ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その十九)

「…………」

 

 今、アルヴァ=レリウ=クロミアは大橋にいた。微風(そよかぜ)に、紫紺色の瞳と同じ色をした髪をされるがままに靡かせながら、彼女はマジリカの街並みを────以前の面影は辛うじて残されているものの、大部分は変わってしまった(・・・・・・・・)その街並みを、大橋の上から独り、黙って見下ろしていた。

 

 ──……本当に、すっかり変わっちまったね。

 

 時の流れの早さというものを嫌でもしみじみと感じさせられながら、そう心の中で呟いて、アルヴァは(おもむろ)に己の懐に手を突っ込ませ、そこから一本の煙草(タバコ)を取り出す。そしてそれを加え、先端に指先を近づけて──煩わしいとでも言うかのように眉を顰めた。

 

「ああ、そうだった」

 

 そうぼやいてから、アルヴァは煙草の先端に近づけた指先を戻し、また懐に突っ込む。そしてそこから魔石を加工して作った、簡易な小型火起こし器を取り出した。

 

「全く……別に火ィ点けられれば何でもいいんだけど、不便でしょうがないったらありゃしない」

 

 先端に着火させ、アルヴァは久々の煙草をゆっくりと味わう。紫煙を吐き出しながら、彼女は街並みから別の方へ視線を向ける。その先にあったのは────薄青い魔石に覆われている、塔であった。

 

「…………」

 

 その塔を、かつては『創造主神の聖遺物(オリジンズ・アーティファクト)』と呼ばれていた塔を、アルヴァは複雑な表情で遠くから眺め、今日までの記憶を振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、フィーリアに呼ばれた医者から、アルヴァは全ての説明を事細かに聞かされた。

 

『創造主神の聖遺物』の塔に異変が起きていることに気づいた冒険者(ランカー)によって、塔の入口付近にてフィーリアと共に倒れていた自分が発見されたこと。

 

 その後、二人とも病院に運び込まれ、先にフィーリアが意識を取り戻したが、自分は一向に意識が戻らず、その日から今日まで一年(・・)もの長い間、意識不明の昏睡状態に陥っていたこと。

 

 ……そして、自分はもう────一切の魔力がないということ。

 

 本来、この世界(オヴィーリス)で魔力なしに生きていられる生物は今のところおらず、確認もされていない。前に説明した通り、生命活動を維持させる為に魔力というものは必要不可欠で、それこそ身体を巡る血液と同等な程なのだ。

 

 だが、その魔力を失っても、アルヴァは生きている。世界全体から見ても、今の彼女は唯一無二の存在となっていた。

 

 その上魔力回路こそ致命的なまでに──否、もはや治療不可な程までに損傷してしまっているが、それによる手足の異常はなく、普通はあり得ない、まさに奇跡だと医者はアルヴァに言った。

 

 そんな彼の説明を、アルヴァは半ば他人事のように聞いていた。今己が対面しているこの現状に、確かな実感を掴めないでいたのだ。

 

 医者の説明も終わり、とりあえずその日は寝台(ベッド)の上で休み、翌日からだいぶ鈍ってしまった身体のリハビリテーションにアルヴァは努めた。一年間もずっと動かしていなかった身体はまるで別人のもののようで、またアルヴァ自身そういったことに慣れていないのもあってか、悪戦苦闘の日々を過ごすことになった。

 

 しかしそこは腐っても元『六険』(S)冒険者(ランカー)。医者からは最低でも二ヶ月はかかるだろうと言われていたのだが、アルヴァは驚くべきことにたったの一週間で、日常生活を送る分には支障をきたさない程度までに身体機能を回復させてみせた。

 

 そうして担当の医者を驚愕させながら、ある一点を除けば重大な後遺症もないということで、そのままアルヴァの退院も決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、と。それじゃあ、そろそろ行くとしようかねえ」

 

 病院での記憶も振り返り終えて、煙草(タバコ)の吸殻を口から離し、今までそうしていたようにアルヴァは【次元箱(ディメンション)】を開こうとするが──その直前でまた眉を顰めた。

 

「……本当に不便ったらありゃしないよ」

 

 そう吐き捨てながら、アルヴァは再度懐を探り、火起こし器と同じく以前であれば決してその世話になることはないだろうと思っていた、まだ新しく買ったばかりの吸殻入れを取り出す。

 

 ──いい加減、(アタシ)も慣れないとね。

 

 その吸殻入れに吸殻を押し込みながら、アルヴァは心の中でそう苦々しく呟くと同時に、改めて痛感させられる────今の自分は、ポケット程度の【次元箱】を開くことも、煙草に灯す程度の小さな火を起こすことも、できないのだと。できなくなってしまったのだと。

 

 当然のことと言えば、当然だ。そもそもアルヴァには、魔力がないのだから。己にあった全ての魔力を、彼女は失ったのだから。『ない袖は振れない』──以前カゼンから教えられたこの極東(イザナ)の言葉を、今になってアルヴァは思い出す。

 

 火起こし器と吸殻入れを懐にしまい、踵を返しその場からアルヴァは歩き出す。目的地──冒険者組合(ギルド)輝牙の獅子(クリアレオ)』へと向かう為に。

 

 世暦九百八十四年の今日────アルヴァ=レリウ=クロミア、『輝牙の獅子』GM(ギルドマスター)としての復帰の日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛あ゛〜!お゛がえりな゛ざいGM(ギルドマスター)ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!」

 

「あ、ああ……相変わらず元気そうで何よりだよ。リズ」

 

 一年と一週間ぶりに『輝牙の獅子』の門を潜ったアルヴァを最初に出迎えたのは、受付嬢兼GM代理を務めていたリズティア=パラリリスであった。

 

「ほんどゔに……グズッ、GMがもどっでぎで……ぼんどうによがっだでずぅぅぅ……!」

 

「そ、そんなに心配してくれてたのかい……その、すまなかったね」

 

 顔をぐしゃぐしゃに歪めさせて大泣きしながら、こちらに抱き着いてくるリズティアだったが、この組合に所属する他の冒険者(ランカー)たちも概ね彼女と同じように泣きながら、アルヴァの復帰を大いに喜んだ。

 

 そんな彼らに申し訳なくも若干引きつつ、謝りながら、とりあえず今すべきことを確認する為に、不本意ながら長い間留守にしてしまっていた執務室へと足を運ぶ。

 

 ──掃除とかはリズがしてくれてたようだし、まずは書類やら何やらに目を通すとしようかね……。

 

 恐らくこれから相手をするだろう膨大な書類の山を想像しながら、アルヴァは執務室の扉の取手(ノブ)を握る。そしてヒヤリとするその冷たい感触を少しばかり懐かしみながら、ゆっくりと捻った。

 

 ギィ──軋んだ音を立てながら、扉が開く。そのまま特に何を思うでもなく、アルヴァは室内に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「やあやあ。初めまして、だよね。現『輝牙の獅子』GM、元『六険』《S》冒険者────『紅蓮』の……えぇと、アルヴァ=レリウ=クロミア君?」

 

 

 

 

 ────既に、執務室には先客がいた。

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