「フィーリアちゃんを──魔石の落し子を私に譲って頂けませんか?」
黒衣を身に纏う自称研究者、ヴィクターは。まるで至って普通に、さも平然とそうアルヴァに言った。その言葉には、不気味なくらいに感情というものが込められていなかった。
「……は?」
これには流石のアルヴァも絶句し、辛うじてそう返すことしかできなかった。そんな彼女に対して、ヴィクターは淡々と続ける。
「いや実はですね。先ほども申し上げた通り、私は魔石の研究を行っていまして。それでとある方から
まあ極秘の計画なので、その詳しい内容等は説明しかねますが──そう言いながら、ヴィクターは【
「無論、
言って、ヴィクターはそのケースを開く。中に入っていたのは──大量の
「とりあえず、一千万は用意しました」
至って普通に、己は正常であると主張するかのように。ヴィクターがそう言う。瞬間────アルヴァの中で、辛うじて彼女を押し留めていたモノが、音を立てて千切れた。
「……どうか致しましたか?」
無言で黙っているアルヴァの様子を変に思ったのか、ヴィクターがそう訊ねる。そんな彼の言葉に対して、アルヴァが口を開く。
「どうか、致しましたかだって?そりゃこっちの
言いながら、アルヴァは目の前に座る男を睨めつける。その紫紺の瞳には、視界に映る全てを焼き尽くす烈火の如き、憤怒の激情が揺らめいていた。
身と心を焦がす怒りに、堪らず震える声でアルヴァが続ける。
「そもそもの話、何様のつもりだいお前。
もはや殺意を毛ほども隠さずに、躊躇も遠慮も容赦もなく
「ああ、そうですね。確かに私はふざけてました。魔石の落し子の価値を見誤っていた。一千万程度の額では足りませんよね」
「はあ?」
意味がわからない、というようなアルヴァの声を無視するように、ヴィクターは続ける。
「では言い値で買い取ります、アルヴァ=レリウ=クロミア殿。とはいえ流石に限度というのもありますので、一億以上となると「帰れ」
もう、論外であった。アルヴァは一秒でもこの男を視界に入れたくなかった。あらん限りの怒りと嫌悪を込めて、ヴィクターの言葉を遮って彼女は言う。
「今すぐ帰れさっさと帰れとっとと帰りやがれクソ野郎。ちょびっとばかりの親切心で教えてやるが、これ以上
「………」
ヴィクターは、黙った。仮面をしているせいで、彼が今一体どんな表情を浮かべているのか、アルヴァが窺うことはできないが、よしんばそれができても彼女は死んでもしなかっただろう。
そうして数秒経ち、不意にヴィクターが声を上げた。
「わかりました。今日のところは帰りましょう」
言って、彼はケースを閉じ、再びそれを【次元箱】へと放り投げる。そして椅子から立ち上がると、そのまま扉の方に向かう。
「また後日、返事を聞きます。今日からしばらく、私もこの街に滞在しようと思いますので。……次は良い返事を期待してますよ」
先ほどのアルヴァの言葉を聞いていなかったのか、ヴィクターはそう言い残す。当然その言葉にアルヴァが黙っていられるはずがなく、すぐさま先ほど以上にキツい罵声を浴びせようとしたが、彼女がそうするよりも早く彼は扉を開け、部屋から出て行った。
バタン──扉がゆっくりと閉じられ、部屋にはアルヴァ一人が残された。
「…………」
少し経って、深々とアルヴァがため息を吐く。そして懐から一本の煙草を取り出し、咥えると反対側の先端に指先を近づける。一瞬だけ彼女の指先から火が噴いて、煙草に灯る。
「……ふぅ」
紫煙を吐き出して。ポツリと独り、アルヴァは呟いた。
「ストレス溜まっちまった……久々に、男でも食い漁ろうかね」