「くはははぁあ!素晴らしい!素晴らしいぞこの力ぁ!!身体の奥底から無尽蔵に湧き上がるこの感覚ぅ!!これは……遥かに想像以上ッ!!!」
地下室を埋め尽くす極光を身に纏い、感情の爆発のままにヴェルグラトが狂喜する。高笑いを響かせながら、彼がピッと指先で宙を弾く。
瞬間、その先にあるもの全てが破壊し尽くされた。石床は爆ぜたように砕け散り、天井は裂けて、壁は粉々に粉砕される。
その光景を目の当たりにして、よりヴェルグラトは感動の声を上げる。
「おおッ!たった、たったこれだけの放出でッ!これだけの破壊力ッ!なんと、なんと素晴らしい……!!」
顔を手で覆い、ヴェルグラトは恍惚とする。そんな彼を、フィーリアは石床に座り込んだまま、呆けたように見ていた。
そんな彼女に、ヴェルグラトは口元を歪ませながら言葉をかける。
「どうした小娘?まるで声も出せん様子ではないかぁ?まあ無理もないな。この私の、魔神を超越した『
意気揚々に、溢れて零れんばかりの己が力を存分に振るいながら、余裕に満ち満ちた表情を浮かべるヴェルグラト。彼が何気なく、無意識に放つ魔力でさえ周囲に亀裂を迸らせ、破砕させ粉微塵にしていく。
そんな光景を眺めて、ようやっとフィーリアはその口を開いた。
「……なんて、こと」
その彼女の声は、ほんの微かに震えていた。それからフィーリアは己の顔を両手で覆い、俯かせる。
「こんな、こんなに……まさか」
側から見れば、それは度し難い絶望に打ち拉がれ嘆く者の態度にしか思えない姿だ。少なくとも、フィーリアの目の前に立つヴェルグラトはそう思った。そう思い、これ以上になく彼はその口元を邪悪に歪ませた。
凄まじく上機嫌な様子になって、彼は彼女に優しげに言葉を投げかける。
「案ずるな小娘。確かに貴様には堪え難い屈辱とほんの僅かな絶望とやらを味わされたが、奇遇なことにこのヴェルグラト様も優しい性分だ。恐れるな、痛みも苦しみもない。貴様はただ──終わるだけさ」
彼が、そう言い終えた直後だった。ゆっくりと、フィーリアの顔から両手が離れていく。そして、彼女はまたゆっくりと顔を上げた。その顔を見て──ヴェルグラトは、ギョッとした。
無表情。感情らしい感情が一切見当たらない──まさに、人形のような顔だった。それにヴェルグラトが思わず驚いていると、妙に無機質な声音でフィーリアが口を開く。
「まさかこんなにも想像以上に
ヴェルグラトにとって、その言葉はあまりにも予想外なものだった。予想外過ぎて、彼の思考が止まってしまうほどに。
間の抜けた顔で静止する彼に、フィーリアは呆れを通り越して憐れみを込めて言う。
「切り札とか抜かしやがってたので、一応ほんのちょっぴりばかり期待はしてたんですけど……やっぱり当てにするんじゃなかったですね。それと弱い者いじめしてしまってすみませんでした。痛かったですよね?苦しかったですよね?本当に、本当にごめんなさい。……お詫びと言ってはなんですが──もう嬲らずに、一瞬で終わらせてあげます」
「………………なん、だと?」
その彼女の言葉を受けて、ようやくヴェルグラトの頭は再回転を始める。始めて──すぐに吹っ切れた。
「なんだ、なんなんだその言葉は。物言いは。それは、それではまるでこの私よりも、『第六罪神』となったこのヴェルグラト様よりも、まだ貴様の方が上だと言っているみたいじゃあないか?ええ?」
額に青筋を浮かべ、周囲に先ほど以上の勢いで魔力を滾らせ放出しながらヴェルグラトがフィーリアに言う。彼の言葉に対して、彼女は──一層哀れそうな表情を浮かべた。
「みたいじゃなくて、その通りです。下手に希望を持たせてもあれですからこの際はっきり言いますけど──ぶっちゃけ、私からすれば今の貴方も、さっきの貴方も……大して変わってませんから」
「…………は」
平然としたフィーリアのその言葉を、ヴェルグラトは受け止められなかった。彼女の言葉が、ただ表面的に彼の脳内を駆け巡る。そして──彼は激昂に呑まれた。
「ふざけるのも大概にしろこの餓鬼ィ!!今の私が、『第六罪神』となった今の私がさっきと変わらないだと!?そんな訳があるか!」
先ほどまで溢れんばかりにあった余裕など微塵も吹き飛び、目を血走らせ殺気を振り撒きながらヴェルグラトは語る。
「いいか?その腐った耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ!『罪神』とは我々『七魔神』の上位段階!次のステージなんだよォ!それも限られた存在のみが到達できるステージだッ!それを、変わっていないなどと……ほざきやがって……ッ」
ドッ──そのヴェルグラトの激昂を表すように、彼が立つ周囲一帯が爆発したように吹き飛ぶ。
「ハッタリもほどほどにしろォオ!!!」
「……そう言われましても」
心の底から怒り狂うヴェルグラトに対して、同じく心の底から面倒そうにフィーリアはため息を吐く。それもわざとらしく。
彼女のその態度は、よりヴェルグラトの激情を燃え上がらせるのには充分過ぎるもので、己の喉を裂かんばかりに再度叫ぶ──前に。先にフィーリアがスッとその場から立ち上がって、しょうがなさそうに口を開いた。
「わかりました。じゃあ攻撃してきてください」
……これで何度目だろう。ヴェルグラトがフィーリアの言葉に対して思考が停滞するのは。彼女のその言葉の意味を、やはり彼は数秒かけて呑み込み、そして正気を疑いながらも、彼も口を開く。
「攻撃……だと?小娘、貴様は今、私に攻撃しろと言ったのか?」
「そうです攻撃です。第六なんとかになった貴方の、最大最高の攻撃を私にしてみてください。この通り私は避けもしませんし躱しもしません。障壁だって解除しましたから。防御もしないので安心してください」
ヴェルグラトは、全く理解できなかった。何故フィーリアが──己の目の前にいるこの少女が、そんな提案をするのか微塵も理解できなかった。
──何故だ。何故こんなにも、この小娘は平然としていられる?『第六罪神』となった私の魔力の波動を受けて、何故そこまで平気でいられる?何故僅かにも焦らない?何故微かにも怯えない?何故微塵も絶望しない?
わからない。今の自分は先ほどの自分よりも強大な存在となった。強くなった──はずだ。それは紛れもない事実に変わりないのだ──そう、ヴェルグラトは必死に自分に言い聞かせる。……が。
『まさかこんなにも想像以上に想像以下だったとは、流石の私も考えもしませんでした』
『本当に……くだらない』
『切り札とか抜かしやがってたので、一応ほんのちょっぴりばかり期待はしてたんですけど……やっぱり当てにするんじゃなかったですね』
『それと弱い者いじめしてしまってすみませんでした。痛かったですよね?苦しかったですよね?本当にごめんなさい。……お詫びと言ってはなんですが──』
『もう嬲らずに、一瞬で終わらせてあげます』
先ほどの、彼女のその言葉が頭の片隅にこびりつく。嫌に、巡り廻る。
──そんなはずがない。そんな馬鹿なことがあるはずがない。
『みたいじゃなくて、その通りです』
『下手に希望を持たせてもあれですからこの際はっきり言いますけど──』
『ぶっちゃけ、私からすれば今の貴方も、さっきの貴方も……』
『大して、変わってませんから』
──違う。違う……違う違う違う違う違う!この力は最強だッ!無敵だッ!!絶対だッ!!!
ヴェルグラトは、今一度己を奮い立たせる。何故自分が優れていると、勝っていると自覚しているはずなのに、そうしたのかは彼もわからなかった。
「……いいだろう。ああ、いいだろう!その言葉、乗ってやろうッ!そして己が選択を、果てしなく後悔するがいい!」
言って、彼女の言葉通り彼は己の魔力を練り上げる。最高の、最高潮にまで。
そうすることによって、初めて発動できる魔法の──彼女が言う、最大最高の攻撃とやらを繰り出すために。そして、その準備が終わる。
「はは、はははッ!もう遅いぞ、小娘。もう手遅れだ。全てなにもかも、もう手遅れだァ!!」
ヴェルグラトがそう言い終えると同時に、彼の練り上げられていた魔力が宙に霧散する──かと思えば、フィーリアの足元にその全てが集った。
集った魔力が、不気味に脈動したと思うと────瞬間、それは変貌した。
言うなれば、それは口だった。人間一人など、それもフィーリアや今のラグナように小柄な少女一人などあっという間に容易く飲み込めるだろう、巨大に尽きる口であった。
中は、深淵である。ただただ、底が一切見通せない深淵が広がっている。それをフィーリアは不思議そうに眺め、そんな彼女に対して狂喜しながらヴェルグラトは言葉をぶつける。
「それだ!それがこの私の、『第六罪神』となったこの私が!『第六罪神』となったこの私でしか放つことのできない絶対の一撃!これで、貴様も終わりだ、小娘ェ!!」
──さあ、焦ろ怯えろ恐怖しろ。その死ぬほど気に食わん顔を絶望で塗りたくり、諦観に染め尽くせッ!
爛々と目を輝かせて、ヴェルグラトは内心そう呟く。彼は、どうしても見たかった。自分をこれ以上になく虚仮にし、散々弄んだ少女の、そういった弱者が浮かべる──敗者の表情をこの目でしかと見てから、始末したかった。
──さあ。さあさあさあ!見せろ、早く見せろ!この私に、それを見せてくれ!!
……だが、フィーリアが彼に見せたのは────
「……ふふっ」
────という、嘲笑だけだった。
「ッ……ぉ、お……の、れぇえええッ!」
ヴェルグラトの咆哮に応えるように、フィーリアの足元にある口がさらに広がっていく。そして、ヴェルグラトは全ての魔力を振り絞りながら、己が繰り出せる最大最高の攻撃を──発動させた。
「無に飲まれろォ!【暴食の晩餐】ンンンッ!!!」
バクンッ──そんな異音と共に、口は周囲の大気ごと、中心にいたフィーリアを飲み込んだ。彼女を飲み込んだ口が、そのまま溶けるかのように消えていく。
「……………」
静まり返る地下室。口があった場所には、なにも残されていない。それを確認したヴェルグラトは、小刻みに肩を震わせる。
「……はは、くは、くくははははぁ!やはり、やはりなあああ!」
ヴェルグラトが笑う。大笑いする。少女のあの数々の言葉は、こちらを散々貶したあの言葉全てが全くのハッタリだったのだとわかり、彼は独り笑い続ける。
「なにが大して変わってないだ?ええッ?本当にくだらなかったのは貴様の方じゃあないか小娘ェ!くははははッ!やったぞ、私はやったんだッ!これでもう、この世界で私に敵う存在はいない!今の私なら、あの男も容易く屠れよう!はははははッ!」
笑って、笑って。気分の絶頂に浸って。
「今一度、言おう!もはや言うまでもないことだが、敢えて言おう!私はッ、この『
それをより強めるために。より確かなものにするために。より実感を得るために。今、ヴェルグラトは言う。
「勝っ「やっぱり大して変わってませんでしたね」
パキンッ──そんな淡々とした言葉に遮られるのと同時に、ヴェルグラトの内側からなにかが砕けたような音が響いた。