ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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Glutonny to Ghostlady──二百年の屈辱と、五十年の復活

「私はヴェルグラト。魔界を統べる『七魔神』が一柱──〝暴食〟のヴェルグラト様だ」

 

 絶対的強者による威圧感に、慄き恐怖し固まるしかない僕に、禍々しく邪悪極まる魔力を放ちながら、玉座に座する男──ヴェルグラトは名乗った。対し、僕は口を閉ざし、なにも言えなかった。

 

 ──七、魔神……?

 

 魔界についてはともかく、それは全く聞いたことのない言葉だった。だが一つだけはっきりとわかるのは──この男、ヴェルグラトが僕たちにとって敵か、少なくとも味方ではないということ。

 

 彼が放つその魔力、かつてオールティアに襲来した滅びの厄災──『魔焉崩神』エンディニグルと同等、もしくはそれ以上だ。もしこんな存在が外に出ようものなら──瞬く間に地上は滅びるだろう。

 

 ──サクラさんか、フィーリアさんに知らせないと……!

 

 この滅びの厄災となんら変わらない存在に対抗できるのは、あの二人だけだ。そう思い急いで頭を回すが、なにも思いつかない。……いや、たとえ彼女たちにこの脅威を知らせる術があったとしても、それを実行させることをこの男は許しはしないだろう。同じ立場であったらなら、僕もそんなことはさせない。

 

 ──どうすれば、いいんだ……!?

 

 必死に考えるが、なにも思い浮かばない。ただただ焦ることしかできない自分に腹を立てていると、不意にヴェルグラトが恍惚とした声を上げた。

 

「おぉ……おお!良い、実に良いぞ小僧!怯え…怒り…焦り……やはり負の感情は美味よなぁ。ああ、美味といえば」

 

 そこで一旦言葉を止め、右手で顔半分を覆い隠しながらヴェルグラトは小刻みに肩を震わせる。遅れて、彼が笑っているのだと、僕は理解した。

 

 悦に浸った声で、ヴェルグラトが言う。

 

「あの娘──アリシアも中々の美味であった。今考えれば、少し惜しいことをしたやもしれん」

 

 ──アリ、シア……。

 

 その名前を聞いた瞬間、僕の脳裏に先ほどまでの光景が蘇る。

 

『ごめん、なさい……どうか、逃げて……』

 

 腹部を貫かれながらも、その瞳に涙を浮かべて僕にそう言い遺し、闇に呑まれた少女の──アリシアの最期の姿。気がつけば、僕は呆然としながら口を開いていた。

 

「……あの子、は……」

 

「んん?アリシアのことか?」

 

 僕の声はそう大きくはなかったが、ヴェルグラトは聞き取っていた。一切の光を通さない漆黒の双眸をこちらに向け、その口を薄気味悪く吊り上げたかと思うと、彼は言った。

 

「あの娘はこの世界から消滅した。もう二度と生まれ変わることもあるまい。いやあ、実に哀れで、最後の最期まで救われん娘だった」

 

「……え?」

 

 ヴェルグラトの言葉は、理解できなかった。この世界から消滅した──もう二度と生まれ変わることもない──それは、一体どういう意味なのだろうか。

 

 僕が混乱していると、不意に玉座からヴェルグラトが立ち上がった。

 

「小僧。今私はすこぶる機嫌が良いのでな、戯れに教えてやろう──この『七魔神』〝暴食〟のヴェルグラトが受けし二百年前の屈辱と、五十年をかけた復活を」

 

 ヴェルグラトがそう言った瞬間、僕の身体が硬直した。手足はおろか指一本も、身震い一つすらも起こせない。

 

 ──僕は、なにをされて……!

 

 見ていた限りでは、ヴェルグラトがなにかしたようにも、魔法を使ったようにも見えなかった。ただ、僕にその昏い眼差しを向けているだけにしか、思えなかった。

 

 ただただ混乱するしかない僕に、彼は続きを語る。

 

「二百年前、私は魔界だけでなくこの地上をも手中に収めようと、我が精鋭の配下である悪魔を率いて、魔界から発ち地上にへと降り立った。そして蔓延る下等な人間共を蹂躙し、一つの大陸をこの手に墜とさんとした──その時だった」

 

 瞬間、ヴェルグラトから膨大な魔力が噴き出す。まさにそれは──彼の憤激を表していた。

 

「奴が、現れた。見た目はただの人間の男だったが──信じられんことに奴は一瞬にして千を超える私の魔の軍勢を葬り去り……油断していたとはいえ、あろうことかこの〝暴食〟の魔神たる私ですら、拳一つの一撃で斃した」

 

「な……」

 

 思わず絶句せずにはいられない話だった。再度言うが僕の目の前に立つこの存在は、人類の絶対敵である厄災の滅びに匹敵する。僕たちが絶対に敵わない存在であり、唯一対抗し得るのは『極剣聖』サクラ=アザミヤと、『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアと、在りし日の先輩──『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズの三人だ。それは間違いない。

 

 ──既に、二百年前の時代にはLv100に到達した人がいたのか……!?

 

 Lv100。人でありながら、人を超えた存在(モノ)。その剣の一振りで山を断ち海を割り天を裂く。その魔法一つで天変地異を起こし理すら歪める。その身のみで竜を屠り──そして魔神すらも斃す。

 

 ……実を言えば、サクラさんもフィーリアさんも、ラグナ先輩も。この三人がLv100として認知されたのはごく最近のことだ。この中で一番の年長者であるサクラさんですら、彼女がLv100であると確認されたのはまだ十年前のこと。サクラさんこそ最初の(・・・)Lv100だと、言われていたのだ。

 

 だが、ヴェルグラトの話が本当だとすれば──人外(Lv100)は、二百年前には少なくとも一人、存在していたのだ。

 

 Lv100に関する歴史を根底からひっくり返す話を聞かされて、絶句する僕に、構わずヴェルグラトは続ける。

 

「しかし魔神である私にとって、肉体的な死は一時の休息に過ぎん。肉体を滅ぼされた私は、魂のみでこの地上に留まり、いかにして再び肉体を得るかを画策し──五十年の月日が流れ、転機が訪れた」

 

 そう言って、ヴェルグラトは唐突に背を向け、ゆっくりと歩き出す。その先にあるのは──ただの闇だった。周囲は輝き煌めく宝石で埋め尽くされているというのに、その一帯だけが濃い影が、広がっていた。

 

「私の肉体を構築し得るだけの量の魂が集まっているのを感じ、そこに向かうと──ある人間の男が儀式を行なっていた。実に稚拙なものであったが……それは紛れもなく、悪魔を呼び出す儀式だったのだよ」

 

 そこでヴェルグラトは再び僕に振り返った。彼の顔にあったのは──意地汚い、薄ら笑みだった。

 

「なにを隠そう、その男こそこの屋敷の主だった者──ディオス=ゴーヴェッテンだ。彼奴は百人はいた使用人を自らの手で殺し、悪魔降臨の儀を行なっていたのさ!」

 

 なにがそんなに面白いのか、ヴェルグラトは茶化すように言う。対して僕は、口を開くことすらできないでいた。

 

 ──ディオス=ゴーヴェッテンが、悪魔を喚び出す儀式を……?

 

 彼は、一体どんな目的でそんなことをしようとしたのか。まあそれはともかく、もしこの魔神の言うことが真実ならば、ディオスは乱心し、ただ使用人を殺した訳ではないらしい。

 

「しかしまあ、そんなことはどうでもいい。私にとって重要だったのは儀式……正直魔神であるこの私が悪魔の真似事なんぞ御免被りたかったが、利用させてもらった。捧げられた百人とディオス=ゴーヴェッテン──そして彼奴の娘アリシアの魂を糧に、こうして私は再び肉体を得て現界できたのだからなぁ」

 

 肩を震わせ、ヴェルグラトが笑う。一体なにがそんなに面白おかしいのか、僕には全く理解できなかった。

 

「だがこう見えても私は義理堅い性分でな、彼奴の望みを叶えると同時により多くの魂を喰らうため、彼奴が悪魔に身を委ねても殺したかった者の元に向かった──ふふ、ははははッ」

 

 いきなり大笑いするヴェルグラト。唐突過ぎるその様子に堪らず困惑していると、やがて彼は落ち着いた。

 

「いやぁすまんなあ。今になっても、この先を思い出すと笑いが込み上げてくるんだ。実に、あまりにも愉快なことだった故に。……人間というのは実に醜い生物よなあ」

 

 天井を仰ぎ、しみじみとヴェルグラトは呟く。彼のその言葉を僕が理解するよりも早く──彼は続きを語った。

 

「『あいつよりも大量の魂を用意する。俺にはその手立てがある。だから、俺を見逃してくれ。どうか殺さないでくれ』──だったか。くく、本当に人間は愚かだ。愚かで、自分が助かるためならどんなことでもする。まあその意地汚さ、生き汚なさが私の好物である所以なのだが。ともかく、私は魂さえ得られればどうでもよかった」

 

 だから──と、ヴェルグラトは続けた。

 

「乗ってやった。本来悪魔は契約を違えられん定めにあるが、私は魔神。そんな定めなどとは無縁だ。結果この屋敷には一生遊んで暮らせるだけの財宝があるという噂が流れ、それを聞いた賊共は掃いて捨てるほどここに訪れた。おかげで元の力を取り戻し、そしてそれ以上の力を蓄えられるほどの魂を集めることができた。アリシアは今までよく働いてくれたなあ」

 

「…………働いて……?」

 

 その単語に引っかかり、思わず口に出して呟くと、ヴェルグラトはこちらを向いて頷いた。

 

「私自ら魂を集めることなどある訳ないだろうが。私の中にある膨大な魂からアリシアの魂を拾い上げ、一つ道を示してやったのさ──私の眷属となり、私に従い、私が満足する量の魂を集められたのなら父を蘇らせてやる──となぁ。だいぶ葛藤していたが、結局あの娘は我が魔力をその身に受け入れた」

 

 そこでまたヴェルグラトは手で顔を覆い、肩を小刻みに揺らす。そして愉快で堪らないというように、その続きを語る。

 

「実に素晴らしい見世物だったぞお。苦悩しながらも己の父の屋敷を荒らす賊を殺すアリシアの姿は。躊躇いながらも人を殺め、これも父を蘇らせるためと必死に自分に言い聞かせ、罪の意識から逃れるために、徐々に己が心を自ら砕いていくあの姿はぁ!今でも思い出すと最高に笑いが込み上げてくる!是非とももう一度この目で見たいものだよ!」

 

 まるで玩具(おもちゃ)に夢中になっている子供のように、嬉々として語るヴェルグラト。今になってその声が──酷い雑音にしか、僕には聞こえなかった。

 

 わかっている。再三言うが、この男に敵わないことはわかっている。……それでも、訊かずにはいられなかった。

 

「……一つ、訊かせてください」

 

 半ば答えのわかり切っている問いを、僕はヴェルグラトに投げかける。

 

「あの子が……アリシアが、魂を集めれるだけ集められたとして──あなたは、本当にあの子の父を蘇らせたんですか」

 

 この、僕の問いかけに対して、数秒の沈黙を挟みヴェルグラトは────

 

 

 

「そんな訳ないだろう。あんなのもの、ただの口からの出任せだったからなあ」

 

 

 

 ────最高に不愉快極まりない満面の笑みで、そう答えた。

 

「…………」

 

 言葉が出ないというのは、こういうことなのだと僕は実感する。拳一つすら握り締められないことを、これ以上にないほどに不甲斐ないと思いながら、僕は込めれるだけの怒りと嫌悪を込めて、言葉を吐き捨てた。

 

 

 

「人の心を、想いを……玩具にするなクズ野郎……!」

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