「私が『理遠悠神』アルカディア。厄災の予言に記されし、滅びの一つ
幾度となくその輝きを変える虹に染まった右の瞳と、透き通った灰に染まった左の瞳に。何ら感情を一切感じさせない眼差しを宿して。僕たちの前に立つフィーリアさんは微かな躊躇も、迷いもなく、はっきりとそう名乗った。
……だが、僕にはその名乗りが、まるで意味がわからなくて、理解できないでいた。
信じられない面持ちで、僕は口を開く。
「フィ、フィーリア……さん?ど、どうしたんですか?そんな、急に……じょ、冗談でもそれは流石に笑えませんよ……?」
情けなく震えた僕の言葉に対して、フィーリアさんは何も返さなかった。ただ、無感情で無機質な、底冷えするような眼差しをこちらに送るだけだった。
「フィ、フィーリ「煩い」
数秒の沈黙に堪え切れず、再度名前を言おうとした僕の声を、フィーリアさんが遮った。……その声も、普段からは全く想像できない程に、冷たいものだった。
「私はフィーリアじゃない。アルカディアです。滅びの厄災──私は、貴方たち人間の敵ですよ」
違う。そんな訳がない。そんな筈がない。何かの間違いです──そういった、否定の言葉を僕は咄嗟に口に出そうとした。今自分の目の前に立つ現実を認めたくなくて、受け入れたくなくて、口に出そうとした。……だが、それは叶わなかった。
「ッ……」
口を開こうとした瞬間、そこでようやく、初めて。こうして対面してから初めて、フィーリアさんが感情らしい感情を露出した──けど、それは
昏く、冷たい殺意。その口を開けば殺すという、意思表示。そうだとは認めたくなかったが──そこに、躊躇いも迷いも見られない。
およそフィーリアさんのものとは思えない殺意に当てられて、堪らず恐怖に僕は身体を強張らせ、開きかけた口を閉じる──直前。
「違え!」
先輩が一歩前に出て、そう叫んだ。
「お前はフィーリアだ!人間のフィーリアだ!なのに、厄災だとか滅びだとか敵だとか……何馬鹿なことほざいてんだよ!?冗談でも言って良いことと悪いことがあんだろ、フィーリア!!」
さっきまで怯えていたのが、まるで嘘のようだった。先輩は必死に、懸命にフィーリアさんに言葉を投げかける。
それに対し、フィーリアさんが虹と灰の双眸を先輩へと向ける。そこに込められていたのは────
──……え?
────限りない憎悪と、怨嗟だった。
「…………ふふっ、ふふふ」
今まで無表情だったフィーリアの顔に、変化が訪れる。その口元が吊り上がり、にいっと見るからに邪悪な笑みを作り上げた。作り上げて──
「ご多幸そうで何よりですね。……
──そう、呟いた。
「……は?」
フィーリアさんの呟きに、遅れて先輩が意味がわからないというな声を漏らす。……僕も、内心では同じ気持ちだった。
──お、お母様?今、フィーリアさんは先輩に対して……お母様って、言ったのか?
だがそこに対して何か考える余裕を、フィーリアさんは与えてくれなかった。すぐさま浮かべたその笑みを消して、淡々と言う。
「はっきり言って、不愉快。本当に不愉快極まりない──もう失せろ」
心の底から有らん限りの憎しみと恨みを込めた声で、フィーリアさんは忌々しそうに吐き捨てる。瞬間、宙が薄青い燐光のような、弱々しい光を放ち────気がつけば、そこには魔石が浮いていた。
全体的に歪で、刺々しい形状の魔石で、先端がより鋭利に、凶悪に尖っている。人体など容易く貫けることは明白で、その先端はしっかりと先輩の首に狙いを定めていた。それに気づき、凄まじい悪寒と共に僕は咄嗟に叫ぶ。
「せ、先輩ッ!!」
そして慌てて前に出ようとして────その前に、サクラさんが先輩の首根っこを掴んでいた。そのまま、彼女は先輩を後ろの方に引っ張る。
「ひゃわっ?」
突如サクラさんによって引っ張られた先輩が悲鳴を上げ、直後既に誰もいない宙を魔石が貫く。そのまま速度を落とさず魔石は飛行を続け、やがて壁に深々と突き刺さった。
「ウインドア!」
いつになく真剣な声でサクラさんは叫んで、引っ張った先輩を己の元に引き寄せたかと思うと──なんと、そのまま抱き抱えた。
「……はっ?えっ?」
所謂、お姫様抱っこというもので。ひたすら困惑する先輩を他所に、サクラさんが続けて僕に向かって叫ぶ。
「走れ!ここは一旦退くぞ!死にたくなければ、とにかく走るんだ!」
そう叫ぶや否や、サクラさんはその場から駆け出す。その速度は森の時とは比べ物にならないで、あっという間に僕の視界からサクラさんの背中が遠ざかっていく。
「ちょ、サクラさん……!?」
堪らず呆然と呟く僕の後ろで、何か奇妙な音が凄まじい勢いで立て続けに響き渡る。その音に釣られて思わず視線を向けると────
「な、なっ……」
────魔石、だった。有り得ない勢いと速度で魔石が大量に、次々と作り出され一つになっていき、それら全てが巨大な生物のように、不気味に蠢いていた。
魔石はフィーリアさんの身体を包み込むようにして、一瞬で覆い隠す。それから一瞬だけその動きを止めたかと思うと、壁やら地面やら、そこら中からも魔石が生え出し、僕に向かって殺到する。
「ッ……!!」
濃厚な死の気配に背中を押されて、気がつけば僕はサクラさんと同じように、その場から脱兎の如く駆け出していた。