ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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「……その、先輩」

 

「ん?何だ、クラハ?」

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』を出て少し経った後、人混みに紛れつつも街道を先輩と共に歩く僕は、躊躇いを消せずも意を決して、先輩に訊ねた。

 

「本当に、良かったんですか?いくらロックスさんでも、あんな発言……言葉は」

 

 言いながら、僕の脳裏にロックスさんの言葉が過ぎる。彼が先輩に対して言った、数々の言葉を。

 

『にしてもお前……半年会わない内にとんでもない美少女になっちまったなあ』

 

『どうだ?十年後辺りにでも、俺と一杯付き合わないか?』

 

『ラグナ────お前のボイン、俺に揉み(しだ)かせてくれ』

 

 ……誰がどう聞いても、弁明も擁護の余地すらない性的嫌がらせ(セクハラ)発言の連発。しかもこれら全ては先輩へ向けられた訳で。勿論女性に対しても大問題だが、何より先輩は、元々は……。

 

 ──ロックスさんだって、知っていたはずだ。わかってたはずだ。なのに、あんな……!

 

 だからこそ、僕は許せなかった。いくらロックスさんといえど、言っていいことやっていいことがある。そして彼の発言と行動は、明らかにそれから大きく逸脱していた。

 

 ……だというのに、当の先輩といえば────

 

『俺は特に気にしてないから別にいい』

 

 ────と、その言葉通り大して意に介せず、全く気にも留めていない風だった。まあ、相手が他の誰でもないロックスさんということもあったろうし、先輩自身気にしていないというのも嘘なんかではなく本当のことなのだろうが……僕としては、複雑な心境にならざるを得なかった。

 

 ──僕はともかく、先輩は怒るべきじゃなかったのか……?

 

 そんな疑問を、抱かずにはいられなかった。そしてそれを心の奥に押し込めて留められる程、僕は気丈ではない。だからこうして、先輩へ向けて吐露してしまった。

 

「…………」

 

 僕の問いかけに対して、先輩はすぐに答えを返すことはなかった。数秒の沈黙を挟み、仕方なさそうに嘆息しつつ、先輩はその口を開き僕に言った。

 

「あん時も言ったけど、俺は気にしてねえよ。ロックスは昔からあんなんだし、それにあいつが自分で言ってた通り、ただの冗談で、別に本気って訳じゃなかったんだろうしなー」

 

「そ、それは……そうだと、思いますけど……」

 

 先輩は器が大きい。並大抵のことであれば、このように全てを水に流してくれる。……流してしまう。

 

 そこが先輩を尊敬できる部分の一つでもあり────そして僕が引っかかる部分でもある。

 

 器が大きい先輩と違って、僕はそうではない。たぶん人並み程度の器でしかない僕は、どうしてもそうですねとは飲み込めない。……許容することが、できないでいる。

 

 あくまでもその悪意が僕自身に向けられたものであれば、別に構わない。だがそれが先輩に対してというのなら、話は変わる。見過ごせない、許せない。

 

 たとえ先輩がいいと言っていても。許すとあっけらかんに笑っていても。僕はそうはいかない。

 

 ──……こればっかりは、幾つ歳を重ねても駄目だ。

 

 先輩の返答に良い顔を浮かべることができず、僕は苦悩する。決して先輩が悪い訳でもないのに、怒りを毛程も抱こうとしないこの人に対して、何を呑気にと憤りを覚えてしまう。

 

 人並み程度の器でしかない僕は、矮小で、そして嫌な人間だ──────

 

「……あー、でもそうだな」

 

 ──────己が心の汚さを自覚していると、不意に先輩がその場に立ち止まって。そう言いながら、僕の方に振り返った。

 

 

 

「もしお前があんなことほざいたら、俺本気(マジ)でキレるから」

 

 

 

 続け様に言葉を紡いだその声音は、真剣そのものだった。

 

 ──……!

 

 堪らず、僕は息を呑んでしまう。その時浮かべられていた先輩の表情が声音同様に真剣で────あまりにも美しかったから。

 

 天真爛漫として、あどけなさが目立つ可愛らしいその表情は、今やがらりと一変しており。今の今までずっと浮かべていたそれはまるで嘘だったかのように、残酷な程に凛々しく大人びた────翳りあるものへと変貌していた。

 

 スッと細められた真紅の瞳はこちらを試すような眼差しを帯びており、それは真正面から真っ直ぐに僕を射抜く。

 

 何も言えなかった。口が開けなかった。今この瞬間、僕の周囲の時間が止まったかと錯覚する程に静かで、それが先輩のその表情と眼差しに僕が惹き込まれていた結果なのだと、呆然としている意識の中で他人事のように理解した。

 

 時間にして、僅か数秒のことだったのだろう。だが僕にとってはこの上なく長い瞬間だった。

 

「なーんて、なっ。お前にそんなこと言う度胸ある訳ねえもん」

 

 という、先程の真剣さなど微塵もありはしない、僕がよく知る声で。翳りなど一切存在しない、悪戯っぽい明るげな笑顔と共に先輩が言う。

 

 その豹変ぶりについて行けず、呆気に取られる僕に、その踵を返しながら先輩が続ける。

 

「てことでこの話題は終いだ。そんでもう出すな。いつまでもそこに突っ立ってないで、さっさと行くぞクラハ。俺腹減ってんの」

 

 言うが早いか、先輩は再び歩き出す。少し遅れてハッと僕は我に返り、その小さな背中が人混みの中に紛れてしまう前に、慌てて声をかける。

 

「せ、先輩!ちょっと待ってください!」

 

 そうして追おうと僕もその場から歩き出す────直前。

 

 

 

 

 

「待つのはお前だ」

 

 

 

 

 

 唐突に、そんな声が背後から聞こえた。

 

 ──え……?

 

 僕の記憶違いでなければ、その声には聞き覚えがあった。……僕にとっては忘れようのない声音であった。

 

 だがそう思うと同時に、ありえないと僕は否定する。何故なら、だってその声の主は──────

 

 

 

 ゴッ──現実逃避しかけた僕の思考は、突如後頭部を襲った衝撃によって強制的に中断され。そしてそれと同時に僕の意識もまた、為す術もなく刈り取られた。


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