ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その八)

「私に会いたいって奴は、その後ろの奴かい?」

 

 怪訝と警戒が入り混じる声音で、そうアルヴァが受付嬢に訊ねる。それに対し、受付嬢は呆けた表情を浮かべた。

 

「え……?」

 

 呆然とそう呟きながら、彼女は己の背後へ振り返る。振り返って、堪らず悲鳴を上げてしまった。

 

「きゃあっ!?」

 

 しかし、それは無理もないことだっただろう。何故なら、受付嬢のすぐ背後には────一人の、影の如き黒衣を纏った人間が立っていたのだから。

 

 かなりの巨体を誇る人物だった。受付嬢が小柄というのもあるが、それを差し引いても身長が高い。その上がたいも良く、その身を包む分厚い黒衣の下には、鍛え上げられた肉体があるのだと、アルヴァは否応にもそう感じた。

 

 そして何よりも目を引くのは、その顔。別に整っているという訳でも、派手な(きず)がある訳ではない。例えそうであるとしても、アルヴァたちにそれを確認できる術はない。それは何故かというと、その黒衣の者が奇妙な意匠の、一世代前の機械人形(マシンドール)の頭部を模したような仮面(マスク)を被っていたからだ。

 

「ろ、受付(ロビー)でお待ちくださいと……!」

 

 狼狽えながらも、受付嬢が黒衣の者に非難の声をぶつける。それに対し、黒衣の者は頭を僅かに下げつつ、これまた分厚く黒い手袋をつけた手を後頭部にやった。

 

「はは、どうもすみません。つい、気が逸ってしまって。つい」

 

 仮面をしているせいか、黒衣の者の声はくぐもっていた。しかしその声の質や低さからして、どうやら男らしいことがわかった。

 

 黒衣を纏った男が、申し訳なさそうな声で名乗る。

 

「初めまして。私はヴィクターと申します。セトニ大陸の辺境の地にて、魔石に関するしがない研究を行なっている、しがない一研究者です」

 

 そう名乗るや否や、黒衣の男──ヴィクターは己が前に立つ受付嬢を押し退け、歩み出る。小さな悲鳴を上げる受付嬢を気にする素振りを少しも見せず、そして一切の躊躇もなく、ヴィクターは執務室兼応接室の中へと、その足を踏み入れさせた。

 

「この度は貴女──この魔法都市(マジリカ)が誇る冒険者組合(ギルド)、『輝牙の獅子(クリアレオ)GM(ギルドマスター)にして、レリウの名を継ぐ今代の大魔道士、そしてかつて『紅蓮』の二つ名で活躍と名声を手にしていた『六険』第二位の元《S》冒険者(ランカー)……アルヴァ=レリウ=クロミア殿とお話ししたく、私は訪れました」

 

 言いながら、ヴィクターは机を挟む形で、アルヴァの目の前に立つ。その様は、さながら漆黒の壁であった。

 

 予想だにしない、し得ない来訪者の出現に、ジョシュアは声も出せず驚き、固まっている。そしてフィーリアは突如として現れたヴィクターを目の当たりにして、怯えた様子でアルヴァの腕にギュッと抱きついていた。

 

「……そうかい。で、アンタの言う話って何だい?」

 

 異様とも表せる空気漂う最中、ただ一人平常と打って変わらぬ様子で、冷静にアルヴァがヴィクターにそう訊ねる。対し、ヴィクターはさも平然と受け答えた。

 

「ちょっとしたデリケートなお話しです。……ですので、再度申し訳ないのですが、今すぐに貴女以外の方にはこの部屋から出て行ってもらいたいのですよ。何分デリケートなお話しですから、貴女と二人きりになりたいんです」

 

「……厚顔無恥というか面の皮が厚いというか……まあ、いいだろう」

 

 って訳だ、と。アルヴァは隣のフィーリアと固まる二人に言う。

 

「ジョシュア。フィーリア連れて下に。ミリーナ、アンタはその間抜け面さっさと直して仕事に戻れ。じゃないと今すぐクビにするからね」

 

「え、ええっ!?わ、わかりました!」

 

「……わかったよ。さ、フィーリア。僕と一緒に行こう」

 

「え?わたし、おかあさんと……うん、わかった」

 

 アルヴァの言葉を受け、受付嬢──ミリーナは慌ててその場から去り、ジョシュアもフィーリアを連れて部屋から出て行く。フィーリアは少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、アルヴァの言葉に従い大人しくジョシュアに連れられて行った。

 

 バタン──扉が閉じられて、あっという間にアルヴァとヴィクターは二人きりとなった。

 

「まあ、とりあえず座りな」

 

「はい。お言葉に甘えて」

 

 アルヴァに言われ、ヴィクターは椅子に腰掛ける。ギシリ、と。腰掛けた彼の体重に文句を言うように、椅子が小さく軋んだ。

 

「それでそのデリケートな話ってのは何?こっちも割と忙しい身でね。できればさっさと終わらせたいんだよ」

 

「あの子、フィーリアという名前なんですか?」

 

「は?」

 

 こちらの言葉を無視して、そう訊いてくるヴィクターに対して、流石にアルヴァは欠片ほどの殺意を抱いたが、冷静にと己に言い聞かす。そして彼の質問に関して渋々返した。

 

「……ああ、そうだよ。そうだけど、それがどうしたってんだい?」

 

「なるほど。いやあ、フィーリアちゃん……可愛いですねえ」

 

 ──今すぐにでもブチ殺してぇ……!!

 

 ヴィクターの、その生理的嫌悪を催すうっとりとした声音で、フィーリアの名を紡がれたことに対しても、実に気色悪く可愛いと宣ったことに対しても、先ほどとは比べようがない殺意をアルヴァは覚え、しかし己の太腿を抓り上げ、なんとか堪えた。

 

 必死に平静を保とうとする彼女に、ヴィクターは言う。

 

「それでお話しのことなんですが、何を隠そうあの子、フィーリアちゃんに関することなんですよ」

 

 そう言って、さらに彼はこう続けた。

 

「お忙しい身のようですので、単刀直入に申し上げさせてもらいます。フィーリアちゃんを────魔石の落し子を、私に譲って頂けませんか?」

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