ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その十六)

「フィーリアに、手ェ出してんじゃぁ……ねえェェェェエッッッ!!!!!」

 

 プライドも、面子(メンツ)も全てかなぐり捨てた、アルヴァの全力全開必死の咆哮。それに続いて、振り上げられた彼女の足が的確に、よろめいたヴィクターの鳩尾に突き刺さる。

 

 瞬間、今までの比ではない程に巨大な紫紺色の炎が噴き、ヴィクターの背中を突き抜けて、広がり舞って散る。その様は、まるで大量の花弁(はなびら)を思わせた。

 

 アルヴァの身長を優に越す、ヴィクターの巨体が宙に浮く。そしてそのままボールのように真っ直ぐ吹っ飛び、途中にいくつかある魔石の柱も貫いて、その勢いのままに魔石に覆われた壁に激突する。瞬間今までの中で一番の轟音と破砕音が合唱しながら最深部に響き渡り、一面どころか全体の壁を覆う魔石に際限なく亀裂が走り、そして砕けた。

 

 壁に打ちつけられたヴィクターが、そのまま力なくズルズルと地面に座り込む。動く気配は、しなかった。

 

 ──………。

 

 誰がどう見ても、ヴィクターが立ち上がれるとは到底考えられない状況──しかし、それでもアルヴァは警戒を緩めんかった。……否、緩められなかった。彼女にそうさせることを、あの男の存在が許さなかった。

 

 ヴィクターは依然沈黙したまま、微動だにしない。しかし、アルヴァは未だ毅然と睨めつける。彼女の頬を、一筋の汗がゆっくりと伝う。

 

 もはや、アルヴァはその場から動けないでいる。己の手足はおろか、全身の感覚はとうに消え失せ、無意識に開かれた拳は先程のように固く握り締めることもできず、またその指先に僅かな力を込めることすらも叶わない。

 

 こうして両足でちゃんと立てていられていることが、己ながらアルヴァは不思議でならなかった。本来なら、もう地面に倒れているはずだし、アルヴァ自身そうしたかった。もう何もかも放り捨て、このまま思い切り地面に倒れたかった。……だが、残されたなけなしの意地が、それを許さなかった。

 

 ──頼む。そのまま、終わってくれ。もう、終わってくれ……!

 

 慣れない神頼みをしながら、アルヴァは動かぬヴィクターを睨み続ける。手応えはあった。彼はもう、立ち上がることはできないはずだ。彼が立ち上がることは──あってはならない。

 

 久方ぶりの静寂に包まれた最深部。そのまま数秒、数分経って────アルヴァが、一瞬気を抜きかけた時だった。

 

 ビクン、と。割れ砕けた壁にもたれかかっていたヴィクターの身体が、跳ねた。

 

「ッ……!!」

 

 一瞬にしてアルヴァの全身が強張る。彼女が見てる前で、ブルブルと激しく痙攣しながら、地面に座り込んでいたヴィクターが、ゆっくりとその場から立ち上がった。

 

 ──……冗談……キツいってんだよ……!

 

 アルヴァの脳内が焦燥で埋め尽くされる。今すぐ動こうとするが、どうしても手足が言うことを聞かない。彼女の中で、ただただ焦りだけが先走っていく。

 

 立ち上がったヴィクターは、グラグラと身体を揺らし、一歩足を前に踏み出す。一際大きく身体が揺れ、危うく倒れそうになるが、何とか堪える。瞬間、ドバッと彼が被る仮面(マスク)のあらゆる部分からドス黒い血が噴き出し、その下からも大量の血が垂れ落ちていく。

 

 誰がどう見ても、ヴィクターは限界を迎えていた。しかし、彼は構うことなく、さらにもう一歩前へと足を踏み出す。また先程以上の血が噴出し、地面を赤黒く染めていく。

 

「く………ソが……っ!」

 

 焦りのあまり、上手く開かない口を無理矢理動かしてそうアルヴァが吐き捨てる。そんな彼女に向かって、残された左腕を、ガクガクと激しく震わせながらヴィクターは伸ばす──────その、瞬間。

 

 

 

 

 

 ガラララッ──突如、壁の一部が崩れた。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 アルヴァの視界の中で、崩落した壁が、無数の巨大な瓦礫へと変わっていく。そしてそれら全てが、数歩歩いたことで丁度真下になったヴィクターの頭上に落下していく。そしてヴィクターがぎこちなく頭上を見上げるのと、彼をその瓦礫群が容赦なく押し潰すのはほぼ同時のことだった。

 

 水分を多く含んだ物体を潰したような、嫌に生々しい音。透かさず、それは瓦礫の落下の轟音に覆い隠され、次々とその轟音が積み重なっていく。だがそれも、案外すぐに終わりを迎えた。

 

 たったの数秒だった。たったの数秒で、ヴィクターが立っていた場所には、瓦礫の山が築かれていた。呆然とするアルヴァが正気に返るのは、瓦礫の下からゆっくりと血溜まりが広がっていく光景を目の当たりにしてからのことであった。

 

 突如として現れた黒衣を身に纏った、狂気に塗れた研究者──ヴィクター。際限のない凶行と暴走を続けた彼が迎えた最期は、崩落した瓦礫に押し潰されたことによる、圧死だった。

 

「……終わ、った……か」

 

 不本意ながらもヴィクターという一人の男の末路を見届け、アルヴァはそう呟く。その瞬間、今度こそ張り詰めていた警戒が一気に緩み、気が抜けた彼女の膝が崩れ、そのままうつ伏せになって地面に倒れてしまう。

 

 ──……ああ……もう、動かせ、ねぇ……。

 

 途端に全身を襲う鉛のような重たい怠さと、自分の中にあった大切な何かを失ったような虚無感に、堪らずアルヴァは意識を放棄しかける。しかし、その直前で彼女の視界の隅に、とあるものが映り込んだ。

 

「ッ……」

 

 ヴィクターの、部下だった。そこでようやくアルヴァは思い出す。まだ、彼の部下が数名この場に残っていることに。

 

 意識を失いかけた身体に、意地の鞭を打つ。荒い呼吸を何度も繰り返して、アルヴァは必死になって己の腕に、手に、指に力を込めようとする。

 

 ──まだ、駄目だ……なん、とか……!

 

 念の為に懐に忍び込ませていた、信号を発する魔法を込めた魔石を取り出そうと、アルヴァは一生懸命己を鼓舞し、奮い立たせながら力を込める。……だが、虚しいことにアルヴァの指は微かにも動かない。力を込めようとしても、その仕方を忘れたように全く込められない。

 

 ──助、けん…だよ。フィーリアは……絶対、に……!

 

 その時だった。不意に────アルヴァの背後の方から、パチパチと妙に間の空いた、遅い拍手が響いてきた。それと同時に、こちらの方へゆっくりと足音が近づいてくる。

 

「?……」

 

 全く予想もしていなかったそれに、アルヴァは眉を顰める。咄嗟に顔を向けようとしたが、そうすることすらもできない。

 

 そんな有様の自分にどうしようもない苛立ちを募らせながら、唯一動かせる視線を謎の拍手と足音のする方へ向けようとする。しかし、そのアルヴァの努力は、無駄に終わった。

 

 

 

「いやあ、流石だよアルヴァ。やっぱり君は凄いや。全く以て、敵わないな」

 

 

 

 その声を聞いて、思わずアルヴァは己の耳を疑ってしまう。そして震える声で、訊ねた。

 

「……ジョシュア、か?」

 

「うん。そうだよ。僕だよ、アルヴァ」

 

 気がつけば、拍手は止んでいた。足音も消えていた。声は、すぐ隣から聞こえていた。

 

 アルヴァが、視線を向ける────そこに立っていたのは、紛れもなくジョシュアその人であった。日常(いつも)通りの、何ら変わらない笑顔を顔に浮かべた彼が、うつ伏せになっているアルヴァのすぐ隣に立っていたのだ。

 

 ジョシュアは地に伏すアルヴァを軽く一瞥したかと思うと、手も伸ばさずにそのまま先に進む。まさかの対応に、アルヴァは堪らず困惑する他なかった。

 

 しかし、何はともあれ──この場に現れたのがジョシュアだ。彼ならば事情を説明せずにも、ある程度察して動いてくれるだろう。即座にそう考えて、困惑しながらもアルヴァは彼にフィーリアを助けてくれと、そう言い出す──直前であった。

 

 

 

「やあ、待たせたね皆。じゃあ、四年という月日を、時間をかけたこの計画(プロジェクト)を、大成させるとしようか」

 

 

 

 ……と。そんなことをジョシュアが先に言い出した。それに続いて、彼の言葉を受けたヴィクターの(・・・・・・)部下たちが、全員揃って跪く。その光景を目の当たりにしたアルヴァは、一瞬頭の中が真っ白になった。

 

「……は?」

 

 先程まで言わんとしていたこととは全く違う、ひたすら困惑した呟きしか口に出してしまう。そんなアルヴァへ、魔石に囚われているフィーリアを眺めていたジョシュアがもう一度振り返る。彼は依然変わらず笑顔を浮かべていたが──アルヴァの目には、今はただどうしようもなく不気味なものにしか映らなかった。

 

 今この状況に理解が追いつけないでいるまま、アルヴァはジョシュアに声をかける。

 

「ジョシュ、ア……一体どういう……」

 

 困惑に満ちた彼女の言葉を受けたジョシュアが、唐突に己の懐を探り、そこから筒のような、鉄の塊を取り出す。そして彼はそれを、ゆっくりとアルヴァの方に向けた。彼女の瞳に、先端に空いた穴が映り込む。

 

「君は見たことがないよね。これは銃と言って、早い話鉄の弾を音の速さでこの部分……銃口から撃ち出す武器さ。セトニ大陸で秘密裏に開発されてるんだけど、一般的に流通するのは恐らく十数年後辺りになるかな」

 

「銃……?武器……だって?」

 

 ジョシュアの説明を聞いて、アルヴァの困惑はますます極まる。当然だろう、その武器を、アルヴァは今ジョシュアに向けられているのだから。

 

 こちらに向ける穴──銃口を微塵も逸らすことなく、ジョシュアが続ける。

 

「この計画を達成させるにあたって、何よりの障害で、それと同時に重要な欠片(ピース)だったんだ。君という存在が──アルヴァ=レリウ=クロミアという存在がね。だから四年前、僕は君に近づいた。今日という日の為に、君の絶対的信頼を得る為に、ね」

 

 変わらない笑顔を浮かべたまま、ジョシュアが言葉を続ける。だが、それらほぼ全てが、アルヴァの耳を擦り抜けていた。

 

「アンタ、何言って……」

 

 呆然と呟かれたアルヴァのその言葉に対して、そこで初めてジョシュアが止まる。数秒静止していた彼は、何を思ったか突然【次元箱(ディメンション)】を開いた。

 

「そうだね。もう全部終わるんだ。だから、君に教えるよアルヴァ」

 

 ストン、と。彼が開いた【次元箱】から、彼の手元に何かが落ちる。無意識にその何かにアルヴァは視線を向けて────固まった。

 

 ジョシュアは【次元箱】から取り出した──機械人形の頭部(・・・・・・・)を模した(・・・・)ような仮面(・・・・・)を頭にまで運び、そして何の躊躇いもなくそれを被った。

 

 ヴィクターの部下の一人が、仮面を被ったジョシュアに近づき、いつの間にか取り出した、見覚えのある黒衣(・・)を彼に手渡す。それをジョシュアはやはり何の躊躇いもなく受け取って、ゆっくりと静かに羽織った。

 

「こういうことだよ、アルヴァ」

 

 くぐもった声で、ジョシュアが言う。

 

 

 

 

 

「僕は──────ヴィクターさ」

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