今朝、彼女はフィーリアの部屋に向かったが、既に誰もいなかった。それを確認して、アルヴァはどうしてもクラハとラグナに訊ねたかったのだ──フィーリアと、会ったのかを。
そして会っていないという答えを受けて、アルヴァの不安は僅かに膨れ上がった。幸いにもそれをあの二人に気取られることはなかったが。
「……」
アルヴァは、天井を見上げる。見上げて、昨日のことを────昨日フィーリアと交わした会話のことを思い返す。
──遂に、
心の中で、アルヴァは苦々しくそう呟く。今彼女の内側を占めるのは──拭いようのない不安と、恐れにも似た焦り。そしてどうしようもない苛立ちと、自己嫌悪。
──こうなった以上、アタシにはどうすることもできない。……どうしてやることも、できない。
後悔と懺悔が浮かぶ紫紺の瞳を閉じて、最後にアルヴァは思い返した────昨日の、会話の締めとなったフィーリアの言葉を。
────それでも、私は求めます。たとえ果てなき絶望と後悔がそこに待っていたとしても、それが私の……唯一の生きる
「……こんなろくでなしのクソババアを、赦しておくれ……フィーリア」
執務室に小さく響いたその呟きは、誰にも──当の本人にも、届かない。
この街は変わらない。十五年前も、十年前も、五年前も。流石にその見た目に多少の変化は起こしたが、その本質自体は欠片ほども変わってはいない。恐らくそれが変わることはないのだろう。五年後も、十年後も、十五年後も。
魔法都市マジリカの遥か上空に浮遊するフィーリアは、ただ淡々とそう思う。そう考える。やはり独りは気楽だと、直後に思う。考える。なにせ着飾る必要も気負う必要も気真似る必要も、ないのだから。
こきこき、と。フィーリアは無意識に数度、首を左右に少し傾ける。普段から調子を装っている為、軽い肩凝りがあるのだ。
──気は引ける。だけどそれはそれ、これはこれ。遠慮は……しない。
だって自分はこの日の為に今までを費やしてきた。この時の為に今までを賭してきた。だから遠慮はしない。絶対に。
我が望みをこの手にする為に。我が願いを叶える為に。我が目的を──果たす為に。フィーリアは────『天魔王』は動く。
────たとえそこに果てしない絶望が待ち受けていても。たとえそこに果てしない後悔があったとしても。それでも、アンタは求めるのかい?────
それは、師の言葉。昨日ばかり聞かされた、親の言葉。そこに込められていたのは、溢れんばかりの愛情と心配──けれど、今さらその程度のもので、止まれなかった。フィーリア=レリウ=クロミアは──止まることができなかった。
──当たり前だ。だって、私はこの為にこの
危うく心に芽生えそうになった躊躇いを引き抜いて。フィーリアは【
その杖は、彼女の身の丈の倍はある、長く巨大な杖だった。その見た目こそ特に変哲もない、見る者によってはただの太い木の棒にしか見えない──しかしそれは、あくまでも
フィーリアと同業──つまりは魔道士であるなら、それも並大抵の魔道士であるなら、この杖を目にした瞬間、その場に卒倒していたことだろう。この杖にはそれだけの──圧倒に尽きる膨大な魔力が込められていたからだ。
フィーリアは、その
「おやすみなさい──【
バタバタと、人が倒れていく。まるで糸の切れた操り人形のように、片っ端から人々が倒れていく。
その様を見下ろしながら、フィーリアは飛行する。そして目的地が見えてくると、その付近へと着地した。
トン、とフィーリアが降り立つ。人気など皆無である、この街一番の観光名所の
彼女の視線の先。そこに聳え立つ、魔石に覆われた石塔──魔石塔。そこが彼女の目的地。人生の答えが──
…………その前に、一人の女性が立っていた。まるでフィーリアの行先を塞ぐように、そこに立っていた。
「……それが、あんたの考えって訳?」
地上に降り立ち、改めてその姿を目にしながら、うんざりとした表情と声音でフィーリアは訊ねる。対し、彼女の行手を遮る女性は────『魔道院』理事長兼『四大』ニベルン家次期当主、ナヴィア=ネェル=ニベルンが口を開く。
「フィーリア。一つ、訊かせて頂戴」
質問に質問で返す──本来ならば許されない無礼ではあったが、それをフィーリアは咎めない。ただ無言で、それを了承する。
それを確認して、ナヴィアははっきりと、彼女にその訊きたいこととやらを口に出した。
「もう、自分では止まれませんのね?」
返されたのは、無言。しかし、それは先ほどと同義の意。ナヴィアは一瞬だけ瞳をフィーリアから逸らして──すぐさま、キッと彼女を睨めつけた。
「……わかりましたわ。ではこの私が、ナヴィア=ネェル=ニベルンが、魔石塔を守護する
ナヴィアの気高き咆哮。それにフィーリアはされど無言で応えた。