ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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DESIRE────三刃鞭

「あなたがギルザ=ヴェディス……ですね?」

 

 そう慎重に、僕は船内から出てきた男に訪ねる。対して男はなにも返さなかった。

 

 ここはラディウスにある港。街の発展につれて利用される機会が少なくなり、そして遂には寂れてしまった港だ。

 

 ──情報通りだった……。

 

 懐にしまってあるサクラさんから渡された領収書(レシート)を意識しながら、僕は心の中でそう呟く。ということは、やはりあの情報も本当のことなのだろう。

 

 ギルザ=ヴェディスが、この街から出て『エデンの林檎』の密売に手を染めようとしているという、情報。

 

 ──なら、ここで絶対に捕まえなければ……!

 

 僕がここで彼を逃せば、サクラさんの言っていた通りギルザは手のつけようのない、裏社会の怪物となってしまう。それほどに彼がやろうとしていることは莫大な利益を生み出す行為であり、また甚大ではない被害をも生む行為でもあった。

 

『エデンの林檎』──以前にも説明した通り、特級有害物質と見做されている違法物である。魔石に限りなく近い鉱石で、人体にとって極めて有害なものであると同時に、粉末摂取などすることによって一時的な身体能力の向上、魔力の上昇という恩恵を受け入れられる。

 

 しかし、その後に待っているのは──確実な死だ。『エデンの林檎』とはそれほどまでに危険で、そして魅力に溢れていた。

 

 過去の戦争でもその効能が評価され、使い捨ての兵士たちによく使われていたのだという。敵国の戦力も減らせて、かつ余分な自国の兵力も調整できる──今では戦争などという手段はもう取られることがないが、それでも『エデンの林檎』には需要がある。

 

 そんなものの密売など、絶対に許す訳にはいかない。確固たる意思の下に僕が男を睨むと、ようやくその閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

 

「仮にそうだとして、それを知ってお前はどうする?俺を捕まえようって魂胆か、冒険者(ランカー)?」

 

「その通りです」

 

 間髪を容れずそう答えると、男は再び黙ってしまった。かと思えば顔を手で覆い、それから呻くようにして微かに、笑い始めた。

 

「ハハハ……そうか、そうかそうか」

 

 そして、指の隙間から眼光を僕に突き刺した。

 

「身の程知れよ小僧。お前にそんなことできやしない」

 

 瞬間、ギルザから泥のような殺意が溢れ出した。それは瞬く間に僕の全身に纏わりつき、ドッと冷や汗が滲み出てくる。

 

 初めて味わう、感覚だった。魔物と相対するのとは違う、にじり寄ってくる恐怖。それに思わず僕は生唾を飲み、少しだけ後ろに下がってしまう。

 

 そんな僕を嘲笑うかのようにギルザが言う。

 

「殺すぜ。どうやってこの場所を突き止めたのかは知らねえが、俺の顔を見たからには死んでもらう必要がある」

 

 そして彼は一歩前に踏み出す。月明かりに照らされ、見え難かったギルザの全身が露わとなり──そこで僕は初めて気づいた。

 

 背筋が、凍った。途端に早鐘を打つ心臓を必死に抑える。

 

「そ、それ……一体、どこで……?」

 

 震える声でそう言いながら、僕がギルザが握り締める──先輩にプレゼントとして買った白いリボンを指差す。すると彼は自分が握るそれに視線をやった。

 

「ああ、これか?気にすんな蒐集癖さ。お前のお仲間の赤髪のお嬢さんからちょいと拝借させてもらった」

 

 それを聞いて、思わず僕は全身に力を込めた。

 

「先輩はどこですか」

 

 どう考えても、この男は先輩と接触している。その性格からして、リボンを奪い取るだけで済ませるはずがない。

 

 サクラさんに頼まれてすぐ出てしまったとはいえ、先輩の身に関してなにも考えなかった自分を殴り飛ばしたい衝動を抑えながら、そう訊ねたが──ギルザはまるで意味がわからないような表情を僕に向けた。

 

「先輩だと?……まさか、あの赤髪のことかぁ?」

 

「そうです」

 

 するとギルザは呆気に取られたような表情になって、それから少し経って、盛大に笑い始めた。

 

「ヒャハハハッ!こいつは傑作だぜぇおい!先輩だと?あんなのがお前の先輩なのか?馬鹿言ってんじゃねえよ、先輩ってのは敬うべき人物に対して使う言葉だぞ?どうしたらあんなのが先輩になるんだよ。おかしくて腹ァ痛えよ!」

 

 そう言って、ギルザはさらに勢いを増して笑い続ける。その何処までも人を馬鹿にするような笑い声が、僕の鼓膜を喧しく叩いてくる。

 

 思わず、拳を握り締めた。それも血が滲むほど、強く。沸々と煮え滾る怒りを必死に抑えながら、僕は口を開いた。

 

「笑うな」

 

 その声は、震えていた。怒りに震えているのが、丸わかりだった。僕のその言葉に、ピタリとギルザの笑いが止まった。

 

「…………いいか、よく聞いとけよ小僧」

 

 笑うのを止めたギルザは、口元を歪ませ僕に言い放った。

 

「あんなのはな、先輩なんかじゃあねえ。あんな雌は野朗共に使い回されるのがお似合いな──畜生以下の性処理玩具なんだよ」

 

 瞬間、僕の頭の中でなにかが、音を立てて切れた。

 

 ダッ──腰に下げた鞘から剣を引き抜き、僕はギルザに向かって一直線に駆け出す。そんな僕を彼は嘲笑った。

 

「馬鹿が」

 

 そう言って、ギルザが宙に手を翳し──そして振るった。一見すれば意味がわからない行動だったが、その瞬間僕の本能が退けと全力で警鐘を鳴らした。

 

 得も言われぬ悪寒を抱きながら、半ば無意識にその場から一歩後ろに跳んで下がる。が、遅かった。

 

 ブシュ──肩に激痛が走り、生温い液体が腕を伝う。視線をやれば、肩の肉が抉られたように袖ごと切り裂かれていた。

 

「ほお。感情なんかに流される馬鹿かと思ったが……どうやら違ったらしいな」

 

 予想だにしない傷口に、戦慄し口を開けないでいる僕にギルザが感心するように言ってくる。

 

「あのまま突っ込んでたら、死んでたぜ?小僧」

 

 ニヤニヤと笑いながら、甲板に佇むギルザ。その時、僕は気がついた。彼の右手が、なにかを握り締めていることに。

 

 リボンと違って、月明かりに照らされていても目を凝らさなければ見えないだろう。それは夜闇に紛れるようにして、ギルザの右手から伸びていた。

 

 僕の視線に、ギルザがわざとらしく右手を軽く振るう。ジャラジャラと鎖のような音が鳴った。

 

「せっかくだぁ、教えてやる。こいつが俺の得物──

 

 ジャララッ──勢いを強めて、ギルザの右手が振るわれる。するとやはり鎖が擦れ合うような音が周囲に鳴り響いて、ギルザの足元が三箇所同時に切り裂かれた。

 

 ──『三刃鞭』さ」

 

 そこで、初めてギルザが持つ得物──『三刃鞭』の全容が僕の視界に映る。

 

 それは、サクラさんの得物である刀の柄に似た持ち手からそれぞれ三条に伸びる、矢尻のような刃が無数に連なった異質な剣であった。

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