ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

408 / 481
ARKADIA────そんな感情(もの)は

 傾いていた陽も完全に沈み、マジリカに夜の帳が下される頃、僕はナヴィアさんが用意してくれたホテルの寝台(ベッド)の上に寝転んでいた。

 

 自分の思うままに手足を伸ばしつつ、染み一つ汚れのない真っ白な天井を眺める。眺めながら、僕は今日一日あったことを振り返っていた。

 

 マジリカ。フォディナ大陸を代表する、世界(オヴィーリス)中の魔道士が集まる、魔道士の都。そこで目にするものは、その全てが新しいものだった。

 

 特にスライム饅頭。あの饅頭を口にした食感は、恐らく一生忘れることはないだろう。……というか、忘れられないだろう。

 

 そしてかねてより訪れたいと思っていた、この街一番の観光名所──魔石塔。不壊の魔石に飾られたかの塔は、写真で見るよりもずっと美しく、そして綺麗だった。だった、が。

 

 ──……懐かしい、か。

 

 それは先輩の言葉。僕が知る限りでは、魔石塔の元に来たのは今日が初めてで、当の本人も言っていた通り先輩もそれは同じである。……なのに、あの塔に対して先輩はどうやら、謎の懐古感を抱いたらしい。

 

 浴室からシャワーがタイルを叩く水音が聞こえてくる。入っているのはむろん、先輩である。今回もまた当然のように、僕と先輩は同室なのだ。まあ別にこれが初めてという訳じゃないしそもそも現在同棲中なので今さらどうこう言うことはないのだが。もはやどうってことはないのだが。うん。

 

 それはともかく。何故先輩は魔石塔に関してそんな感情を抱いたのだろうか。しかも聞けば、まるで生き別れた妹や弟にやっとの思いで再会できたような、そういったものに近い懐古感らしい。……およそ物体、それも無機物に対して抱くものではない。

 

 引き続き天井を眺めながら、あの時の先輩の様子を──魔石塔に対して浮かべていた表情を思い出す。塔の表面を覆う魔石に指先で触れ、困惑しながらもまるで慈しむような────まるで愛する我が子に向ける、母のような表情を。

 

 正直に言えば、先輩があんな表情を浮かべるとは思わなかったし、浮かべられるとは考えもしなかった。それだけに新鮮で──魅力的だった。思わず見惚れて、見入ってしまうくらいに。

 

 ──そういえば、先輩が女の子になってからもう三ヶ月経つのか……。

 

 忘れてはいけないことだが、僕の先輩であるラグナ=アルティ=ブレイズは元《SS》冒険者(ランカー)であり、そして元男でもある。詳しい事情は省かせてもらうが、先輩が今現在の状況と状態になってしまったのは春先────かの厄災、滅びの一──『魔焉崩神』エンディニグルが襲来して、数日のことだ。

 

 何故そうなってしまったのか、その原因は未だ不明のまま。というか、それを調べる余裕がないのが本音だ。今の最優先事項は先輩をLv(レベル)100に、そして男に戻すことである。

 

 それに関して、Lvこそ最初はあまりにも貧弱な能力値(ステータス)故に、相当苦戦を強いられていたのだが、それも徐々にではあるが解決し始めている。当然ではあるがあの頃と違って、先輩のLvは今や30。以前にも言及した通り、もうヴィブロ平原に生息する魔物では先輩の相手にならなくなった。……本当に、先輩は涙ぐましい成長を遂げてくれた。

 

 しかし、それが意味するのは、もうヴィブロ平原では経験値を稼ぐのが難しいということだ。そろそろ新しい狩場を探さなければならない。だがそれについては大方の目処はつけてある。今のところ本当に問題なのは──性別の方だ。

 

 これに関しては、戻すその手段すら掴めていない。……いや、方法はあったにはあったが、結果として先輩を男に戻すことはできなかった。

 

 そもそも性別を変えることなど、そう並大抵のことではない。というか、前例がない(・・・・・)。見た目だけならば幻覚魔法などで容易にどうにかなるが、外見だけでなくその中身までも作り変えてしまう方法など、仮説すら立てられていないのだ。まさに神の所業──奇跡と言ってもいい。

 

 ……まあ、意図せずその奇跡を体現した存在(モノ)が今、向こうの浴室でシャワーを浴びている訳だが……ともかく、現状では先輩を男に戻すのは、ほぼ不可能に近い。ただでさえ天衣無縫(なんでもあり)と思えたフィーリアさん──『天魔王』ですら、それが叶わなかったのだから。

 

 事態は想像以上に深刻だ。……そう、想像以上に深刻。深刻だとは、僕も思っている。もしかしたら先輩は男に戻れないかもしれない──その可能性が半ば無視できないほどに突出し始めたことは、僕も重々承知している。

 

 ……しかし、しかしだ。そう思う傍らで────

 

 

 

 別に、(・・・)それでも(・・・・)いいんじゃ(・・・・・)あないか(・・・・)と、思ってしまっている自分がいる。

 

 

 

 ────それが決して許されることではないとは、わかっている。わかっているが、それでもこう思ってしまう。

 

 あの時先輩が男に戻らなくてよかった、と。女の子のままでよかった、と。

 

 無意識にも感じたあの安堵感は、今でも強く頭に残っている。思わずほっと胸を撫で下ろしてしまったことも、はっきりと覚えている。

 

 それが一体何を意味するのは、ちゃんと理解している。理解できている。その上で言うが──別に僕は、そういった(・・・・・)感情を先輩に対して抱いてはいない。多少、性的な目線を不慮の事故のせいというか、不覚にも向けてしまったことはあるが、だがそれだけははっきりと言える。

 

 ……いや、正直なところ──わからないのだ。自慢ではないが、僕はこれまでの生涯で恋というものをしたことがない。恋が一体どういったものであるかは、表面上は理解しているが具体的にはわかっていない。

 

 数日前、あの(・・)遺跡内でも衝突した疑問に、僕は向き合う。果たして、この気持ちこそが──それ、なんだろうか。考えて、しかし僕は否定する。

 

 ──違う。僕は先輩に対してそんな感情は抱いていない。きっと今の先輩は女の子だから、性別が変わってしまっているから勘違いしているだけだ。肉体的には異性だけど、精神的には同性で……そもそも、あの人は命の恩人だ。命の恩人に対して、そんなものは抱いちゃいけない。

 

 誰に言うでもなく、誰に弁明するでもなく、ただ心に秘めた独り言を僕は捲し立てる。……けれど、そうであるならば──何故、自分はあの時ああ思ってしまったのか。

 

 ずっと考えていたが、答えは出ないでいた。……否、出さない(・・・・)ようにしていたのかもしれない。本当はわかっていて──だがそれを認める訳にはいかないから、出さないでいるのかもしれない。

 

 と、その時。

 

 

 

 バタン──気がつけばシャワーの音は止んでいて、代わりに浴室の扉が開かれる音が部屋に響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。