ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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Glutonny to Ghostlady──遊戯開始

「さあ、剣を抜け小僧。一つ、この〝暴食〟のヴェルグラト様と遊戯(ゲーム)をしようじゃあないか」

 

 魔力の煌めきを灯す周囲の財宝に照らされ、美麗に輝く黄金の剣の切っ先をこちらに向けながら、不敵な笑みと共にヴェルグラトは僕にそう言った。彼のその言葉に対して、僕はただ冷や汗を流す他ない。

 

 そんな僕に、ヴェルグラトは意地の悪い笑みを浮かべながら続ける。

 

「喜ぶといいぞ小僧。勝負は至って簡単なものだ──貴様はこれから私と斬り結び、擦り傷一つさえ負わせればいい。もしそれができたのなら、貴様のことは見逃し、この屋敷からも出してやる。それに、あの娘も、な。……大切な存在なのだろう?貴様にとって、あの娘とやらは。まあこの遊戯を受けないのなら、今すぐに貴様らの魂を喰うだけだがなあ」

 

 ……ヴェルグラトの言葉に、僕は黙ったままだった。黙ったまま────ゆっくりと、剣を抜いた。

 

 普通ならば、絶対に乗りはしない提案だ。できることなら、今すぐにでもこの場から離脱したい。なんとしてでも逃げ出したい。

 

 だが、それは許されない。一人ならばともかく、先輩を見捨てることなど絶対にできない。絶対にしたくない。もっとも、ここでその遊戯とやらに乗らなければ、僕も先輩も、確実な死を迎えるだけだ。ならば、ごく僅かな可能性でも──必死にしがみついてやるだけだ。

 

 しかし、仮にこの遊戯に僕が勝利できたとして、だ。果たしてこの魔神は約束通り、本当に僕と先輩を見逃してくれるのだろうか。その捻じ曲がった悪辣な性格からして、とてもではないが信用なんてできない。……できないが、ここは乗るしかないのだ。

 

 ──なにが選択だ。こんなの選択もなにもあったもんじゃない。

 

 鞘から抜いた得物の柄を握り締めながら、僕は心の中で悪態をつく。まあ、どんなに喚こうが状況は変わらない。僕は目の前の魔神に擦り傷一つでもつけることだけを、考えていればいい。

 

 そう思いながら、剣を構える。そんな僕をヴェルグラトは微かに笑って、突きつけていた得物の切っ先を上に逸らした。

 

「先手は譲ってやる。いつでもかかってこい、小僧」

 

 ……ヴェルグラトは、明らかに僕を下に見ている。まあ、無理もないというか、そうするのが当然である。彼からすれば、僕などそこらの虫ケラ程度の存在としか思えないだろうし。

 

 先手を譲られ、僕はヴェルグラトを睨み──動かなかった。否、動けなかった。

 

 譲られたからといって、そうすぐに動けるものではないのだ。己とこんなにも──千里は離れているだろう強大な相手を前に、そう考えなしに動けるほど僕は勇猛ではないし、無謀ではない。僕は臆病で、小心者なのだから。

 

 否応にも攻めあぐねる僕に、最初こそ面白がるような視線を送っていたヴェルグラトだったが、徐々にそれも退屈そうなものに変化していき、彼は遂に痺れを切らした。

 

「貴様から来ないのならば……こちらから行くぞッ!?」

 

 そう言うや否や、僕の視界からヴェルグラトの姿が消えた。遅れて、彼の足元の近くにあった金貨や財宝やらが、まるで爆風に巻き上げられたかのようにバラバラに吹っ飛んでいく。

 

「ッ!」

 

 それはもう、ほぼ冒険者(ランカー)としての勘だった。頭で考えるよりも先に、右に向かって剣を振るう。

 

 ガキンッ──直後、鉄同士を思い切りぶつけたような甲高い音が響き、宙に火花を散らした。

 

「ほう。やはりそこらの賊とは訳が違うなぁ。そうだ、そうでなくてはなあ!」

 

 僕によって弾かれた剣の軌道を、無理矢理戻してヴェルグラトは再度僕に斬りかかる。金色に輝く黄金の刃が、宙を滑りながら一閃を描く。

 

 ──腕、が……ッ!

 

 対して、僕はこれ以上になく焦っていた。たった一度弾いただけだというのに、腕がかなり痺れている。

 

 ヴェルグラトの膂力は、常軌を逸していた。腕を【強化(ブースト)】せずに先ほどの一撃を受けていたら、間違いなく折られていたことだろう。

 

 再び刃が迫る。尋常ではない疾さのそれを、僕はなんとか目で追いながら防ぐ。刃と刃が互いに衝突し合い、幾度もその間に火花を咲かせては散らすを繰り返す。

 

 正直に言えば、ヴェルグラトの剣の腕はド素人のそれだ。技も、技術のへったくれもない。これだけに関して言えば──特殊な得物を見事に使いこなしていたギルザ=ヴェディスが大幅に上回っているだろう。

 

 ……だからといって、ヴェルグラトは弱い訳ではない。剣の腕こそ素人だが、その身体能力は完全に人外である。ただ力に任せて剣を振るっているだけだが、その一撃一撃が尋常じゃなく重い。それに剣速も並外れており、正直目で追うのがやっとで、反撃などとてもではないができなかった。

 

「くッ……」

 

 ヴェルグラトの剣を捌き、なんとか後ろに飛び退いた。そんな僕に対して、彼が追撃することはなく、まるで観察するようにこちらを眺めていた。

 

 ──随分余裕そう……いや、当然か。

 

 ヴェルグラトからすれば、僕など砂粒のような認識だろう。今だって、僕にしてみれば先輩の命をかけた戦いだが、ヴェルグラトはただの遊戯としか思っていないはずだ。

 

 擦り傷一つさえ、負わせればいい。……だが、それがとてつもなく、尋常ではないほどに遠い道のりにしか思えない。でも、それでも──と、僕はそう思いながら、剣を構える。

 

 ──先輩は、必ず助ける……絶対に助けてみせるっ!

 

 改めて心の中で固く決意した────直後だった。

 

 

 

 バキンッ──そんな、一際甲高い音を鳴らして。構えた僕の剣が、真っ二つに折れた。

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