ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──こんなこともあろうかと

「【強化斬撃】!」

 

 ザンッ──魔力によって巨大化した剣身を土人形(クレイパペット)に叩きつけ、刃がその身体を砕く。そしてその一体だけには留まらず、並んでいた四体もまとめて叩き斬った。

 

 動力の源である魔核(コア)を一撃で破壊された土人形たちが、ただの物言わぬ土の塊となってボロボロと崩れ去っていく。その様を尻目に、僕は即座にある方向を振り向く。

 

 その方向にいるのは──先輩である。一応【挑発】を使い、僕の方へ敵意(ヘイト)を集めたとはいえ、土人形はざっと見ても十体はいた。七体は僕が倒したが、残りの三体は先輩の方へ向かったはずである。

 

 一応土人形は〝有害級〟の中でも下位に入る魔物だ。今の先輩であれば、三体であろうと多少苦戦は強いられるだろうが、それだけのこと。負けはしない──はず。

 

 しかし、万が一ということもある。そう考える僕の視界に映り込んだのは────

 

 

 

「ハァ…ッ!」

 

 

 

 ────と、声を張りながら、己の得物である十字架を模した白剣を振るう先輩の姿だった。純白の刃が、幾度も斬りつけられところどころ損傷し、欠けている土人形の胴体に叩きつけられる。

 

 それが決定打となったようで、白刃が叩きつけられた箇所から無数の亀裂が走り、次の瞬間先輩と対峙していた土人形はボロボロと崩れ落ち、床に落下した衝撃で破片も粉々に砕け散った。

 

 どうやらそれが最後の一体だったらしい。肩で息をする先輩の周囲をよく見てみれば、土人形の残骸らしきものが転がっている。やはり僕の見立て通り、今の先輩にとって三体まとめて襲いかかっても、土人形程度では大した強敵には成り得なかったようだ。

 

 一応まだ残りがいないかを探った後、僕は剣を鞘に納め先輩の元にまで歩み寄り、声をかける。

 

「凄いです先輩。土人形三体を一人で倒したなんて」

 

「……七体倒したお前にそう言われても、嬉しかねえ」

 

 僕から教えてもらった【次元箱(ディメンション)】に白剣を仕舞って、先輩は微妙そうな表情でそう返す。

 

「まあまあそう言わずに。こうした地道な一歩が大切なんですから」

 

「そりゃあ、そうだけど……」

 

 ともあれ、これで先輩一人でも、この程度の〝有害級〟ならば複数体でも勝てることがわかった。これは大きい。この調子ならば、今まで以上に効率良く経験値を稼ぐこともできるようになってくるだろう。

 

 その証拠にこの一戦だけで──

 

『ラグナ=アルティ=ブレイズ:Lv(レベル)31』

 

 ──このように【リサーチ】で見た通り、Lvも1上がっている。これは思った以上に大きな進歩だ。

 

「では丁度いい場所もあったことですし、ここで休憩しましょう」

 

 僕はともかく、この戦闘で先輩もだいぶ疲労したことだろう。ここに来るまで歩き通しであったし、今までは場所が場所だったので、休憩などまともに取れていなかった。ここいらが最高のタイミングというやつだろう。

 

 そう考えての僕の提案だったのだが──

 

「……お、おう。そだな」

 

 ──何故か、先輩は妙に固い表情で、あまり乗り気ではない様子で頷いた。

 

 ──?

 

 そのことに対して僕は疑問に思ったのだが、それは思うだけに留まり、問い質そうとはしなかった。

 

 

 

 ……今思い返せば、この時の自分は他人に対しての気遣いというか、配慮が至らな過ぎると言わざるを得ず、正直思い切りぶん殴ってやりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず手頃な場所を陣取り、携帯してきた保存食の干し肉を口にしながら僕と先輩は休憩する。時間としては、十分を目安に考えていた。

 

「この後はさらに奥に進みますけど……罠とかにはくれぐれも注意してくださいね、先輩」

 

「わ、わぁってるってーの。別にLvが下がっただけで、これまでの経験とかは、ちゃんとあるからな?」

 

「それは僕もわかっています。ですが念のためですよ念のため。万が一ということもあるじゃあないですか」

 

「……まあ、確かにな……」

 

 という、冒険者(ランカー)たちにとっては他愛ない、普段の会話を交わす僕と先輩。……しかし、その最中ずっと、僕はあることが気になっていた。

 

 ──……なんか、さっきから先輩妙に落ち着きがなくないか……?

 

 そう。こうして互いに座りやすい石に座って、休憩を始めてからずっと。先輩の様子が変というか……こう、心なしか忙しない気がするのだ。それにその顔に浮かぶ表情も、何処か固いというか、緊張しているというか……。

 

 ──一体どうしたんだろう。

 

 そう思いながら、ふと喉に渇きを覚える。それと同時に、この遺跡内が少し蒸し暑いことにも、気がついた。

 

 僕は【次元箱】から丸く膨れ上がった皮袋水筒を取り出し、栓を開け口につけ、中の水を喉に流し込む。この遺跡内の環境や先ほどの戦闘によって多少汗を流したからか、適度に冷たい水がやたら美味しく思える。

 

 ──水分補給にも気をつけないと……って。

 

 そこで、ハッと気づく。この環境と、戦闘によって僕の身体は汗を流した。……ならば、先輩も同じような状態なのではと。

 

 そう思って、干し肉をちまちまと食べ進める先輩を見やる。案の定、紅蓮に燃ゆる赤髪はぺたんとしており、服も身体に張り付いている……ような気がする。それと薄らと顔も赤らんでいるようにも思えた。

 

 そして恐らく、この人……。

 

「あの、先輩」

 

「ん、ん?なんだクラハ。どうかしたか?」

 

 こうして改めて注視してわかったことを確認するため、僕は先輩に訊ねた。

 

「水、飲みました?」

 

 僕のその質問に対して、先輩は一瞬固まって、それから数秒かけて、気まずそうに答える。

 

「……飲んでねえ、けど」

 

 ──やっぱり……。

 

 その返事に対して、内心嘆息しながら僕は先輩に言う。

 

「まあ、僕も今初めて水を口にしたので、あまり強くは言えませんが……駄目ですよ先輩。水はちゃんと飲まないと」

 

「ん、んなことわぁってるっての」

 

 しかし、僕の注意を受けたにもかかわらず、先輩が水を──というか僕と同じように皮袋水筒を取り出そうとせず、困ったように僕から視線を逸らして、先輩は口を開いた。

 

「……そ、その……忘れた」

 

「え?」

 

 それを聞いて、思わず僕は目を丸くしてしまう。何故ならこの人がそういった、冒険者にとっての必需品を忘れることなど、滅多になかったからだ。

 

「そうですか……」

 

「お、おう。だけどまあ、ちょっとくらい「いえ先輩。大丈夫です」

 

 少し申し訳ないと思いながらも、先輩の言葉を遮って僕は再度【次元箱】を開く。そしてそこから──もう一個の皮袋水筒を取り出し、先輩に向かって差し出した。

 

「こんなこともあろうかと、二つ持ってますから。僕」

 

「…………は、はは。そ、そうかぁ。やっぱお前は自慢の後輩だわー……」

 

 そう言って、先輩は何故か苦笑いを浮かべながら、僕が差し出したその皮袋水筒を受け取った。

 

 

 

 ……もう、これ以上なにを言っても所詮後の祭りでしかないのだが……今ほど、この時の自分の鈍さを恨めしいと思ったことはない。


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