ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ラグナちゃん危機一髪?──やっぱり知られたくない

 あれから特に大した魔物(モンスター)の襲撃もなく、ラグナとクラハの二人は遺跡の最深部らしき場所に辿り着くことができた。

 

「ここが、最深部……みたいですね」

 

 と、言いながら先に進むクラハ。そして彼に続いてラグナもまた進む──ことはできなかった。

 

 ──……ん、んぅぅ……!

 

 ここまではなんとか歩けていたラグナだったが、もはやその限界は近く、その場に立ち止まったまま動けない。クラハが中央辺りにまで進むと同時に、とうとうラグナは座り込んでしまった。

 

「は、ぁ……んっ、く……!」

 

 琥珀色の瞳を涙で濡らして。無意識ながらもはしたなく腰をくねらせ、臀部を揺らして。股座に両手を重ね、それだけでなく足の踵をそこに押しつけて。もう意地だけで、ラグナは懸命に必死の抵抗を続ける。……が、しかし。

 

 ──ク、ソ……出る、出る出る出る……!もう、出ち、まう……ッ。

 

 波は秒ごとにその勢いを増す。その上高まるばかりで、引く気配が一切ない。ここまでその侵攻を防いでいた防波堤も、もはやボロボロでいつ崩れてもおかしくなかった。

 

 とにかく、下腹部が重い。痛い。今にも心が挫けそうになってしまう。今すぐにでも、この地獄のような苦しみから解放されたい。

 

「ひ、ぐっ…ぁ、う……!」

 

 限界の限界まで、崖っぷちのギリギリにまで追い詰められて────苦悶に満ちた頭の中、ふとラグナは思った。

 

 ──…………もう、いいんじゃ、ねえの……?

 

 この危機的状況を打破する方法など、もう思いつかない。というかそれを考える余裕などない。大体、クラハにバレず気づかれず、この欲求を解消しようなどということが、無謀だったのだ。

 

 道中、無言でクラハの元から離れられる訳がないし。それにクラハが気づかない訳もないし。どちらにせよ、もう詰んでいたのだろう。それでも彼の先輩である意地だとか、誇りだとかを理由にして、ここまでラグナは頑張ってきた。堪えてきた。我慢してきた。

 

 ……しかし、もうそれも限界だ。このままでは確実に────だが、それは嫌だ。一人だったのならいざ知らず、クラハと共にいる今──それだけは、絶対に嫌だ。

 

 だから、だからもう。

 

 ──もう、クラハに言って、そんで……。

 

 ラグナの背中を押すように、波が迫る。ぶるり、と。ラグナは身体を震わせ、先にいるクラハの姿を見つめ────

 

 ──…………や、やっぱ無理!あいつに、こんなこと、言えない……言いたく、ない……ッ!

 

 ────ぶんぶん、と。その首を横に振った。やはり、クラハには知られたくない。以前ならばそうは全く思わなかったのに、今は頑なにそう思ってしまう。

 

 しかしそうは言っても、これは生理現象だ。意地や誇りや、気合や根性でどうにかすることはできない。遅かれ早かれ──その時(・・・・)は来る。

 

 そんな子供にだってわかること、ラグナも重々承知している。だからこそ、その時が来る前に。そしてクラハに気づかれずにどうにかしてこれを、この羞恥に塗れた欲求を解消しなければならない。その方法を考えなければならない。

 

 だが、今となってはそれも極めて難しい。ここまで暴れ狂う波を抑え込みながらでは、まともな方法一つすら出やしない。

 

 あまりにも絶望的な状況の中、何気なくラグナはクラハから視線を外し、周囲を見渡す。見渡して────あるものを、その視界に捉えた。

 

 ──ありゃ、なんだ……?

 

 ラグナの視線の先に映っていたのは、言うなれば石の塊であった。縦長の、奇妙な形の石。呆然とそれを眺め、遅れてその石の塊が棺のようなものだと、ラグナは気づく。

 

 見た目からして中々に巨大で、人二人程度ならばギリギリ収まるだろう。それを眺めて──ラグナの思考に、稲妻のような閃きが瞬いた。

 

 ──これしか、ねえだろ……っ!

 

 人間、極限状態にまで追い詰められると、時に訳のわからないわからないことを思いつくものである。例えば、このラグナのように────クラハに気づかれず、目の前の石の棺に入り、その中で致して(・・・)しまおう────とか。

 

 野外ならともかく、一応棺は密室とも言える。ならば音だったり臭いだったり、それらもこのまま放ってしまうよりかは幾分抑えることができるのではないか──そうラグナは考えた。……まあ、そんなことは絶対にないのだが。いくら密室とはいえ多少音も臭いも、漏れるだろう。だが、今のラグナにそこまで考える余裕など、ない。

 

 それに一番重要な問題を、ラグナは見過ごしていた。そしてその問題に、最後まで気づくことはなかった。

 

「っく、んぃぃぃ……ッ!」

 

 なにやらクラハが中央辺りで考え事に耽けている隙に、必死の形相でラグナは地面からゆっくりと、なんとか再度立ち上がる。股座に置いた両手を一層固くしながら、少しでも波が弱まった頃合いを見計らって、蝸牛のような足取りで棺に向かって歩き出す。

 

 絶望に埋もれている中で見つけた、ほんの一欠片の希望を胸に、ラグナは目指す。もうこれ以上は堪えられない。これが最後の機会(チャンス)────そして、手を伸ばせば届く距離にまで、辿り着いた。

 

 後はその手を伸ばせばいいだけ。そう、この両手の内の片手を、伸ばせばいい。……いいのだが、それが極めて難しい。極めて、困難。

 

 だが、それでも。つう、と一筋の涙を頬に伝わらせながらも──ラグナは、そっと離した。離した片手を、ぷるぷると細かく震わせながらも、棺にへと伸ばした。

 

 

 

 ……ラグナが気づけなかった問題。それを、今ここで言おう。先ほども述べた通り、棺は石でできている。当然、その蓋も石である。

 

 そしてこれもまた当然であるが、棺の中へ入るためにはこの石の蓋を開けなければならない。それが、この──ラグナの華奢な腕でできるだろうか。しかも破裂しそうなほどに膨張した、尿意を堪えたまま。

 

 答えは──できない。確実に。しかし、後にこれも関係なくなってしまった。

 

 

 

「ま、待ってください先輩!」

 

「うぁいっ?!」

 

 突然クラハから声をかけられ、肩を跳ねさせてラグナは彼の方に顔を向けてしまう。それと同時に────ジワ、と。温かい感覚を覚えた。

 

 ──ぁ……。

 

 ラグナがハッとするのも束の間。突如として目の前の棺の蓋が音を立てて開き、真っ暗なその中から無数の黒い手が一斉に伸びる。

 

「……へ?」

 

 そんな間の抜けた声を漏らすラグナを、その黒い手たちは掴んだ。掴んで、その中へ引き込もうとする。

 

「先輩ッ!!」

 

 しかしその前にクラハはなんとかラグナの腕を掴む。だがその瞬間、棺の中からまた新たな黒い手が無数に伸びて、クラハすらも掴んでしまう。

 

「しまっ……」

 

 そして二人ともその黒い手によって棺の中に引き込まれ──蓋が、無情にもまた閉じられた。

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