ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──膨らむ尿意。止まらない焦り。思い出す解放感

 時は少し遡って。恐らく儀式を行う場だったではないのかと、そうクラハが推測を立てた場所に至る道中のこと。

 

 休憩を切り上げ、先を進むクラハとラグナ。しかしクラハは気づいていなかった。否、その抱え込む不調自体には気づけていたのだが、それが一体なんなのかは彼はわかっていなかった。

 

 そして。ラグナは今──先輩として、人間としての尊厳を揺るがし失いかねない、危機に直面していた。

 

 

 

 

 

 ──……ヤバい。

 

 その単語が、ラグナの脳内を埋め尽くす。とにかく、ヤバい。

 

 今にも破裂しそうな欲求を、必死に抑え込みながらラグナは一歩を踏み出す。しかし、その一歩が尋常ではないほどに重く、辛い。

 

 ──腹重い、痛い……!

 

 先ほどからズシリとした鈍痛が響いて止まない下腹部を、ラグナは軽く触れてみる。触れて──目を見張った。

 

 ──うっわ……。

 

 普段は引っ込んでいるはずのそこが、今は心配になるほどにぽっこりと膨らんでいた。幸い服の上からではわからないが、こうして手で触ってみればわかってしまう。

 

「ッ!」

 

 己の下腹部の状態を自覚した途端──先ほどからずっと、こちらを苛み苦しめ続ける欲求が、尿意がより一層強まり、ラグナは慌てて下腹部から手を離し、足の間隔を狭め堪える。己の体内、より詳しく記すなら下腹部辺り──そこで荒れ狂いながら防波堤を叩きつける高波を、なんとかやり過ごそうとする。

 

 ──ん、ぅぅ……っ!

 

 思わず口から出そうになる呻き声を、なんとか心の内に留めるラグナ。クラハとはある程度距離を取っているため、聞こえはしないだろうが……それでもこんな声、聞かれたくない。その一心で、ラグナは堪えていた。

 

 やがて波は引いたが、さっきとは違って、もう少しもラグナは安堵できない。何故ならこうして引いてもまたすぐに波は押し返すし、なんなら今僅かにでも息を吐こうなら、その瞬間に決壊するのではないかと危惧するほどに、もうラグナは追い詰められていたからだ。

 

 ジワ、と。微かに視界が滲む。あまりの尿意に、ラグナの琥珀色の瞳に涙が浮かび始めていた。

 

 ──なんで、俺がこんな目に……俺、なんかしたか?

 

 下腹部を襲う鈍痛と、限度を知らずに高まる尿意に、現実から逃げるようにラグナは考える。何故自分がこんな目に遭わなければならないのだと。

 

 ……実を言えば、ラグナがここまで排泄衝動を我慢するのは、これが初めてではない。一ヶ月前ほどに、これと同じくらいの尿意を、ラグナは経験している。

 

 それは黄金の街──ラディウスでの依頼(クエスト)を終えてすぐのこと。その依頼によって知名度が上がり、クラハが様々な依頼を受けて奔走していた頃のことだ。

 

 

 

 

 

 クラハが家を空けることも多くなり、そのためラグナは一人で過ごす時間、一日が多くなった。その頃のラグナはまだ、充分にLv(レベル)も上がっておらず、単独でLv上げをすることができなかった。

 

 たまにサクラやフィーリアとも軽い交流もあったのだが、しかしそれだけでは流石に暇も潰せなかった。なにかすることはないのか──そうラグナが思っていた矢先、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の受付嬢であるメルネ=クリスシスタに、ある提案をされたのだ。

 

 好きな時でいいから、『大翼の不死鳥』(ここ)の仕事を手伝ってみない?──と。

 

 給金も弾むからと念入りに頼み込まれたのだが、正直言ってラグナは乗り気ではなかった。一応ラグナの少々込み入った事情を知る、数少ない人物の一人なのだが、それを承知で彼女は、働く際に着てほしい服を見せたのだ。

 

 当然と言えば当然なのだが、それは女物の服だった。それも喫茶店のウェイトレスが着るような、とても可愛らしいもの。彼女曰く、『大翼の不死鳥』の新しい制服らしいが……それを着て働くのに、少し、いやかなりの抵抗をラグナは覚えた。

 

 しかし、やはり暇には変わらず、なにをすればいいのかも思いつかず────結局、後日ラグナはメルネのその提案を飲み、好きな時に『大翼の不死鳥』のお手伝いとして働くことに決めた。

 

 そして記念すべき『大翼の不死鳥』の初勤務。ラグナはすぐさま大人気となった。

 

 主に男性冒険者(ランカー)からのものだったが、女性冒険者からも人気を得ていた。やれ人形みたいで可愛らしいだの、是非とも妹にしたいだの。それはもう、凄まじい人気ぶりであった。

 

 

「いやあ、最初見たときは天使だと思ったよ。冗談抜きで。しかもあんな丈の短いスカートで、ああも無防備に動き回ってくれて……もう感謝しかない。是が非でもこの後お持ちかえ……お茶にでも誘いたいね。その格好のままで」

 

 

 と、《SS》冒険者──『極剣聖』サクラ=アザミヤはこの時のことをこう語っている。ちなみに余談ではあるがこの後、彼女は同じく等しく《SS》冒険者──『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアによって、強引に『大翼の不死鳥』から連れ出された。

 

 まあそれはともかく。ラグナはお手伝いとしてこの日は大いに働いた。冒険者の案内だったり、頼まれた料理や酒を運んだり。とにかく、ラグナはこれ以上にないくらいに『大翼の不死鳥』内を駆け回った。

 

 その日は気温も高く、そんな中で室内を動き回れば、必然的に身体は火照る。身体が火照れば汗が流れ、そして喉も渇く。

 

 なのでラグナは合間を見ては、ちょくちょく水を飲んでいた。量としては少なかったが──あくまでも、それは一回として見れば、での話だ。少ない量も二回三回と重なれば、それなりの量になる。

 

 そして当然のことではあるが、水分を取ればその取った分だけ体内を巡り──後々、出すことになる(・・・・・・・)。しかし間が悪かったというか、運が悪かったというか。ラグナがそうする機会を得られたのは、午後の休憩一回切り。

 

 そのたった一回で、今まで取ってきた水分全てを出せる訳がない。残ったそれらは時間をかけて、徐々にラグナを苦しめることになる。

 

 その苦しみが表立ったのは、午後の休憩が終わって小一時間経った頃。その時ラグナはメルネに教育を受けながら、彼女共に『大翼の不死鳥』の受付嬢をしていた。

 

 最初こそちょっとしたいな、程度だったその欲求は時間が経つにつれて膨張し──気がつけば、一瞬でも気を抜いたら出てしまうほどのものとなっていた。

 

 しかもこの時のラグナは女体で我慢をするということにまだ慣れておらず、それでもなんとか堪えていたのだが──すぐ隣にいたメルネが、その危機に気づかないはずがなかった。

 

「あの、ラグナ君。十分くらいなら、また休憩してきてもいいわよ?」

 

 遠回しに出されたメルネの助け舟に、ラグナは躊躇なく即座に乗った。彼女の言葉に押されるようにしてラグナは無言でその場から駆け出し、一目散に己が切望する場所──トイレにへと向かったのだ。

 

 途中転びそうになるも無事目的地にラグナは辿り着き、飛び込むようにして個室に入って、乱暴に扉を閉め、壊す勢いで鍵をかけて、下着(パンツ)を下ろし秒も置かず、叩きつけるようにして便座に腰かけ────次の瞬間には、ラグナの全身から力が抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 まあ、なにはともあれ。既にラグナはこの同程度の尿意を味わっている。これが、初めてではないのだ。

 

 否応にあの時のことをラグナは思い出す。あの時、トイレの個室に駆け込み、その末に手に入れた──安堵感と、解放感。はち切れそうなほどに、己が内に溜め込んだものを、なにも考えずにただひたすらに、欲求のままに噴き出させる、あの快楽。

 

 ある意味最も原始的なその快楽は、性に疎いラグナの脳髄と思考と理性すらも、見事に蕩けさせた。それを、今この場で思い出し──その瞬間、ゾクゾクと悪寒にも似た感覚がラグナの背筋に走り、同時に今まで比べものにならないほどの波が、ラグナに迫った。

 

 ──ひっ、ぁ……!?

 

 咄嗟にギュッと、足を閉じ。普段であれば絶対に触れない場所を、両手で押さえて。硬直しその場に立ち止まって思わず、ラグナは叫んだ。

 

「ク、クラハッ!」

 

 呼応するかのように、波が荒々しく防波堤を叩く。ズクンと内側から押し出てくる鈍痛に、ラグナは折れそうになったが──先輩としての矜恃と、人間としての尊厳を守るため、その瞳に涙を滲ませながらも、堪える。

 

「は、はい!?どど、どうしました先輩っ?」

 

 急に呼びかけられたからか、驚きながらクラハが声を上げる。しかも遺跡の中にいるせいでその声は反響して──ラグナの腹に、響いた。

 

 ──ふ、くぅぅ……!!

 

 体内にこれでもかと溜め込んだそれ(・・)が、クラハの声によって揺らされる。その刺激は想像以上に、想像以上で。もうラグナは訳がわからなくなりそうになる。

 

 それでも死に物狂いで、足を固く閉じて、両手にさらに力を込めて、何度も息を短く吸っては吐いて、腰を曲げ臀部を後ろに突き出して────ラグナは、今にも外に出てこようとしているその欲求を、形振り構わず無我夢中で抑え込み、堪え続けた。

 

 そんな中、辛うじてラグナは視界に捉える──こちらに背を向けているクラハが、今にも振り返ろうとしている姿を。

 

「向くな!……こ、こっち向くんじゃ、ねえ……っ」

 

 頭で考えるよりも先に、声が出た。

 

 この切羽詰まった状態で声を上げるのは相当辛い。本当に辛い。だが今の自分の姿勢をクラハに見られたくない、見せたくない、見せる訳にはいかない──その一心で、ラグナは続けて声を絞り出す。

 

「ぜ、絶対、向くな、よ……そん、で……っ」

 

 息絶え絶えになりながらも懸命に、ラグナは固まっているクラハに伝えた。

 

「ちょっと、止まって、ろ……いい、か?なん、にも訊くな。わかったか……!?」

 

 ラグナの言葉に、ぎこちなくその首を縦に振るクラハ。と、その時──ラグナを苛み苦しめる尿意が、一層強く暴れ始めた。

 

「ん、んん……!」

 

 思わず悲鳴を上げそうになってしまったが、その寸前で開いていた口を固く閉ざし、間一髪ラグナはそれを阻止する。しかし完全にとはいかず、注意すれば聞き取れる程度の呻き声を漏らしてしまう。

 

 ラグナの足がもじつき、腰がくねり、臀部が揺れる。傍目から見れば、その動きは非常に扇情的で、男の劣情を煽り催させるには充分過ぎた。仮にもしクラハが振り返り、ラグナのこんな動きを見てしまったのなら、凄まじい精神力と忍耐力を備える彼でも、一溜りもなかっただろう。

 

 ──ヤバいヤバいヤバいヤバいぃぃぃ!!!

 

 これ以上にないほどに焦りながら、ラグナは子供のように地団駄を踏む。それからしばらく堪えて、堪えて──あんなにも荒れ狂っていた尿意が、徐々に引き始めた。

 

 ──出、る……かと、思った……。

 

 束の間訪れた平穏に縋りながら、未だ固まり立ち尽くすクラハに、ラグナは声をかける。

 

「……も、もう大丈夫。大丈夫だぞ、クラハ。急に止めたりして悪かった。先、行こうぜ。……あ、でもまだこっちは向くな。絶対」

 

「……あ、はい。わかりました……」

 

 そう念入りに釘を刺したラグナの言葉に、若干の動揺と困惑を滲ませた声音でクラハが返す。そうして、二人はまたゆっくりとした足取りで、遺跡の奥に進むのだった。

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