「畜生が……あのアマ覚えてやがれ……クソがッ!」
「まあ落ち着けよ兄貴。あんなクソアマなんか忘れちまおうぜ。正直な話、もう関わりたくないんだよな俺」
夜のラディウス。街灯もない薄暗な裏路地を、男二人が歩き進む。
赤スーツの男──その名をバンゼン=オグヴ。
青スーツの男──その名をオンゼン=オグヴ。
人呼んで『オグヴ
『
そのことに対して、兄であるバンゼンは憤りながら延々とその口から悪辣な言葉を吐き捨て、弟であるオンゼンはそんな兄を宥める。
そんな二人が何故このような裏路地にいるのか──それは、この裏路地こそに、二人は用があったからだ。『O.rsay』に立ち寄ったのは、あくまでも夕食を済ますために過ぎなかった。
……まあ、あんなことがあって、夕食などまともに済ませられなかったのだが。
「あんな大勢の前で恥をかかされたんだぞ!?このままで終われるかってんだ!」
オンゼンの言葉に対して、怒鳴り返すバンゼン。しかし冷静に、オンゼンが言う。
「けどよ……あの女に勝てる手とかねえだろ」
「…………まあ、そりゃあ……なあ」
懐にある鉄の塊──銃を一瞥して、苦々しくバンゼンは呟く。彼の脳内にて、『O.rsay』での記憶が蘇る。
脳天に風穴を空けるつもりで撃った銃弾を、歯で噛んで止めたあの女。そして大した切れ味もないはずのナイフで、この厚い革のスーツに深い切れ込みを走らせた。
正直言って、どんな武器を持ち出したとしても、あの女には勝てないだろう。そもそも、同じ人間だとはとてもじゃないが思えない。
しかし舐められたままというのも捨て置けない。傷つけられた
そうしてやがて────彼らは、辿り着いた。
「兄貴」
「……ああ」
まるで入り組んだ迷路のような裏路地。その奥にあったのは、固く閉ざされた分厚い鉄扉と、その前に立つ黒服の男の姿であった。
「オグヴ兄弟、だな」
その黒服の男の言葉に、二人は黙って頷き──懐から一枚の薄いカードを取り出した。
そのカードを見やって、黒服の男が言う。
「中に入れ」
鉄扉を抜けた先は、薄暗い通路。それなりに年季のある建物らしく、カビの臭いが鼻腔を突く。
多少それに不快感を覚えつつも、こちらを先導する黒服の男の後ろをオグヴ兄弟は黙って歩く。その間口を開く者は誰一人としておらず、この通路の窮屈さも相待って、重苦しい空気が漂う。
そうして歩き続け数分──不意に、黒服の男が立ち止まった。その先にあるのは、これまた質素な木製の扉。
「この扉の先」
背中を向けたまま、黒服の男が言う。
「我らがボスがこの扉の先にいる。そのことを重々承知しておけ」
「……おう」
その言葉に頷きながら、バンゼンは考える。
──この先にいるのか……『
この街の裏側に身を置く者ならば、誰一人として知らないことはないだろうその名前。この金色の街を裏から支配する、男。
それがギルザ=ヴェディス。通称──『金色の怪物』
──決して表舞台には出ず、汚れ仕事などは全て部下に任せ、己の手は汚さない………名前だけが歩き回って、肝心のその姿は部下以外誰も見たことがない。謎の多い野郎……。
当然、バンゼンとてギルザの姿を見たことはない。他の者と同様、彼に関する様々な噂を知っているくらいだ。
そのギルザ=ヴェディスが──この扉の先にいる。そのことに、自然とバンゼンは口元を歪ませた。
──上等だ。怪物だがなんだが知らねえが、このオグヴ兄弟の敵じゃねえ。
一応、説明を挟むと今日この二人がここに来たのは、ギルザ=ヴェディスに会い、彼の部下になるためである──が、あくまでもそれは建前上の理由であった。
本来の目的は────彼の築き上げた組織を乗っ取るため、である。
正常な思考を持つ者ならば、それが一体どれほど無謀なことであるか、容易に判断できるだろう。しかし中途半端に名を上げた彼らオグヴ兄弟にはそれができなかった。
ギルザ=ヴェディスに関しての様々な噂だが、そのどれもが常軌を逸しており、また彼に関わった者は例外なく、消されている。
消されたのは、彼の正体を探ろうとした者が主だ。やれ海に沈められただの山に埋められただの、または魔物の餌にされただの──とにかく、正体を暴こうとした者は誰一人として、無事で済んでいない。
その次が──ギルザ=ヴェディスに喧嘩を売った者及び組織だ。
個人であれ組織であれ、これも例外なく彼は始末し尽くした。おかげでこの街に跋扈してた無法者どもは、その半分近くが彼に消されたのだ。
噂が噂を呼び──そして現在に至る。表舞台には出ていないが、その黒い噂だけが独り歩きしている。しかしこの現状にオグヴ兄弟は密かに不満を積もらせていたのだ。
噂だけで恐れられ、この街の甘い蜜を思う存分楽しみ、啜り、味わっている。碌に表舞台に立つこともない、果たして本当にいるのかどうかすらもわからない男に対して。
──気に入られねえ。トコトン気に入られねえんだよなあ……!!
そうして二人は考えたのだ。敢えて下手に出て、一旦彼の部下になり、内部から乗っ取ることを。
側から見れば実に幼稚な手段なのだが──生憎、それを彼らに指摘する者はいなかった。
──もうすぐだ。もうすぐで、俺たち兄弟はこの街の富を貪れるんだ。ヒャハハ……!
──楽しみだなあ、兄貴ィ。
背後にて歪んだ笑みを浮かべる二人に対して、黒服の男が再度声をかける。
「扉を開ける。……くれぐれも、ボスに対して失礼な真似はするなよ?」
二人の返事を待つことなく、黒服の男はその木製の扉を開いた。