ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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DESIRE────局面

 サクラとフィーリアがそれぞれの敵と対峙する少し前、ラディウスの外れにある、今では寂れてしまった港にて金色(ラディウス)の怪物は独り静かに佇んでいた。

 

 怪物──ギルザ=ヴェディス。彼はただ、目の前に広がる輝ける街を眺める。

 

 ──相変わらず汚ねえ街だ。

 

 そう心の中で呟いた時だった。遠くの方から誰かがこちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。

 

 その足音にギルザは目を向ける。視線の先にいたのは、つい二日前組織の部下にした男──オグヴ兄弟(ブラザーズ)の片割れ、兄のバンゼンであった。

 

 バンゼンは息を切らしながら、必死にこちらまで辿り着くと、息を整えながら話しかけてきた。

 

「ボ、ボス……や、約束通り、拐ってきましたぜ……」

 

 そう言うバンゼンの背には、一人の少女が眠っていた。燃え盛る炎のように鮮烈で、煌びやかな赤髪に白いリボンを結びつけた少女が。

 

 その少女を見て、ギルザがほんの僅かに口角を上げた。

 

「よくやった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港には一隻の船があった。無論、ギルザが所有するものである。

 

「運び終わりましたぜ、ボス」

 

 船内に気を失ったままの少女──ラグナを運び終えたバンゼンが甲板にへと出てくる。ギルザも甲板の上に立っており、未だ遠くから街の豪奢絢爛な景色を眺めている。

 

「安心してくだせえ。ちゃんと縛ってありますから逃げ出す心配もありやせん。まあどの道海に出ちまえば逃げようがありませんがね」

 

「そうだな」

 

 バンゼンの方に、ギルザがゆっくりと振り返る。彼の顔を目にして、思わずバンゼンは身体を強張らせ冷や汗を流す。

 

 ──こ、怖え……!

 

 バンゼンも裏社会に身を置く者だ。彼とてそれなりの修羅場だとか、そういう(・・・・)経験は伊達に積んではない。ないが、それでもギルザが放つ圧はそんな彼を怯えさせるには充分なほどに邪悪で、そして醜悪だった。

 

 恐らく無意識なのだろうが、彼は常に纏っているのだ──昏く淀み濁った殺意を。

 

「バンゼン。お前は俺の言うことに従い、俺の仕事を真っ当にこなしてくれた。そこに関して、俺は嘘偽りなく感謝するぜ」

 

「へ、へい……!」

 

 確かに言う通り、その言葉には嘘も偽りもない。心の底からの言葉。それを聞いて、思わずバンゼンも口端を吊り上げる。

 

 そんな彼に対して、ギルザは続ける。

 

「本当にありがとな。お疲れ様」

 

 そして、まるで煙草を取り出すかのように自然な手つきで、ギルザは懐から拳銃を取り出し、なんの躊躇いもなくその銃口をバンゼンに向け、あっさりと引き金を引いた。

 

 パンッ──寂れたラディウスの港に、一発の銃声が響き渡る。

 

「………………え、は……?」

 

 つぅ、と。バンゼンの口端から血が伝い、甲板に落ちる。撃たれた胸を押さえながら、彼はよろよろと後ろに下がり、そして甲板から海に落ちた。

 

 バシャンッ──その音を最後に、港は再び静寂を受け入れる。

 

「金で作った特別製の弾丸だ。それがお前の退職金さバンゼン」

 

 拳銃を懐にしまい、ギルザは踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぅ…ん…?」

 

 重く粘つく微睡みの中から、這いずり出るようにしてラグナの意識は覚醒した。直後、ずきりと酷い頭痛が彼女を襲う。

 

「いっ……た…」

 

 思わず頭に手をやろうとして腕を上げようとしたが、できなかった。遅れて両腕が縄のようなもので縛られているのだと気がつく。なのでほぼ無意識に足を動かそうとしたが、同様だった。

 

 ──チッ……。

 

 今、どうやら自分は壁にもたれかかるようにして座っている姿勢らしい。視界は暗く、ここがどこなのかもわからない。部屋の中だということは辛うじてわかるのだが。

 

 頭痛はまだ続いている。それにまだ眠気もしつこく残っており、こうして起きているのも辛い状態である。と、その時だった。

 

 カツン──向こうから、階段を下りる足音が響いてきた。

 

 ──だれ、だ……?

 

 やがて足音は階段を下り終えて、真っ直ぐこちらに近づいてくる。そうして──足音の主は、ラグナの目の前にまでやってきた。

 

 滲み歪むラグナの視界に映ったのは、黒スーツの男。凶悪な笑みを携え、口端から僅かに覗かせる牙と見紛うほどに鋭い歯が凶暴さを醸し出す。

 

 その顔を見て、ラグナは思い出した。

 

「……ギル、ザ……!」

 

 見間違えるはずもない。その男は写真の男、今回の依頼(クエスト)標的(ターゲット)──ギルザ=ヴェディスであった。

 

 ギルザはゆっくりと腰を低く下げ、ラグナの顔を覗き込みながら彼女に話しかける。

 

「はは、お目覚めかい?可愛いお嬢さん」

 

「…………る、せ」

 

 相変わらず酷い頭痛は続いている。それに意識も混濁とし始めており、口を開いて声を絞り出すことすら今のラグナには困難なことだった。

 

 それを知ってか知らずか、依然として薄気味悪い笑みを浮かべてギルザは話しかけ続ける。

 

「写真を見た時から気に入っていた。俺がこんな感情を抱くのは数年ぶりさ。それだけお嬢さんは魅力的で、魔性的だよ」

 

 そう言ったかと思えば、ギルザはラグナの口元に手を伸ばした。ギルザの無骨な男の指先が、ラグナの薄い桃色の唇にへと近づいていく。徐々に、徐々に。

 

 そしてそれにラグナが気づいたと同時に、ギルザの指先は到達した。

 

「むぁ、ぐっ」

 

 慌てて反射的にラグナは口を固く閉ざそうとするが、もう遅い。ぐちゅ、とギルザの指先がラグナの口腔に無理矢理侵入してくる。

 

「安心しな。俺は優しいからよぉ……すぐには壊さねえよ」

 

 ぐちゅぐちゅ、ぐりぐりぐちゅり。ラグナの柔い口腔を、ギルザの指先が掻き回す。無遠慮に、犯していく。

 

「ふぁ、ん、ぐぅ……!」

 

 口腔を好き勝手にされる不快感にラグナは必死にギルザの指先を追い出そうとするが、構わずギルザの指先は蹂躙を続ける。

 

 ラグナの舌先の感触をギルザは存分に楽しみ、そしてじっくりと味わう──その途中だった。

 

 ガリッ──不意に、ラグナの口からそんな異音がした。

 

「…………」

 

 ギルザが、ほんの僅かに愉悦の笑みを歪ませる。それからゆっくりとラグナの口腔から己の指を引き抜いた。

 

 ギルザの指先からは、血が流れていた。その自分の指の様を、ギルザはじっと眺める。

 

「ざま、ぁ…みろ、へん……たい、やろ」

 

 そんな彼に対して、未だに上手く回らない呂律でラグナが罵倒する。

 

「おま、え……は、ここ…で、おわり、だ。お……まえ、なん…か、クラ、ハが……つかま、え……るんだか、らよ…」

 

 そう言って、ラグナはキッとギルザを睨みつける。対し、ギルザが己の指から彼女に顔を向ける。そこにあったのは──悍ましさに満ち溢れた、凶笑であった。

 

「俺がここで終わる?ほざくな玩具が」

 

 血と唾液に濡れた指先を突きつけて、怒りとも笑いともつかぬ震え声で続ける。

 

「いいかよく聞け。俺はここから登り詰めるんだ頂点に。誰にも縋らせない頂点に。不安を抱く必要もない恐怖に怯えることもない唯一の頂点にだ。その俺が、こんな場所で終わる訳がない!」

 

 そう言って、ギルザは再び手を伸ばし──ラグナの髪に結ばれていた白いリボンを剥ぎ取った。

 

「あっ……そ、れ…!」

 

 返せ、と。ラグナは叫ぼうとしたが、先に限界が訪れてしまった。気丈に開かれていた瞼が、静かに閉じていく。

 

 ギルザはその様子を見て、踵を返した。

 

「覚えておけ。お前は念入りに徹底的に躾けてやる。下品で最高に最低な雌犬に、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び甲板にへと出たギルザ。先ほどから彼は感じ取っていた。謎の、気配を。

 

 それを確かめるために船内から出た彼の視界に、真っ先に映り込んだのは────

 

 

 

「あなたがギルザ=ヴェディス……ですね?」

 

 

 

 ────若き青年の冒険者(ランカー)の姿だった。

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