ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
記念すべき初勝利と数に物を言わせた蹂躙を味わった先輩を連れて、僕はオールティアに戻り、再び
酒場としての本領が発揮できる『
料理を食らう者。酒を飲む者。
……だが、正直に言わせてもらえば。今の僕にそれを楽しむ余裕などなかった。それらが、まるで蚊帳の外のような。何処か遠い出来事のように感じられて。今ここに自分もいるのだという自覚も持てないまま、ただ眺めることしかできないでいた。
何故か。言うまでもない、それは──────
「よっ!何しけた面してんだよ、ウイン坊」
──────不意に背後からそんな声をかけられ、それと同時に肩を軽く叩かれたことにより、僕の思考が途中で遮られる。僕が咄嗟に振り返って見れば、いつの間にか背後に茶髪の男性が立っていた。
その人の顔を見た僕は、思わず信じられないという風に呆然と呟いてしまう。
「ロックス……さん?」
「おう。えっと、半年ぶりだっけか」
茶髪の男性────ロックスさんにそう返事されて、僕は目を見開かせ、気がつけば椅子から立ち上がり、口を開かせていた。
「ど、どうしてロックスさんがここに!?オールティアに帰って来てたんですかっ?」
この男性のことを、僕は知っている。『大翼の不死鳥』に所属する
「確か『夜明けの陽』は長期依頼を受けてたんですよね?もしかして終わったんですか?それにロックスさんが帰って来てるなら他の皆さんも……ジョニィさんも」
驚愕の衝撃が抜け切らないままに、動揺しながら僕は頭で考えるよりも先に心の中の言葉を、次々と浮かぶ疑問をロックスさんにぶつける。しかし、そんな僕に彼は困ったようにこう言った。
「ちょ、ちょっと一旦落ち着けよウイン坊。俺に再会できて嬉しい気持ちは十二分にわかる。けどだからってそんな勢いで質問攻めされちゃあ、俺だって答えようにも答えられないぜ」
「あ……す、すみません」
堪らず矢継ぎ早に言葉を浴びせてしまい、ロックスさんに嗜められ、僕は謝罪を入れつつ言われた通り一旦口を閉じる。そんな僕にロックスさんは気の良い笑みを浮かべて、それから言った。
「そうだな。まあ立ち話ってのも疲れちまうし、椅子があるんだから座って話そう」
「は、はい。そうですね」
そうして、僕とロックスさんは椅子に座り、席を共にする。彼は僕の顔を見て、僕と視線を合わせて、ゆっくりとその口を開いた。
「まず、実を言うと依頼自体は終わっちゃいない。ちょっとばかし進展があったもんでな、その報告に一旦この街に帰って来たんだよ」
「なるほど、そうだったんですか。……ということはやっぱり、他の皆さんもオールティアに帰って来てるんですね」
そんな僕の言葉に対して、ロックスさんはその首を軽く横に振った。
「いや。あくまでも状況進展の報告だからな。今戻って来てるのは俺だけで、他のメンバーはまだ現地さ」
「あ……そう、ですよね。よくよく考えれば、それは当然ですよね」
表面上は取り繕い、決してロックスさんに見抜かれぬよう。僕は内心少しだけ残念に思う。無論このロックスさんとの思わぬ再会も嬉しいが……できれば『夜明けの陽』の全員と、そしてリーダーであるジョニィさんとも再会したかった。
何せジョニィさんには────『夜明けの陽』の隊長、ジョニィ=サンライズさんには数え切れない程の恩があるのだから。それこそ、ラグナ先輩に負けないくらいに。
だから、せめて。僕はロックスさんに訊いた。
「他の皆さんも、ジョニィさんも。何事もなく、元気にしてますか?」
その瞬間、僕は見逃さなかった。ロックスさんの表情が僅かに固まった、その瞬間を。
──え……?
しかし、そのことに対して僕が疑問を抱くと同時に、ロックスさんの表情は元に戻っていた。それから彼が僕にこう告げる。
「ああ、皆元気にやってる。当然ジョニィの兄貴もな」
「ほ、本当ですか?なら良かったです」
──何だ?僕の気の所為か……?
ロックスさんのあの反応がどうにも腑に落ちず、訝しげに思いながらも僕はそう返す。そんな僕をロックスさんはほんの数秒、黙って見つめていたかと思えば。彼にしては珍しい神妙な面持ちで、僕に言った。
「ウイン坊。『夜明けの陽』は……俺たちは、いつだってお前を支える。お前の助けになってやる。無論、ジョニィの────リーダーの意志でな。それだけは……忘れないでくれ」
「え……あ、はい。わかりました。ありがとう、ございます」
何故、そんなことを今僕に言うのか。それが嬉しくない訳ではなかったが、僕は堪らずに疑問を感じてしまう。だが直後ロックスさんはまた人の良い陽気で爽やかな笑顔を浮かべると同時に、僕に訊ねる。
「さてさて。そろそろ俺たちの話だけでなく、お前の話も聞きたいな。……色々あったみたいだしな」
「……ええ。この短い間で、色々起きました。本当に、色々」
そうして今度は僕が話をする番となった。当然、その話は先輩関連が殆どだった。
先輩が『厄災』の一柱を討ったこと。先輩が非力で、そして無力な少女になってしまったこと。それから奔走しては苦労の連続に阻まれ立ち止まってしまっていること────ここ僅か数日で起きた出来事の全てを、僕は包み隠さずロックスさんに話した。
そして一通り話し終えてから、僕は自嘲気味になって続ける。
「情けないですよね。
今の今までずっと拭えず消し去れないでいる
だが、それを受け止めたロックスさんが返したのは──────
「いやあ、にしても信じられねえわ。まさかあのラグナがあんな可愛い女の子になっちまうだなんてなぁ」
──────という、話の流れを完全に断つ一言であった。
「…………え?」
予想外も予想外の、想像の範疇から逸脱し切ったロックスさんの返事に、僕は堪らず困惑の声を漏らしてしまう。そしてそんな僕の様子などお構いなしに、ロックスさんがさらに続ける。
「ところでよ、こいつは大事な話なんだが……ウイン坊。お前の話が正しければ、お前は今この女の子になっちまったラグナと一つ屋根の下の甘々同棲生活送ってんだよな?」
「えっ?あ、えっと、そ、そうですね。今の先輩では以前まで住んでた
困惑のままに、とりあえず僕がそう答えると。ロックスさんはそうかそうかと呟き何度も頷いてから、今の今まで見たことのない程の、やたら真剣な顔つきになった。
──え、本当に何だ何なんだ?ロックスさんにとって、僕は何かまずいことをしでかしてしまったのか……!?
思わず身構えた僕に、その真剣な顔を保ったまま、ロックスさんは小さな声で恐る恐る僕に訊ねた。
「今のラグナって、何カップだ?」
──…………………は?
僕の思考が、一面真っ白な更地と化す。ロックスさんの言葉を、僕はすぐに理解することができなかった。
カップという単語を聞いて、僕がまず頭の中で思い浮かべたのは
それに……『何』カップとはどういうことだろう。もしやロックスさんはカップの個数について訊ねている?いやだとしても何故今?しかもそれを僕に?考えれば考える程に、訳がわからなくなっていく。
そうしてあらぬ方向に思考が突き進み、結果沈黙していた僕を見兼ねたのか。痺れを切らしたロックスさんが仕方なさそうにこう言った。
「おいおいウイン坊!お前もういい歳の男だろ?いちいち皆まで言わないと伝わらねえのかぁ!?俺ぁパイオツのこと訊いてんだよ!ラグナのボインのサイズは一体幾つよ!?」
僕の頭の中の、真っ白な更地となっている思考に。必死に紡がれたロックスさんの言葉が点々と浮かび刻まれる。そしてそれらを僕は呆然と心の中で復唱する。
──パイ、オツ……?ラグナの、ボイン……?
幸運か、それとも不幸か。それらの単語は僕にとある風景を想起させた。
『あ……破けちまった』
『髪洗うの手伝ってくんね?』
『クーラーハー?』
その声と共に脳裏を過ぎるのは、一切の穢れを知らぬラグナ先輩の裸体。そして豊かに実り揺れる二つの──────
「い、いや知りませんよそんなことっ!?」
──────というところで、僕は我に返り、あまりにもあんまりで下世話なロックスさんの問いを切って捨てた。が、しかし。
「いやいや知らないってことはないだろ。だってお前ら二人同棲してんだろ?だったらもう裸の一つや二つくらい見てんだろ」
「そんな訳っ……」
ロックスさんの言葉を即座に否定しようとした僕だったが。そう言われて、再度脳裏を過ぎる肌色の光景を前に、頬に一筋の冷や汗を流し言葉に詰まってしまう。そんな僕の様子を見たロックスさんは、嘆息混じりにこう言う。
「何だよやっぱり見てんじゃねえか。で、どうだった?俺はウイン坊と違って実物を直に見た訳じゃねえから断言し兼ねるが……新聞の写真からしてDはあるんじゃないかと睨んでるんだがな、あれは」
顎に手を当てながら、一体何故そんなにもなれるのかと不思議に思う程の真剣な表情で。下世話極まる推測を添えながら、ロックスさんは再度僕に訊いてくる。当然、そんな問いかけに僕は答えず、相手が誰であるかも忘れて声を荒げた。
「そ、そんなことわかりませんよっ!」
「何ぃ?わかんないだあ?……はぁぁぁ。全く同じ男として情けないぜ、ウイン坊。そんな風だと、未だに童貞か?お前」
「どッ……!?そ、そうだとしても問題ないでしょうッ?」
「大ありだ。俺なんかお前の歳にはとっくのとうに……いや、この話は今は捨て置くか。まあ、とにかくだ。詳しい話はまだ聞いちゃいないが……ラグナは性別が変わっただけじゃ飽き足らず、何故だか若返りもしちまったんだろ?」
話題の方向性が胸から変わったことに、僕は未だ困惑しつつも一先ずは安堵する。そしてロックスさんの言葉を肯定する為に、首を縦に振って続けた。
「はい。これについても原因らしい原因はわかっていませんが……」
ちなみに補足させてもらうと、『世界
「ああ、だよな。そうだよなぁ……うんうん」
そう呟き、何やら意味ありげに何度も頷くロックスさん。彼のそんな様子に、僕は嫌な予感を覚えられずにはいられなかった。
そしてその外れてほしかった予感は、見事的中してしまうのだった。
「てことはだ、将来有望って奴だな。何だって恐ろしいことにまだまだ成長途上の十代だ。きっと今以上に育っちまうな、ありゃあ」
言いながら、ニヤニヤとした笑みと共に自分の胸の前で、両手を大きく上下させるロックスさん。……僕はもう、絶句するしかないでいた。
と、その時。不意に背後から声をかけられた。
「悪りぃ、クラハ。待たせた」
それは紛れもなくラグナ先輩の声で。唐突なその声音に、僕は堪らず肩を跳ね上げさせてしまった。
「は、はいっ!?」
そしてそのまま振り返る。当然、そこには先輩が立っていて。呆気に取られたような表情を浮かべ、僕のことを見つめていた。
「クラハお前、何で声かけられたくらいでそんな驚いてんだよ?それでも男かー?」
そう言って、まるでこちらを揶揄うようにころころと悪戯っぽく笑う先輩。対して、僕は情けなくも動揺したまま、ぎこちなく口を開いた。
「い、いや。えっと、その……」
特に疚しいことは一切していないというのに、僕は言葉を詰まらせてしまう。それと同時に無意識の内に視線を泳がせ────突如として、先程のロックスさんの言葉が僕の脳裏に浮かび上がる。
『今のラグナって、何カップだ?』
『新聞の写真からしてDはあるんじゃないかと睨んでいるんだがな、あれは』
『きっと今以上に育っちまうな、ありゃあ』
──…………。
そして気がつけば、僕の視線は先輩の胸に注がれていた。
ラグナ先輩の低い背丈に些か釣り合わない大きさのそれは、その存在感を充分に、遺憾なく放っており。否応にもこちらの視線を捕らえて離してくれない。
見てはいけないと思う程、強固に。意識してはいけないと思う程、強烈に。
先輩の魅惑の果実は実に魔性的で、危険で──────
「す、すみませんっ!何でもないです大丈夫ですっ!!」
「はあ?……まあ、別にいいか」
そこで正気を取り戻した僕は、先輩から視線を顔ごと逸らし、何の根拠もなく勢いだけでそう言ってしまう。僕のそんな返事に当然先輩は納得できないように返したが、一瞬だけ押し黙ったかと思えば、渋々といった様子でそう加えた。
──恨みますよロックスさん……!
口にはそう出さず、心の中で呟く僕を他所に、先輩は座るロックスさんに気づき、少し驚いたように彼に言葉をかけた。
「ロックス?お前帰って来てたのか?」
「おう。半年ぶりだな、ラグナ」
僕の時と同じのように、気さくな様子で先輩にも挨拶するロックスさん。それからしみじみと呟くようにして彼が言う。
「にしてもお前……半年会わない内にとんでもない美少女になっちまったなあ」
遠い目をしながら先輩のことを見つめ、そしてそのしみじみとした雰囲気のまま、ロックスさんは続けた。
「どうだ?十年後辺りにでも、俺と一杯付き合わないか?」
「ふざけんな」
平然と紡がれたロックスさんの口説き文句を、欠片程も慌てふためくことなく一切動じずに、ただ冷静にそう一言鋭く切り返す先輩。そんな二人のやり取りを僕は呆然と傍観するしかないでいた。
ジト目になった先輩に睨めつけられながら、ロックスさんはフッと妙に何処か腹立たしい薄ら笑いを浮かべて。
「ほんのちょっとした
「本気にしてねえよ」
「まあまあ。そう照れるなよラグナ」
「照れてねえよ」
──何だこの会話……。
思わず呆れる僕を他所に。そこでふと唐突にロックスさんがその表情を真剣なものへと一変させ、その全身から異様な雰囲気を放つ。
──ど、どうしたんだロックスさん……?こんな、急に……!
正真正銘、それは戦士の雰囲気。数え切れない修羅場を渡り、幾つもの死線を潜り抜けた、強者の威圧。
そんな雰囲気を身に纏ったロックスさんだが、彼の眼前に立つ先輩の様子は変わらない。流石と言うべきか、当然と言うべきか。かつての天地無双の強さを失えども、そこはラグナ先輩だった。
「ラグナ。冗談はさておいて、だ。……ここからは
その言葉通り、ロックスさんの言葉は真剣そのものだった。厚みと重みがそこにはあった。対して先輩は無言で、そして何とも言えない無表情を浮かべていた。
数秒の間を置いて、ただ一言。ロックスさんは呟いた。
「ラグナ────お前のボイン、俺に揉み
ゴッ──その時、先輩の拳と僕の拳がロックスさんの顔面を打つのは、全く同時のことだった。