『ガオアァ!』
ヴィブロ平原に一匹の獣が吠える声が響き渡る。その声の主は〝有害級〟の
レイジウルフは普段群れを成して狩りなど行っているのだが、今ここにいるのは一匹だけ。恐らく群れから逸れたか、それとも追い出されたのだろう。
レイジウルフはその名の通り凶暴で、気性が荒く率先して人間や動物、自分よりも弱い魔物に襲いかかり、そして食らう。
そんなレイジウルフが研ぎ澄まされた自慢の鋭い牙を、薄く開いた
〝有害級〟ではあるが、流石は狼の魔物。一般人なら目にも留まらぬ速さ──だが、僕からすれば遅い。
「気をつけてください先輩!今、レイジウルフは先輩の方に向かってますから!」
向こうに立つ先輩にそう注意すると同時に、得物である
だからといって、慢心を抱くなど以ての外だ。できる限りの警戒をしつつ、レイジウルフの姿を捉え続ける。一方で、僕から注意を受けた先輩は若干緊張しながら返事をする。
「お、おう!ま、任せとけ!」
そしてややぎこちなく、得物である純白の十字架剣を抜いた。十字架剣を構えた先輩に、ジグザグと左右に不規則に動きながら、レイジウルフが突っ込んでいく。
駆けるレイジウルフを、先輩は必死になんとかその琥珀色の瞳で捉える。やがて先輩とレイジウルフの距離は縮まり、そして────
『ガァッ!!』
────完全に詰め終える前に、レイジウルフが先輩を仕留めようとその懐目掛けて一気に飛び込んだ。……しかし。
「フッ…!」
その飛び込みはあまりにも単調で、以前の先輩ならばいざ知らず、今の先輩に躱せないものではなかった。飛びかかったレイジウルフを躱し、そしてそれと同時に先輩は、己の得物である十字架剣を振るった。
ザンッ──太陽に照らされ輝く白刃が、吸い込まれようにしてレイジウルフの首に叩き込まれたかと思うと、次の瞬間呆気なく、あっさりとその首を斬り落とした。
「……や、やったやったぞ!俺倒せたぁ!」
頭部を失くしたレイジウルフの身体が転がる側で、先輩が無邪気に飛び跳ねながら喜びの声を上げる。
「お見事です先輩!凄いですよ!」
出番もないまま役目を終えた長剣を鞘に収め、称賛の言葉をかけながら、僕は先輩の元に駆け寄る。そして軽いハイタッチを交わした。
「お待たせしました。『
言葉と共に、テーブルに注文した品が並べられる。頭を下げ、ウェイトレスがテーブルから離れると、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせながら先輩はパフェを自分の方に寄せる。
「うわ
期待の眼差しを送りながら、切り分けられた『桃雲実』と『桃雲実』で作られたフルーツソースがかかったバニラアイス、そして一口サイズのプチケーキをまとめてスプーンで掬い、小さな口を目一杯に開いて、それら全てを先輩は頬張る。
もきゅもきゅと口を数回動かしたと思えば、実に幸せそうにその顔を蕩けさせた。『桃雲実』のパフェ、随分とお気に召したようである。
それにしても、やはり女の子がスイーツを美味しそうに食べていると良く映える。たとえ元は男であると知っていても、だ。……まあ、こう思ってしまうのは先輩に悪いのだが。
目の前のパフェに夢中になっている先輩を眺めながら、僕は静かに視覚魔法──【リサーチ】を発動させる。
瞬間、僕の視界に滲み出すようにして、先輩の周囲に様々な情報が浮かび上がってきた。
『ラグナ=アルティ=ブレイズ:Lv24
生命値──D+
攻撃値──D+
防御値──E+
俊敏値──C
魔力値──EX
それらは文字通り、先輩の情報である。先輩の
……進んでいるのだが、それでも今の先輩の
最初はスライムに一撃で戦闘不能にさせられていたが、今では逆に一撃でスライムを倒せるようになったし、先ほどのレイジウルフのように、僕のサポートがあれば〝有害級〟の魔物(その中で弱い部類になるが)もなんとか倒せるほどだ。
いやあ、本当に感慨深いものだ。……本当に、先輩は成長している。剣の扱いも鋭く疾くなったし、このまま順調にいけば、もう僕のサポートなしでも〝有害級〟を倒せるようになるんじゃなかろうか。もしそうなってくれたなら今後のLv上げの効率もグンと跳ね上がることだろう。
そこまで思って、僕は──【リサーチ】を自分にへと使った。
『クラハ=ウインドア:Lv88
生命値──A++
攻撃値──A+
防御値──S
俊敏値──A++
魔力値──B+
【リサーチ】を他人にではなく、自分に使うとこのように、様々な情報が頭の中に浮かび上がる。
気がつけば、以前は80だった僕のLvも、いつの間にか88に上がっていた。能力値もかなり変化している。
……だが、僕としては少し複雑な気持ちだった。あともう少しで、僕はLv90に到達する。常人の、限界に達する。才能の有無が──わかってしまう。
むろん、自分がLv100になれる才などないことは薄々わかっている。わかっているが……いざその現実を突きつけられる時がもうすぐ来るかと思うと、どうしても複雑なのだ。
一週間前、フィーリアさんに誘われて、無人島にへとバカンスに向かった。その無人島での一日は、とても楽しい思い出となっている。
魔物に襲われたり、それをサクラさんが容易く屠ったり、海の遊びに興じたり。
そして、事情は省かせてもらうが、僕はその日に先輩に誓った。先輩が不安に思わないほどに、心配なんてしないくらいに強くなってみせると。
……そう、誓ってしまったから、より一層複雑に思ってしまう。僕の限界というものが、そう遠くないうちにわかってしまうことが────
──……いや、今はこのことについて考えるのは止めよう。
そう思い、僕は珈琲を一口啜る。適度な苦味が心地良い。この喫茶店に初めて訪れ、その時に飲んだ味と全く変わらない。だからこそ、僕はいつまでもこの珈琲を飲んでいられるのだろう。
「あー…むっ。……そういや、遅えな。もうそろそろ来る時間じゃねーの?」
珈琲を味わっていると、唐突にパフェを食べていた先輩が店内の時計に視線をやりながら、そう言葉を零す。言われて、僕は時計も見やると、確かに約束の時間が迫っていた。
「そう、ですね。遅れるということはないと思いますけど……」
僕と先輩はこの喫茶店に、パフェと珈琲をただ味わいに来た訳ではない。実を言うと、この喫茶店が待ち合わせの場所なのである。
一体誰なのかというと──
カランカラーン──と、そこで不意に来客を知らせるベルが、店内に鳴り響いた。
「ん」
少し遅れて、ゆっくりとした足音が近づいてくる。音がする方に視線を送ると、こちらの方に、今ではもうすっかり見慣れてしまった──サクラさんの姿があった。
「すまない。待たせてしまったかな──ラグナ嬢。ウインドア」
爽やかな笑顔を浮かべながら、そう僕たちにサクラさんは言葉をかけたかと思うと、次にこう訊ねてきた。
「時に訊くんだが二人は……幽霊屋敷に興味はあるか?」