ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──知られたくない

 これはクラハが知る由もないこと。決して彼が知ることはできなかったこと。

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)GM(ギルドマスター)──グィン=アルドナテに頼まれる形で、オールティア北部にある外れの森にて、突如発見された遺跡の調査に赴いた二人の冒険者(ランカー)──クラハ=ウインドアと、ラグナ=アルティ=ブレイズ。

 

 遺跡に向かう途中、森に棲まう魔物共を退けながら、件の遺跡に辿り着いた二人は意気揚々と、しかし警戒は怠らず突入する。

 

 外見内部こそところどころ風化し、崩れてはいるがそう古くはなく、また見渡す限り生えている発光する魔石のおかげで、あまり苦労することなく二人は先を進めた。

 

 そして狭まっていた道から一転、ある程度は開けた場所に出て、そこで二人は〝有害級〟の中でも下位に属する魔物(モンスター)──『土人形(クレイパペット)』の群れに遭遇。そのまま襲撃されるが、いくら束になって襲いかかってもクラハの脅威には足り得ず、また以前ならばまだしもいくらかLvの上がったラグナにとっても、大した強敵にはならなかった。

 

 そうして難なく土人形の群れを返り討ちにした二人であったが──クラハは知らなかった。気づいていなかった。

 

 この遺跡に入って少し経った時から。土人形と戦っている間にも。己の冒険者として先輩たるラグナが、独りずっと苦しんでいたことに。生物である以上、決して無視できない問題(・・)に、ずっと苦しめられていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──……あー、クッソが……。

 

 決して声に出さぬよう、保存食の干し肉を無心で噛みながら、ラグナは心の中でそう吐き捨てる。まあそうしたところで、己の現状が変わる訳でも、ましてや今抱えるこの問題も解決する訳でもない。それはわかっている。わかっているが、それでも内心で悪態をつかなければ心が折れそうだった。

 

 土人形との戦闘を終え、タイミングも良いということで絶賛休憩中なのであるが──恐らく、真の意味で休憩ができているのは目の前のクラハだけだろうと、ラグナはそう思う。何故なら──とてもではないが、休憩ができるだけの余裕を、今のラグナは持ち合わせていないのだから。

 

 それはどういうことか。答えは簡単である。クラハもラグナも人間──生物だ。生物である以上、そして生物である故に、無視できない問題というものがある。今まさに、ラグナはその問題に直面していたのだ。

 

 それは────

 

 

 

 ──ションベン、したい……!

 

 

 

 ────そう、尿意。生物であれば絶対に避けては通れぬ生理現象──排泄衝動に、彼は駆られていたのだ。

 

 ──なんでこんなにしたくなってんだよ……水とか、全然飲んでねえのに……っ。

 

 今朝からここまでの一日をラグナは振り返る。振り返って、なお困惑する。

 

 今朝にはきちんとトイレを済ましたし、フィーリアに呼ばれ、一悶着終えた後この遺跡に向かう前にも、トイレに一度立ち寄っている。そして覚えている限り、それまでに水分は必要最低限しか摂取していないし、森に訪れてからも、この遺跡に入ってからも水は一口も飲んではいない。

 

 ……そのはずなのに。

 

 ──ああクソ……クソッ……!

 

 まあ、実を言えば遺跡に入って少し経った時、ほんの僅かにではあるが尿意自体は覚えていた。しかしそれは本当にごく僅かもので、気にもならないほどだったのだ。

 

 しかし、そう時間も過ぎない内に、水など口にしていないにもかかわらず、その小さな尿意はどんどん膨れ上がり──結果、もはや無視など到底できるはずがないまでに、ラグナの水風船(ぼうこう)を膨らませてしまった。

 

 向かい合うクラハにバレないよう、ギュッと内股になりながら、なんとか気を紛らわせようとラグナは無言で、無心になって干し肉を頬張る。当然、味などわかるはずもない。それほどに、ラグナは切羽詰まっていた。

 

 ──どうすりゃいい……どうすりゃいいんだよ……!

 

 押しては引いていくのを何度も繰り返す波に翻弄されながら、ラグナは必死に頭を回転させる。この危機的状況を打破するための方法を、必死に考えようとする。

 

 しかし──

 

「んん……ッ」

 

 ──このどうしようもない尿意が、意地悪にもそれを妨害する。一際強い波が防波堤を打ちつけ、ラグナは堪らず苦悶の声を漏らしてしまうが、幸いにもそれがクラハの耳に届くことはなかった。

 

 ──ヤバいヤバいヤバい……ッ!

 

 もじもじと自分でも気づかずに太腿を擦り合わせ、身体を縮こまらせてラグナはその波が引くまで堪える。そしてようやっとその波も引いて、微かにではあるがホッと、しかし力を抜き過ぎずラグナは一息つく。

 

 そしてすかさず、チラッと視線だけでクラハを見やる。幸運とでも言うべきか、こちらの方に顔を向けてはいなかった。

 

 先ほどの姿を見られていないことがわかり、思わず安心するラグナ。尿意に身悶えし、必死に抑え込み堪えている姿など先輩として見せる訳にはいかないし、見せたくもない。

 

 ともあれ、ラグナは引き続きなにか打てる手はないものかと思案する──しかし実を言うならば、もうとっくに一つの手段は思いついていた。というか、あった。

 

 なにを隠そう、その手段とは────その場でして(・・・・・・)しまうこと(・・・・・)。つまるところ、野外排泄である。

 

 そもそも、その職業柄冒険者(ランカー)はこのような事態とは無縁ではいられず、切っても切り離せない問題である。人間であるからにはきちんとすべき場所──トイレがあるが、しかし森や平原、洞窟にこんな遺跡などにそんなもの用意されているはずがない。

 

 しかし生理現象である以上、どうしようもない。ずっと我慢できるものではないし、そんな状態で魔物を相手取ろうなど以ての外。論外であり、無謀もいいところである。

 

 であれば、解消するしか他ない。男女関係なく──野に放つ他ない。まあ、冒険者に限らず旅をする者だったり、日数を跨ぐ大移動の際であれば自然と取るしかない、常套手段だろう。

 

 まあできることならトイレで済ませるのが一番なのだが……ともかく、ラグナに手段が全くない訳ではないということだ。というか、それしかない。

 

 ラグナとて、そんなことは重々承知している。むしろ最初から躊躇わず、その手段を取ろうとしていた。

 

 ……だが、できなかった(・・・・・・)

 

 ──……クソ。

 

 できるだけ動きを抑えるようにしてもじつきながら、ラグナは干し肉を飲み込む。

 

 別に、野外排泄という手段を取るのはこれが初めてという訳ではない。……ただ、それは以前の時──まだ()だった時の話だ。

 

 こうして女になってからは、したことがない。なので多少不安はあるにはあったが……しかし、それが理由でできなかった訳でもない。というかここまで尿意が差し迫っているなら、たとえ外でしたことがなくてもする。こうして下を着たまま漏らすよりかは、下を脱いで自分の意思で出してしまう方が遥かにマシだ。そう、ラグナは思っていた。

 

 しかしだ。いざするとなってある問題が立ちはだかった。それは────クラハの存在である。

 

 単独だったならばいざ知らず、今はクラハがいる。クラハがいる以上、黙って離れることはできないし、この後輩がそんなことさせる訳がない。

 

『先輩。一人でどこに行く気ですか?危険ですから、単独行動なんてさせませんよ』

 

『以前だったら話は別ですが、今はLvが下がってしまっているんです。どんなに小さなことでも、先輩に危険な目に遭わせる訳にはいきません』

 

 ……などとこちらに言ってくるのが目に見えている。生意気なことを言えるようになったことは嬉しいが、それとこれでは話は別だ。

 

 であればいっそのこと白状してしまえばいい。自分の今の状態を。自分が今抱え込んでいる問題を。白状した上で一人にさせてほしいと頼めば──そう考えて、即座に諦めた。

 

 排泄というのは、大きな隙を晒す行為だ。野外排泄の際に魔物に襲われて、命を落とす冒険者も少なくない。

 

 なので一人の場合ならば絶対の安全を確保した上で行為に移るのが基本であり、そして今のように二人──複数人の場合、なにがあってもすぐに駆けつけれる距離で、その行為が終わるまで他の者は周囲を警戒しながら待機するのが基本だ。

 

 その基本を、この生真面目な後輩が忘れている訳がないし、ましてや知らない可能性など微々もない。野外排泄したいと馬鹿正直に伝えてしまったが最後────

 

 

 

『わかりました!先輩の近くで周囲を見張ってますから、僕のことは気にせずしてください!』

 

 

 

 ────と言って、付いてくるだろう。

 

 ──……。

 

 それでも、以前──女になってそう日数も経ってなかったのなら、特に気にはしなかっただろう。その言葉通り、この下腹部に溜まりに溜まった尿意を、気にせず地面に向けてぶち撒けたことだろう。

 

 ……しかし、いざそうなって──ふと、考えてしまった。ここまで高まってしまった以上、きっと勢いも激しい。激しい分、音だってそれなりにするだろうし……臭いだって、それなりに立つだろう。それをクラハに聞かれたり、嗅がれたりする。

 

 

 

 そう考えてしまった瞬間、何故か凄まじい羞恥の炎が心の中で燃え上がった。

 

 

 

 燃え上がって、気がつけばなにも言えなくなってしまった。クラハに向かって、小便をしたいなど言えなくなってしまった。それどころか──今こうして己が尿意を催し、それに苛まれていることなど、クラハに知られたくなくなってしまったのだ。

 

 理由はわからない。わからないが──ただ、恥ずかしい。クラハに知られてしまうことが、ただただ恥ずかしい。この後輩だけには、知られたくない。

 

 そう思った結果が、今のこの状況である。完全な自業自得だ。

 

 ──ああ、もう……!

 

 クラハに気づかれないよう、ラグナはひたすら干し肉を噛み締め、尿意を堪える。だがそんな我慢がいつまでも続くはずがない。この身体──というか女の身体では、思うように我慢が利かない。

 

 いずれ決壊の時が訪れる。もしそうなれば、とてもじゃないがクラハの先輩でいることに堪えられなくなる。ただでさえ今もこの立場に関して思い悩んでいるのに、後輩の前で漏らしたりなどしたら──もう先輩でなんて、いられない。

 

 だからラグナは必死になって堪えながら、別の方法はないのかと考える──その時だった。

 

「あの、先輩」

 

 不意に、クラハが声をかけてきた。


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