ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その九)

「フィーリアちゃんを──魔石の落し子を私に譲って頂けませんか?」

 

 黒衣を身に纏う自称研究者、ヴィクターは。まるで至って普通に、さも平然とそうアルヴァに言った。その言葉には、不気味なくらいに感情というものが込められていなかった。

 

「……は?」

 

 これには流石のアルヴァも絶句し、辛うじてそう返すことしかできなかった。そんな彼女に対して、ヴィクターは淡々と続ける。

 

「いや実はですね。先ほども申し上げた通り、私は魔石の研究を行っていまして。それでとある方から支援(サポート)を条件に、とある計画(プロジェクト)を任されているんです。ですがここだけの話……その計画というのが今、少々難航しておりまして。が、しかしです。フィーリアちゃんがあれば、その計画が大幅に進歩、いえ完成させることができるかもしれないのですよ」

 

 まあ極秘の計画なので、その詳しい内容等は説明しかねますが──そう言いながら、ヴィクターは【次元箱(ディメンション)】を開き、そこからやけに頑丈そうな銀色のケースを取り出す。そしてそれをテーブルの上に無造作に置いた。

 

「無論、無償(タダ)でという訳ではありません」

 

 言って、ヴィクターはそのケースを開く。中に入っていたのは──大量のOrs(オリス)紙幣だった。

 

「とりあえず、一千万は用意しました」

 

 至って普通に、己は正常であると主張するかのように。ヴィクターがそう言う。瞬間────アルヴァの中で、辛うじて彼女を押し留めていたモノが、音を立てて千切れた。

 

「……どうか致しましたか?」

 

 無言で黙っているアルヴァの様子を変に思ったのか、ヴィクターがそう訊ねる。そんな彼の言葉に対して、アルヴァが口を開く。

 

「どうか、致しましたかだって?そりゃこっちの台詞(セリフ)だよ。どうかしてんのは、お前の方だろ」

 

 言いながら、アルヴァは目の前に座る男を睨めつける。その紫紺の瞳には、視界に映る全てを焼き尽くす烈火の如き、憤怒の激情が揺らめいていた。

 

 身と心を焦がす怒りに、堪らず震える声でアルヴァが続ける。

 

「そもそもの話、何様のつもりだいお前。他人(ひと)私事(プライベート)にズカズカ割って入り込んで、挙げ句の果てにフィーリアを金で寄越せって……あの子は物じゃないんだよ。ふざけるのも大概にしやがれこの腐れ研究者が」

 

 もはや殺意を毛ほども隠さずに、躊躇も遠慮も容赦もなく直情的(ストレート)にぶつけてくるアルヴァに対し、ヴィクターはほんの僅かだけ沈黙したかと思うと、すぐさま合点がいったように言った。

 

「ああ、そうですね。確かに私はふざけてました。魔石の落し子の価値を見誤っていた。一千万程度の額では足りませんよね」

 

「はあ?」

 

 意味がわからない、というようなアルヴァの声を無視するように、ヴィクターは続ける。

 

「では言い値で買い取ります、アルヴァ=レリウ=クロミア殿。とはいえ流石に限度というのもありますので、一億以上となると「帰れ」

 

 もう、論外であった。アルヴァは一秒でもこの男を視界に入れたくなかった。あらん限りの怒りと嫌悪を込めて、ヴィクターの言葉を遮って彼女は言う。

 

「今すぐ帰れさっさと帰れとっとと帰りやがれクソ野郎。ちょびっとばかりの親切心で教えてやるが、これ以上(アタシ)と会話しても、お前の望むものは絶対に手に入らない。絶対に、だ。それが理解できたんなら一秒でも早くここから消えてくれ。もう二度とその趣味の悪い仮面(マスク)面を私に見せるな。私の前から失せろ、クソったれ」

 

「………」

 

 ヴィクターは、黙った。仮面をしているせいで、彼が今一体どんな表情を浮かべているのか、アルヴァが窺うことはできないが、よしんばそれができても彼女は死んでもしなかっただろう。

 

 そうして数秒経ち、不意にヴィクターが声を上げた。

 

「わかりました。今日のところは帰りましょう」

 

 言って、彼はケースを閉じ、再びそれを【次元箱】へと放り投げる。そして椅子から立ち上がると、そのまま扉の方に向かう。

 

「また後日、返事を聞きます。今日からしばらく、私もこの街に滞在しようと思いますので。……次は良い返事を期待してますよ」

 

 先ほどのアルヴァの言葉を聞いていなかったのか、ヴィクターはそう言い残す。当然その言葉にアルヴァが黙っていられるはずがなく、すぐさま先ほど以上にキツい罵声を浴びせようとしたが、彼女がそうするよりも早く彼は扉を開け、部屋から出て行った。

 

 バタン──扉がゆっくりと閉じられ、部屋にはアルヴァ一人が残された。

 

「…………」

 

 少し経って、深々とアルヴァがため息を吐く。そして懐から一本の煙草を取り出し、咥えると反対側の先端に指先を近づける。一瞬だけ彼女の指先から火が噴いて、煙草に灯る。

 

「……ふぅ」

 

 紫煙を吐き出して。ポツリと独り、アルヴァは呟いた。

 

「ストレス溜まっちまった……久々に、男でも食い漁ろうかね」

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