ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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DESIRE────VSギルザ(前編)

「肩痛いだろ。敢えて切れ味鈍くしてるからなあ」

 

 凶悪な笑みと共に、己の得物──三刃鞭を軽く振るうギルザ。その度に三つ六つと彼の周囲が傷ついていく。

 

 ──間合いが広過ぎる……!

 

 三刃鞭。矢尻のような刃物が無数に連なり一条を成している武器。その名の通り、持ち手からは刃の鞭が三本伸びている。

 

 少なくとも僕は見たことも聞いたこともない武器だった。恐らく、ギルザの特注品(オーダーメイド)なのだろう。

 

 三本の鞭それぞれがかなりの長さであり、それからわかる通りその間合いはとんでもなく広い。先ほども回避したつもりだったが、肩を掠めてしまった。

 

 剣を構え、僕はギルザの様子を窺う。……しかし、彼が自分から動く気配はない。依然として凶悪な笑みを浮かべたままそこに立っているだけだ。

 

 このままでは埒が明かない──だから、意を決し僕は身体を前に傾けた。

 

 ──さっきは握っているのが見えなかったから完全には躱せなかった。今度は見えてる、躱せるはず……!

 

 再度ギルザに向かって僕は突っ込む。するとやはりさっきと同じように彼は右手を振るった。

 

 ビュン──三刃鞭が大気を裂き、宙を舞う。まるで蛇のように蛇行しながら、しかし三本全てが確実に僕の方に向かってくる。

 

 ──見える。躱せる!

 

 予想していたよりも、三刃鞭は軌道こそ複雑だったが肝心の疾さはそこまででもない。サクラさんの抜刀と比べたら雲泥の差だ。

 

 こんなの簡単に躱せる──確信を以て、僕は三刃鞭の斬撃を掻い潜り、回避し切った。

 

 ──よし!

 

 後はこのままギルザとの距離を詰め終えるだけ────そう、思った直後だった。

 

 

 

 ザシュ──右足に、焼けるような激痛が走った。

 

 

 

「ぐ、あ?」

 

 堪らず足が絡れ、僕は危うく転びそうになるが寸でのところで体勢を持ち直す。しかし今度は左腕に同じ激痛が走る。

 

「あがっ…!」

 

 右足と左腕から発せられるその痛みに、思わずぐらりと視界が揺れる。一瞬だけ意識が遠のいたが、すぐさま頭を振って取り戻す。

 

 目の前を見れば、ギルザが笑っていた。それは人が踠き苦しむ様を見て愉しむ、外道の笑み。彼が右手を返すようにして小さく振るっていることに気づき、瞬間怖気を感じて咄嗟にその場から転がるようにして離れた。

 

 ザシュ──僕が立っていた場所に、抉り切ったような傷ができた。

 

「勘が良いなあ。あと少し遅かったら背中に一生モンの傷ができてたぜぇ?」

 

 息を荒げている僕に、ギルザが馬鹿にするような声音でそう言ってくる。それから彼はまだ続ける。

 

「俺の三刃鞭はなぁ、一回躱したくらいじゃ無意味なんだよ。こうやって手首を細かく返せば、軌道なんざいくらだって変えられるからなあ」

 

 言いながら、ギルザは三刃鞭を何度か振るう。その途中で手首も何度か返し、言った通りその軌道を変幻自在に操っていた。

 

「…………」

 

 その光景を見て、僕は絶句するしかなかった。三本の刃の鞭が、縦横無尽に宙を舞っている。たとえ初撃を躱したところで、鞭が軌道を変えてこちらを追尾してくる。

 

 一本だけであったらなら、せめて一本だけであったらならまだ躱し続けることは可能だっただろう。しかし、ギルザが操るのは三刃鞭──三本の刃の鞭だ。一本をどうにかしたところで、二本が残っている。

 

 それに、場所も悪かった。甲板という限られた空間で、あの間合いの広さは驚異過ぎる。せめてここが市街地だったなら、建物なり遮蔽物なりでなんとでもなったことだろう。

 

 ……いや、なによりも驚愕すべきなのは、あのような武器を容易く扱えるギルザ自身の技量だ。少なくとも僕には無理だ。

 

 ──…………やっぱり、あの(・・)情報も本当なのか。

 

 サクラさんから渡された紙には、ギルザ=ヴェディスに関する情報が記されていた。彼がこの街を捨て、『エデンの林檎』の密売に手を染めようとしている企みも──そして彼の過去(・・)

 

 にわかには信じ難い情報だった。それを事実として考えても、何故彼が自ら進んでこんな世界に足を踏み入れたのか、僕には全く理解できなかった。

 

 ギルザ=ヴェディス──彼は、何故ここまで歪んでしま(・・・・・)ったのだろうか(・・・・・・・)

 

「そんなとこで考え事かい?んなことしてっと、死んじまうぞお?」

 

 馬鹿にしたような声に、ハッと顔を上げる。眼前には、既に刃の鞭が迫っていた。

 

 頭で考えるよりも先に顔を引く。刃が僕の顔面を触れるか触れないかの超至近距離で、前髪を数本巻き込みながら通り過ぎた。

 

 髪を無理矢理引き抜かれる痛みを無視して、慌ててその場から跳び退く。しかし、また遅かった。

 

 ザク──鎖骨付近の肉を、二本の鞭が抉り取る。

 

「ぐあぁっ!」

 

 港に僕の苦悶の叫びが響き渡る。あまりの激痛に、また意識が飛びかけたが、なんとか堪えた。

 

 剣を握る手が重い。呼吸をしても息苦しい。四肢から伝わる熱さと激痛に涙が出そうになる。

 

 なんとかギルザから距離を取れたが、もう僕の身体は満身創痍だった。三刃鞭が負わせる傷はかなり凶悪で、出血が全く止まらず止血も容易ではない。この出血量は──まずい。

 

 ──なんとかしないと。僕がなんとか、この男を捕まえないと……!

 

 最悪、ここにサクラさんかフィーリアさんのどちらかが合流できる時間さえ稼げればいい。だから、なんとしてでも────

 

 ガクンッ──そう思った直後、僕の膝が崩れ落ちた。

 

「あ……?え……?」

 

 慌てて立ち上がろうとするが、膝に力が全く入らない。それどころか腕からも瞬く間に力が抜け落ちて、甲板にへと剣を落としてしまう。

 

 突如として訪れた身体の異変。困惑することしかできない僕に、ギルザは笑いながらこう言った。

 

「やっと回ってきたみたいだなぁ。本当なら一度掠ったらそこでお終いだったんだが……まあ、お前は頑張ったよ。小僧」

 

 言いながら、ギルザが僕との距離を詰めてくる。三刃鞭の間合いに入るよう、僕に近づいてくる。

 

 ──動け。動け、動け動け動け動け動け動け……!!

 

 そう心の中で何度も呟きながら、僕は立ち上がろうとする。だが虚しくも身体が意思に応えてくれることはなかった。

 

 それでも。無理矢理にでも動こうとして────

 

「じゃあな。死ね」

 

 ザグッ──その前に、三刃鞭の刃が僕の首を抉り裂いた。

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