ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その七)

「やあ、久しぶりだねアルヴァ。調子はどうだい?」

 

 多種多様の魔導士たちが居を構える『魔法都市』──マジリカ。そしてこの街のみならず、フォディナ大陸を代表する冒険者組合(ギルド)、『輝牙の獅子(クリアレオ)』の執務室兼応接室にて、出された珈琲(コーヒー)を飲んでから、目の前に座るその人物に対して、そんな差し障りのない言葉をジョシュアはかけた。

 

「……まあ、ぼちぼちだね」

 

 対し、ジョシュアと向かい合って座る人物──『輝牙の獅子』GM(ギルドマスター)アルヴァ=レリウ=クロミアは気怠そうに返し、彼と同じように珈琲をゆっくりと、慎重に啜るのであった。彼女は猫舌なのだ。

 

「ぼちぼち、ね」

 

 そうして二人の会話は止まり、部屋に静寂が訪れる。その状態が数分続いた頃、またジョシュアが口を開こうとした、その時だった。

 

 

 

 ガチャ──不意に、部屋の扉が押し開かれた。

 

 

 

「おかあさんおかあさん!」

 

 扉を押し開くとほぼ同時に、そんな可愛らしい声が部屋に響き渡る。アルヴァとジョシュアが咄嗟に視線を向けると────そこには、一人の小さな少女が立っていた。

 

「……て、ジョシュアおじさんもいるの?こんにちは!」

 

「やあこんにちは、フィーリア。元気そうで何よりだ」

 

 少女──フィーリアはジョシュアにペコリと頭を下げ、無垢な笑顔と共に挨拶を送って、すぐにアルヴァの元に駆け寄る。そして彼女の腕にギュッと抱きついた。

 

「おかあさん!」

 

「はいはい、あんたのお母さんだよ。で、どうしたんだいフィーリア。下で遊んでろって、(アタシ)は言ったはずだよ?」

 

 言いながら、己の腕に抱きつくフィーリアに訊ねるアルヴァ。その声音は柔く穏やかで、浮かべている表情も優しさに満ちていた。

 

「わたしおかあさんといっしょにいたい!だめ?」

 

 そう言いながら、腕に抱きついたままフィーリアはアルヴァの顔を見上げる。そんな愛らしいおねだりを受けて、アルヴァは少し困ったように、だが何処か嬉しそうに、仕方ないという風に嘆息した。

 

「しょうがない子だね。ちょいとだけだよ」

 

 そう言って、アルヴァはフィーリアの頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でやる。途端にフィーリアの顔が綻び、さらに強くアルヴァの腕に抱きついた。

 

「……なんとも微笑ましい光景だ。しかも信じられない。この光景の中に君がいるってことが、さ。『紅蓮』のアルヴァも随分と丸くなったんだなあ」

 

「それ以上何か吐いたらブチ殺すよ」

 

 にまにまと口元を薄く少し吊り上げ、生暖かい眼差しを送るジョシュアに、隣にフィーリアがいることも気にせず殺意を込めて、そうアルヴァは吐き捨てる。その紫紺の瞳は昏く輝いており、それが冗談の類などではないのだと、否が応にもジョシュアに理解させた。

 

 彼は軽く頬に一筋の汗を伝わせながら、しかし冷静に続ける。

 

「じょ、冗談……と言いたいんだけど、冗談じゃあないんだよ、ね」

 

 スッと、アルヴァの瞳が静かに、だが恐ろしいまでの疾さで細まる。もはやその様は獲物に狙いを定めた、猛禽類のそれである。

 

 猛禽類の眼差しに射抜かれながらも、竦む己を必死に奮い立たせジョシュアが言う。

 

「四年前に出会った君は、何処か余裕がないというか……切羽詰まっていた。肉体はともかく、精神が酷く脆く、不安定に思えた。だからこそ君の専属医たる僕は僕なりに、この四年間君の手助け(サポート)をしてきた訳なんだけども」

 

 要は何が言いたい──今すぐにでもそう口に出したそうな仏頂面のアルヴァの、その隣に立つフィーリアの方にジョシュアは顔を向けて、続けた。

 

「君は変わった。一ヶ月前のあの日、その少女に──フィーリアに出会って、見違えるほどに立ち直った。フィーリアと接する際に浮かべる、君の表情が何よりの証拠さ」

 

 その言葉を最後に、ようやくジョシュアは己が口を閉ざす。そんな彼に対して、アルヴァは依然として仏頂面のまま、紫紺の双眸を細めたままだったが──数秒後、堪えられなくなったようにそっぽを向く。心なしか、その頬に僅かばかりの朱が差していた──ように思えた。

 

 そんな二人を交互に見つめて、フィーリアは不思議そうに小首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

創造主神の聖遺物(オリジンズ・アーティファクト)』と呼ばれる塔の調査から、早くも一ヶ月過ぎた。塔の最深部にて発見された少女は保護され、そのままマジリカの病院に移された。

 

 当初は一向に目を覚ます気配を見せなかった少女だったが、入院から三日ほどが経った後、突如として固く閉ざしていた瞳を開かせたのだ。

 

 このことは急遽アルヴァに伝えられ、彼女も急いで病院に向かい、そして三日ぶりに少女と顔を合わせた。

 

 最初こそ少女は言葉が話せず、自身が置かれている状況や環境に対して酷く怯えていたが、それもアルヴァが来た瞬間、パッと吹き飛んだかのように笑顔を見せ、そして驚くことに彼女に向かって走り出し、抱きついたのだ。

 

 流石のアルヴァも驚きと困惑を隠せないでいたが、普段の様子からでは絶対に想像し得ない、まるで本当の母のような温かい表情を浮かべ、己の胸元に飛び込み抱きついてきた少女を受け入れ、優しく抱き締めたのである。

 

 しばらくそうしていると、少女はアルヴァに抱き締められたまま、再び眠ってしまった。それを彼女は確認すると、起こさぬように慎重に抱きかかえ、少女を寝台(ベッド)に寝かせ、病室を去った。

 

 そして『輝牙の獅子(クリアレオ)』へと戻ったアルヴァは『世界冒険者組合(ギルド)』に二度目となる報告をし、そのまま経過観察という体で、少女を当面の間彼女が引き取ることとなった。

 

 塔の最深部にて発見された少女──綿密な検査の結果、一応は我々と同じく人間であることはわかったのだが、まだ解明できない不明な部分もあり、多くの謎が残った。

 

 中でも一番不可解なのは、何故この少女があんなにもアルヴァに懐いているのか、という一点。これに関しては彼女本人も知らないと通しており、また少女もその点に関しては何故か答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン──部屋の空気がいくらか和み始めた時、不意にやや遠慮気味に扉が叩かれた。

 

「GM。お取り込み中、申し訳ありません」

 

 ノックの次に聞こえたのは、この『輝牙の獅子』の受付嬢の声。しかし何故かその声は少し怯えているように思える。

 

「……扉、開けても構わないよ」

 

 アルヴァがそう言い、遅れて静かに部屋の扉が開かれる。当然その向こうに立っていたのは受付嬢で、固い表情を浮かべる彼女が口を開く。

 

「実は先ほど、GMに面会したいという方が、その……訪ねてきまして」

 

 気不味そうにする受付嬢に対して、アルヴァは僅かばかり表情を険しくさせながら、低い声で言う。

 

「私に会いたいって奴は、その後ろの奴かい?」

 

「え……?」

 

 アルヴァに言われて、反射的に受付嬢が己の背後を振り返る。彼女の後ろには────一人の人間が立っていた。

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