ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──今すぐ楽になりたいと思いませんか?

今、ここで(・・・・・)。しちゃいましょう……先輩」

 

 今度こそ、その意味を伝えるために。呆然とし固まる目の前の先輩に、僕ははっきりと、そう言った。

 

「……」

 

 僕の言葉を聞いて、先輩は数回その瞳を瞬かせる。そして────

 

「は、はあ!?ふざ、ふざけんな!んなのできる訳ねえだろ?!」

 

 ────確かな怒りを携えて、そう声を荒げた。そしてなお、その怒りを先輩は僕にぶつけてくる。

 

「マジで意味わかんなっ──ひぅ……!」

 

 しかし、言ってるその途中で、先輩は身体を硬直させて止まってしまう。恐らく大声を出したせいで、抑え込んでいた尿意を刺激してしまったのだろう。

 

 小さく呻きながら、先輩はもじつく。そして数分後、なんとかある程度は収まったようで、涙目になりながらも再びその口を開いた。

 

「…………こ、こで……しろ、って、ことだ、ろ……?お、お前の、前で……ション、ベン……!」

 

「……そう、ですね」

 

 先輩の言葉に、僕は頷いてそう答える。瞬間、先輩は絶句したかと思うと、もう既に真っ赤だったその顔を、さらに赤く染め上げ信じられないように────

 

「お、俺がションベンしてる、とこ見てえ、ってのか?」

 

 ────そう、僕に訊いてきた。

 

 ──…………え?

 

 僕は、その先輩の質問の意味を、すぐには理解できなかった。何故そうなるのか、困惑を抱いて真っ先に考える。が、その前に幻滅したように、そして悲しそうに。しかし僅かばかりの蔑みを込めて。僕から目を逸らしながら、先輩が言い放った。

 

「……お前が、そんなヘンタイ野郎だとは、思ってなかった」

 

 ──……んんッ!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください!違います!違いますって先輩!」

 

 先輩にとんでもない誤解と変態疑惑をかけられ、思わず僕は大慌てでそれを否定する。少なくとも僕にそんな変態(しんし)的趣味はない。……はずである。

 

「せ、説明をさせてください説明を!僕はそんな趣味なんて……あっ」

 

 語気を強めて僕は続けていたが、ハッと途中で気づき言葉を止める。しかし、少し遅かった。

 

「だ、だからデカい声、出すな馬鹿野郎ぉ……!!」

 

 足を固く閉じ、太腿を擦り合わせ、ぎゅっと身体を縮こまらせながら、苦しく辛そうに先輩は声を絞り、僕に非難をぶつけてくる。

 

「す、すみません……」

 

 僕は即座に謝り、今度は声量を抑えつつ先輩に弁明を試みてみる。

 

「えっとですね、先輩。僕もいろいろと方法を考えましたが、そのどれもがさっきみたいな、手荒いものなんです」

 

 僕の言葉に、先輩は静かに耳を傾けている。まあ口を挟む余裕すらないのもあるのだろうけど。しかし、少なくとも先ほどのようにこちらを軽蔑している様子はない。

 

 そのことに堪らず安堵するが、だからこそ不安を覚えてしまう。果たして、この人がこの説明を聞き入れてくれるかどうか。受け入れてくれるのだろうか、と。

 

 先の先輩の反応を見るに、はっきり言ってそれは難しいだろう。だがこの棺から脱出するには、やはり……してもらうしか、ない。どのみち乱暴な方法でしか抜け出せないのだ──もはや決壊間際にまで追い込まれた以上、事前に出してもらわなければならない。そうしなければ、確実にこの人は一生忘れられないような大恥を抱えてしまうことになる。

 

 後輩として、それはあまりにも心苦しい。だからこそ、ここは心を鬼にしてまで、最低限の恥を味わってもらう他ない。

 

「ですから、先輩には今ここで、してもらいます。……この際いっそ、自分の意思でした方が精神衛生上、まだ良いでしょう?」

 

「…………」

 

 先輩の反応は、予想通り芳しくない。当たり前だ。僕も同じ立場なら、はいそうですねと簡単には首を縦には振れない。

 

 しかし、だからといって引き下がる訳にもいかないのだ。僕は罪悪感を引き摺りながらも、敢えて少しキツめの口調で続ける。

 

「それにこのままだと服を汚すことになるんですよ?それでもいいんですか、先輩?」

 

 ……やはり、我ながら意地悪な言い方だと思う。心が痛むが、これも先輩のためだ。

 

 僕にそう言われて、先輩は逸らしていた目線をこちらに戻す。琥珀色の瞳は、困ったように揺れていた。

 

「……けど、よ……」

 

 もう限界ギリギリまで追い詰められているというのに、先輩はまだ抵抗を捨てられないらしい。その気持ちも理解できるが……それはそれ、これはこれというやつだ。

 

 依然として罪悪感に心を苛まれながらも、その先輩の抵抗心を削り取るために、僕は攻め方を変えて先輩に言う。

 

「辛い、ですよね。苦しい、ですよね。今すぐ楽になりたいと……先輩、そうは思いませんか?」

 

 言い聞かせるように、ゆっくりと。僕がそう訊ねると、先輩は動揺するように、その琥珀色の瞳を見開かせる。まさか、僕がこんな手段に打って出るとは思いもしなかったのだろう。僕としてもこんなこと、したくない。

 

「それに、このまま我慢しても……トイレまでには間に合いませんよね。でしたら、もういっそのことここで済ませてしまいましょうよ。その方が服も汚れませんし──少なくとも、失禁(おもらし )にはなりませんよ」

 

 僕のその言葉、特に後半部分が効いたのだろう。先輩はもじつきながら、口を開く。

 

「お、俺が……ここで、して、も……情けな、いって……思わねえ、か?ば、馬鹿にしたり、しねえ、か?」

 

 涙目でこちらを見上げながら、先輩が僕にそう訊ねる。対して僕は、微笑を浮かべた。

 

「そんなの思いもしませんし、する訳ないじゃないですか。それにまあ、多少僕の服に引っかかっても、気にしませんから」

 

 それでも先輩は躊躇うように視線を泳がし────懊悩の末に、こくりと。ようやく小さく頷いてくれた。

 

「ありがとうございます。先輩、自分で下脱げますか?」

 

「なん、とか……て、てか目瞑れよ……!」

 

「はい」

 

「あと、耳も塞、げ。鼻、も摘めぇ……っ!」

 

「いやそれは無理ですよ。僕二つしか手ないので」

 

 先輩の無茶な注文に僕は堪らずそう返すと、先輩はその表情を曇らせ、悩むように沈黙していたかと思うと、苦渋の決断を下すような面持ちで、再度その口を開いた。

 

「じゃ、じゃあ鼻摘んで、か、片耳……塞いで、くれ……頼む、から」

 

 言われて、僕は無言で即座に行動に移る。言われた通り目を瞑って、鼻を摘み、比較的聴力が良い(と思う)右耳を、残った片手で塞いだ。

 

「……よ、よし。んじゃ……脱ぐ、ぞ」

 

 先輩のその声は、まだ何処か迷っているようだったが、やがてなんとか腕を動かしている気配が伝わってくる。

 

 そして、少し遅れて──肌と布が擦れるような音が、棺の中で響く。普段であれば決して聞こえない、気にもしない音のはずが、この窮屈な空間と視界を閉ざし無意識ながらも他の感覚が研ぎ澄まされている今、やけに大きく聞こえてしまい、止むを得ず意識してしまう。

 

 先輩が、目の前で自らその下を脱ごうとしている。図らずも──僕はそう意識してしまう。

 

 ──考えるな考えるな考えるな考えるななにも考えるな……!

 

 僕が必死になって己に言い聞かせる中、衣擦れの音が止む。そしてまた、先輩が口を開いた。

 

「ほ、本当に、するから、な……マジでする、から……ぜ、絶対目開けるなよクラハっ!?」

 

 羞恥で震えさせながら、先輩は僕にそう釘を刺す。それに対し僕が言葉を返す──前に、先輩の何処か切なげな声が、先に棺の中で響いた。

 

「も、出──」

 

 

 

 

 

 バァンッ──突然、背後で蓋が開かれた音がした。


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