ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その十)

 また後日、返事を聞きます────突如としてアルヴァの前に現れた、黒衣の研究者ヴィクターはその言葉通り、あの日以来も『輝牙の獅子(クリアレオ)』に訪れては、彼女にフィーリアの引き渡しの交渉を続けた。

 

 彼が訪ねる度、アルヴァも律儀に対応しては一蹴し追い返す。それを延々と繰り返し、気がつけばそれが半ば彼女の日常と化してしまうほどに、ヴィクターはしつこく粘り、そして迫った。終いには自分が限度だと言っていたはずの一億も超える金額を提示してくる始末だった。

 

 だがそれでもなお、アルヴァは断った。フィーリアは物ではない──あの子は絶対に売らないし、渡さない、と。

 

 ……けれど、はっきりとそう断言しても、ヴィクターが諦めることはなかった。すると彼は金だけでなく、一体どこからどうやって仕入れたのか、魔道士にとって非常に価値のある希少な数々の品や、魔道士であれば喉から手が出るほどに欲しがる知識なども交渉材料に含め始めた。アルヴァの心の天秤を傾けさせようと、彼はとにかく必死だったのだろうが、それが余計にアルヴァの怒りの火に油を注いだ。

 

 延々と続けられる(いたち)ごっこ────だがしかし、それはある日、唐突に終わりを見せることとなる。

 

 

 

 

 

「わかりました。アルヴァ=レリウ=クロミア殿。貴女の心の頑なさ、私の身にありありと染みましたよ。……ここは、もう折れましょう」

 

 決して進展など訪れないであろうと思われた、フィーリア引き渡しの交渉は、二ヶ月を経て──遂に、ようやっと決着がつけられた。

 

「……そうかい。本当に、呆れる男だったよ。お前さん」

 

 そう、心底草臥れたようにアルヴァが言う。そんな彼女の言葉を受けて、ヴィクターが椅子から立ち上がった。

 

「褒め言葉として受け取ります。貴女も度を越した頑固者でしたよ」

 

「褒め言葉として受け取っとく。じゃあもうとっとと消えな。そんでこの街からもいい加減出てけ」

 

「ええ、言われなくてもそうします。この街からも、明日には去ろうと思います」

 

「そうしてくれ」

 

 うんざりとしたアルヴァの言葉に背中を押されるようにして、ヴィクターは扉を開け部屋から出ようとする。その直前、一瞬だけ彼は彼女の方に振り返った。

 

「貴女のような人間と交流(コミュニケーション)を取れて良かった。私にとって、実に貴重な体験になりましたよ」

 

 ……それはヴィクターなりの、アルヴァに対する嫌味だったのか。相変わらず感情を感じさせない、のっぺりとした声でそれだけ言い残して、彼は部屋から出て行った。

 

「……」

 

 アルヴァは押し黙ったまま、窓の方に視線をやる。既に陽は落ち始め、青い空を茜に染め上げていた。そんな窓の外の様子を眺めながら、彼女は口を開く。

 

(アタシ)もお前みたいな奴と交流できて、良い経験になったよ。これからクソみたいな奴に会っても、そいつがお前以上のクソ野郎ってことはそうないだろうし。……さて、帰ろうか」

 

 言って、彼女もまた椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 自宅への帰路を進む途中、歩きながらアルヴァは考えていた。無論、あの黒衣を身に纏った謎の研究者──ヴィクターについて。

 

 ──結局、あの男は一体何だったのか……。

 

 長い人生──と言っても精々二十四年間ではあるが──の中で、あそこまで根本から生理的に受け付けない、心の底から嫌悪と拒否が隠せられない人間に出会えるとは、色々と経験が豊富であるアルヴァも流石に思っていなかった。

 

 あの男の姿を頭の中で思い浮かべることも、ましてやあの男に関して何か考えることも極力、できれば微塵もしたくないというのが己の本音ではあったが、しかしそれと同時に否応にも気にはなる。

 

 果たして、ヴィクターは一体何者なのか────と。自称研究者ということ以外、彼の素性は一切不明である。実を言うと彼が『輝牙の獅子』を訪れた日から、アルヴァは彼に関して秘密裏に調べていたのだ。

 

 人としての倫理観というものが、あそこまで欠如した男だ。どうせ公にはできない、恐ろしく悍ましい何らかの秘密を隠し持っているに違いない。魔石の研究というのも、表舞台にはある程度露出させることができるようにしてるというだけで、その裏では非人道的な所業を犯しているはずだろう。己の目的の為ならば、あの男は何をしようと構わないはずだ──この二ヶ月間接して、アルヴァにはそれが充分過ぎるほど良く伝わった。

 

 なので彼のそういった闇を暴き出し、せめて社会的にブチ殺してやる────この調査には、そのようなアルヴァの私情も含まれていた。

 

 そうしてとりあえず、魔石の研究者という言葉を半信半疑にではあるが一応呑んで、そういった方面に絞り、繋がり(コネ)のあるセトニ大陸の研究者たちを調べた。だが、アルヴァが望んでいた結果は手に入らなかった。

 

 であればもう徹底的にしか他にない──そう結論を出したアルヴァは、とにかくヴィクターに繋がり得るだろう研究者を片っ端から調べ尽くした。調べ尽くしたが、やはりというべきか有力な情報は得られなかった。

 

 しかし徹底的。徹底的にと決めたアルヴァは、今度は本やら論文やらを漁りに漁った。研究者という人間は己の生涯をかけて得た成果をやたら目に見えるよう、ひけらかしたがる──完全な偏見ではあるがそう思っていた彼女は、その例に漏れずヴィクターもそうではないのかと考え、それらしいものを漁ったのだ。

 

 ……だが、それでもめぼしい情報は手に入らず、実に不本意ではあったが、最終的にアルヴァは諦めてしまった。

 

 その矢先に先ほどのあれだ。フィーリアを手に入れることにあれほど固執、執着していたあの男は、驚くくらいにあっさりとその手を引いた。まあ、それはそれで不自然であり逆に怪しいとアルヴァも思ったが、あちらも諦めてくれるのであればそれに越したことはなかった。

 

 ──とはいえ、本当に諦めてくれたのかねえ。

 

 自分が思う限り、ヴィクターは手段を選ばない男だ。先ほども言った通り、目的の為ならば何だってするだろうし、何だって捨てるだろうし、何だって犠牲にするだろう。そんな男が、ああも簡単に目的(フィーリア)を諦めてくれるものだろうか?

 

 その答えは──否。アルヴァの経験上、ああいった輩は信用できない。信用するとしたら、それは馬鹿な奴らだけだ。

 

 ──とりあえず、しばらくは気ィ張っとかないとだね。

 

 そうアルヴァが心の中で固く思っていると、不意に隣から声が上がった。

 

「おかあさん?そんなかおして、どうしたの?」

 

「……え?」

 

 少し不安そうなフィーリアの声に、アルヴァは慌てて顔を隣に向ける。見れば、フィーリアが声と同じように不安そうに彼女を見上げていた。

 

「あ、ああ。いやちょっと考え事してただけだよ。大丈夫さ」

 

「ほんとう?おなか、いたかったりしない?」

 

「痛くない。本当だよフィーリア。心配してくれてありがとね。それよりも、今日は何を食べたいんだい?」

 

「おかあさんのりょうり!」

 

 まるで本当の親子のように、アルヴァとフィーリアの二人は帰路を歩き進んでいく。フィーリアの小さな手をアルヴァはしっかりと握り締めながら、とある言葉を思い起こしていた。

 

 

 

 ──そういえば、何で君はあの子に『フィーリア』という名前を付けたんだい?──

 

 

 

「………」

 

 その言葉を思い出しながら、アルヴァはフィーリアの手を、より強く握り締めた。

 

 ──今度はもう、絶対に離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、アルヴァは甘く見ていた。ヴィクターという男の奥に潜む、何処までも黒く、何処までも昏い執念を。

 

 それを彼女は一ヶ月後に────最悪の形で思い知らさせられることとなる。

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