべきことだろう。

 

「そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。『出品祭』までには帰って来るから」

 

「わかりました。ではそれまでに、僕は気長に待つことにします」

 

「ええ。帰って来たらすぐに連絡するわ」

 

 そうして僕とメルネさんの会話は終わり、僕は踵を返し先輩の元へ向かう。依然として先輩は突っ伏した姿勢のままで、微動だにしない。その姿に若干気を憚られながらも、僕は声をかけた。

 

「先輩。用事も終わったので、そろそろ行きますけど……大丈夫ですか?一人で立てます?」

 

 そんな訊くまでもない僕の確認に、少し遅れて先輩がゆっくりと身体を起こし、顔を上げる。その顔色は悪く、大丈夫でないことが一目でわかってしまう。

 

 けれども、先輩は呻くように僕にこう答える。

 

「……大丈夫。立てる」

 

 それは明らかに無理をしている様子で、それでいて確固たる意地と意志をひしひしと僕に感じさせた。

 

 ──先輩……。

 

 心の奥底から喉元にまで出かけた言葉を飲み込んで、そう返事をしてくれた先輩に、僕もまた言葉を返した。

 

「わかりました。……酔い止めの魔法、重ねますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わってヴィブロ平原。時間も少し過ぎて、太陽も十分にその顔を見せた頃合い。僕は、その光景を遠くから見守っていた。

 

「てぇっりゃあ!」

 

 そんな可愛らしい気合の一声の下に振られた剣の刃は、お世辞にも疾く鋭いとは表せず。相対するスライムを斬ることは叶わず、ヒョイと呆気なくも躱されてしまう。

 

「クソッ……!」

 

 堪らず吐き捨てる先輩へ、スライムが体当たりを仕掛ける────が、既のところで先輩がその場から咄嗟に跳び退き、スライムの体当たりを何とか躱してみせた。

 

「そう何度も何度も、ぶっ飛ばされて堪るかってんだ!」

 

 叫びながら、剣を振り上げ先輩はスライムに向かって突き進む。そして先程と同じようにスライムへと剣を振るうのだが、その剣身が、その刃がスライムを捉えることはない

 

「こんの、ちょこまかとっ!」

 

 それでも諦めず、先輩は幾度も剣を振るう。幾度も、幾度も。だがしかし、やはりスライムを捉えることはできなかった。

 

 ──先輩……!

 

 躍起になって剣を振り回す先輩。まるで弄ぶかのように躱し跳ね回るスライム。そんな光景を見せつけられて、僕は思わず拳を固く握り締め震わせる。

 

 本当ならば、すぐにでも飛び出したかった。そんな自分を、僕は必死に抑え込む。……抑え込まなければならなかった。他の誰でもない、先輩の為に。

 

 そもそも、今日は────先輩を家から連れ出す気など微塵もなかった。『大翼の不死鳥(フェニシオン)』で見せたあの姿の通り、先輩は二日酔いに苛まれていたのだから。

 

 それに、昨日先輩は散々な目に遭わされた。そのことに対する心的負担も相当のものだったはず。だから今朝、僕は先輩に言ったのだ。

 

 今日一日は家でゆっくり身体を休めませんか────と。だが、僕の提案に先輩が頷くことはなかった。先輩は断固としてその提案を呑まなかった。

 

「…………」

 

 先輩の決意。先輩の覚悟。僕にはそれを見届ける義務がある。手出しせず、最後まで見守る必要がある。

 

 だから僕は、今すぐにでも剣を抜きそうになっている自分をどうしても抑え込まなければならない。

 

 それから数分、先輩とスライムの攻防(と言っても一方的に先輩が攻撃し、スライムは躱しているだけだが)は続いた。けれどもその間先輩の剣がスライムを捉えることはなく。ただただ、時間だけが虚しく流れて過ぎるばかりであった。

 

 ……一応言っておくと、先輩は昨日僕から剣の扱いの基礎を習った訳で、しかも本来の先輩の戦闘法は素手による格闘だ。つまり、先輩は今までその手に武器を持って戦ったことがまともにない。

 

 なので必然、その戦い方も無茶苦茶なものになる訳で。冒険者(ランカー)となってから剣を得物としている僕からすれば、それはもうとんでもなく……とんでもなかった。

 

 そうして、少なくも僕にとっては手に汗握るその攻防は続いて。だが、唐突に終わりは訪れた。

 

 まるで親の仇のようにスライムを追い回し、懸命に剣を振り回し続けていた先輩だったが、不意にスライムから距離を取ってそのまま動きを止めた。そんな先輩を安易に追撃せずに、訝しむようにスライムもまたその場で止まる。

 

 両者の間を風が吹き抜ける。その風に乗って、一枚の木の葉が舞う。それは風と共に、あっという間に両者の間を通り抜けて、彼方へと飛ばされて────静かに、落ちる。

 

 

 

 そしてそれが、偶然にも合図になった。

 

 

 

「ぶっ倒すッ!」

 

 そう叫ぶと同時にその場から駆け出す先輩。スライムもまたそれと同時に動き出す。

 

 やがて両者互いにそれぞれの間合いに入ると────先制の一撃を繰り出したのはスライム。一瞬その場に縮こまったかと思うと、すぐさまその場から飛び跳ね、その勢いのままに先輩の懐に飛び込もうとする。

 

 その一撃を受ければ、即座に吹っ飛ばされ戦闘不能になるのは必須────昨日スライムに散々体当たりをされ、その都度気絶した先輩だからこそ、他の誰よりもそのことは理解している。

 

 であるから、決してスライムの攻撃を受けないよう先輩は躱すことに心血を注いでいた。

 

 だからその体当たりも先程のように躱そうとするはず────そう思った矢先、僕が目を見開くことになった。

 

 ──先輩……!?

 

 先輩は、その場から動こうとはしなかった。己に突っ込んでくるスライムを、ただその場で真っ直ぐ見据えていた。

 

 先程も言った通り、今の先輩はスライムの一撃ですら受けただけで戦闘不能に陥る程に脆い。スライム相手に戦闘を続け、そして勝利するにはその攻撃の全てを躱さなければならない。

 

 そんなこと、誰よりも先輩自身が一番わかっているはず。なのに、先輩は躱そうとしない。その場から一歩も動かず、あくまでも真っ直ぐにスライムを見据えているだけだ。

 

 一体何を考えているのか。そう思う僕であったが、この後目の当たりにする────先輩の成長を。

 

「ッ!」

 

 遂に、スライムが先輩の懐に目がけて体当たりする────直前、先輩は剣を胸の前に構えた。

 

 それは防御の構え。スライムの体当たりを、構えた剣で受け止める先輩。

 

「うぐッ……!」

 

 体当たりの衝撃とその重みに、先輩の身体が後ろに押される。先輩もその表情を歪める────が、倒れなかった。倒れず、そして。

 

「そぉっりゃあああッ!!」

 

 ほぼ力任せに剣を振り上げ、受け止めたスライムをそのまま宙へと打ち上げた。宙に浮かび、何もできず重力に引かれて落下するスライム。その様を、先輩は黙って眺めることなく────

 

「これでもう、ちょこまかできねえだろおぉぉぉ!」

 

 ────そう叫んで、先輩は駆け出す。そして、剣を振るった。

 

 ザンッ──落下するスライムを、白刃が通り抜ける。

 

「おお……ッ!?」

 

 思わず僕が声を漏らす最中、二つに分断され地面に落下したスライムは、まるで水溜まりのように広がって。そのまま溶けるようにして、消える。

 

 剣を振り下ろした姿勢のまま、首だけで背後を見やった先輩は、そんなスライムの最期を見届けて。それからその瞳と顔を輝かせ。

 

 

 

「よぉっ……しゃあぁぁぁッ!!」

 

 

 

 そう達成感に満ち溢れる歓喜の声を上げると共に、その場で思い切り飛び跳ねた。僕といえば、ただただ感動に打ち震えていた。

 

 ──つ……遂に、ようやく遂に倒した。今の先輩が、自分一人でスライムを倒せた……!

 

 昨日あれ程敗北を喫したスライムに、ようやっと先輩は自ら勝利をもぎ取ることができたのだ。しくじれば即戦闘不能の、実に危ない賭けではあったが、それでも見事に先輩は勝ってみせた。僕は、それが自分のことのようにただただ嬉しい。

 

 記念すべき先輩の初勝利。これでようやく第一歩を踏み出せる────そう、僕が思った直後。

 

「……ん?」

 

 突如、先輩の周囲の草むらが揺れる。……今、風は吹いていないというのに。

 

 先輩が声を漏らすとほぼ同時に、草むらを揺らしながら現れたのは────スライム。それも一匹だけではなく、二匹、三匹。さらに四匹五匹、続々と草むらの中から現れる。

 

 一体、今の今までどうやって潜んでいたのか────気がつけば、十何匹ものスライムの群れに、先輩は囲まれていた。

 

 異様な雰囲気を漂わせるそのスライムたちに、流石の先輩も若干怯えた様子で、その場から一歩後退る。

 

「な、何だよ……」

 

 だがしかし、先輩は完全に取り囲まれている。つまり、逃げ場などない。

 

 ──あ、まずい。

 

 僕がそう思うのとほぼ同時のこと。徐々に先輩に迫っていたスライムたちは、一斉に先輩へと襲いかかった。

 

「ひッ!?ちょ、止め……!?」

 

 短い悲鳴を上げつつも、慌てて剣を振ろうとする先輩だったが、その行動はあまりにも遅過ぎて。そして数の暴力の前では、先輩の抵抗はあまりにも小さく、無力であった。

 

 あっという間にスライムたちに袋叩きにされる先輩。その時僕が咄嗟に取れた行動は、ただ一つ。

 

「……せ、先輩ぃぃぃいッ!!」

 

 先輩を救出する為、そう叫びながら急いで駆け出すことだけだった。


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