ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────十六年前(その二十二)

 夕暮れ。茜に焼ける空を呆然と見やりながら、アルヴァは独りマジリカの大橋にいた。

 

 この日、アルヴァは(ろく)に仕事を(こな)すことができなかった。まともに、集中することも打ち込むことも、何一つ叶わなかった。

 

 ……まあ、それも当然のことだろう。己が抱える冒険者組合(ギルド)に復帰して早々、あんな話を一方的に聞かされれば。あの時点で帰らなかったことを褒めてほしいくらいである。

 

 予想だにしない、予想しようにもし得ない、『不可侵の都』からの思わぬ来訪者を前にして、アルヴァの精神は大きく摩耗し擦り減らされた。生きた心地を全く感じられず、必要最低限の仕事を片付けた後の彼女は、マジリカの陽が沈み始めるまで、ただ椅子に座っていただけであった。

 

 そうしてやっとの思いで帰路に就いたアルヴァは、何も考えずにこの大橋へと訪れていた。街並みを軽く一望できるこの場所は彼女にとって、精神安定剤のような役割を持っており、心にストレスや不安を募らせると、決まってここに来ていた。

 

 頭上に広がる空と同様に茜色に染め上げられていく街並みを、アルヴァはしばらく呆然と眺める。数秒、数分────それから、ポツリと彼女は呟いた。

 

「今日ね、(アタシ)聞かされたんだ。退院早々復帰初日だってのに、頭がどうにかなっちまいそうになるくらいの、訳わからん話」

 

 それは、独り言と表するにはあまりにも大きく、夕暮れ時のこの大橋に響き渡った。だが、それを気にも留めないで、アルヴァは続ける。

 

「フィーリアは人間じゃあなくて、予言書に記されし『厄災』の一柱『理遠悠神』アルカディアで、そんでいつの日か世界(オヴィーリス)を滅ぼしちまうんだと。……だってのに、その日が来るまで保護してくれだとか、そのくせ別に殺してもいいとか……本当に、訳がわからなくて、いい加減頭痛くなるってんだよ全くさ」

 

 無論、アルヴァの独り言に対して別の誰かが、何かを返すことはない。独り言なのだから、それが当然と言ってしまえば、まあ当然のことだ。

 

 他の誰かに見られれば、間違いなく夕暮れ時の大橋に独りで喋っているアルヴァは変人認定されるか、気でも触れたのかと不気味に思うことだろう。当然それはアルヴァ本人とてわかっていた────わかっていたが、こうせずにはいられなかったのだ。

 

「そういやフィーリアといえばね……情けないことにここ最近まともに話せてないんだ。多分、私嫌われたんじゃあないかねえ。だって、向こうから避けられてるんだよ。……もう、どうすりゃあいいのか、わかんないよ」

 

 そう呟いて、(おもむろ)にアルヴァは懐に手を突っ込み、そこから一本の煙草(タバコ)と火起こし器を取り出す。そして早速煙草の先端に火を灯そうとして────その直前で、また彼女は口を開いた。

 

「どうすりゃあいいと思う?私はどうすりゃあいいんだ?なあ」

 

 言いながら、ゆっくりとアルヴァは横に振り向く。まるで自分の隣に、そこに日常(いつも)通りに、誰かが立っているかのように。

 

 

 

 だが、もう誰もいない。今アルヴァの隣には────もう、誰も立ってはいない。そこには、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは病院で目が覚めて、なんとか身体が動かせるくらいには回復した頃の時であった。その日、アルヴァは魔力なしでも使用可能な、時間制限のある通話魔法の術式を込めた魔石を片手に、とある人物と連絡を取っていた。

 

 その人物とは──────

 

 

 

 

 

『この度は災難だったな、『輝牙の獅子(クリアレオ)GM(ギルドマスター)……アルヴァ=レリウ=クロミア殿。身体の調子は如何かな?』

 

 

 

 

 

 ──────この世界(オヴィーリス)にある全冒険者組合(ギルド)を管理管轄する組織、『世界冒険者組合』。その長である四代目GDM(グランドマスター)であった。

 

「お気遣いありがとうございます。こちらこそ多忙である身にも関わらず、(アタシ)のような一介のGM(ギルドマスター)に過ぎない者の為に貴重な時間を割いてくださり、本当に感謝します」

 

 相変わらず裏の読めないGDMの声音に対し、アルヴァも欠片程も心には思っていない言葉を連ねる。こんなやり取りは、所詮社交辞令に過ぎない。

 

『別に気にしなくともいいさ。それに一介だなんて謙遜することもない。なんだって君はかの『三獣』の一角のGMなのだから』

 

「……ありがとうございます。して、些か気が早いとは思うのですが、本題に……四年前、そちらから派遣された医者の、ジョシュアの件に移っても?」

 

 GDMとの会話をなるべく早く切り上げたい心情を見透かされぬよう、アルヴァは注意を払いつつ遠慮がちにそう訪ねる。

 

 ……しかし、そのアルヴァの言葉に対して、向こうからの返答はなかった。両者違いに無言となり、場が静寂に支配され、数秒────先にまた口を開いたのはアルヴァであった。

 

「ジョシュアに関して、私が貴女から訊きたいことは一つ……彼は、一体何者だったのでしょうか?」

 

 そのアルヴァの問いに関しても、返されたのは沈黙で、だがそれを気にすることなくアルヴァは続ける。

 

「私は、どうしてもそれが知りたい。先日、ここの院長にも訊きました。ジョシュアについて、可能な範囲で教えてほしいと。……ですが、次にこう言われました。今までに、この病院に────そんな名前の医者はいない(・・・・・・・・・・・・)と」

 

 アルヴァの声音は、真剣そのもので。だが、それでもGDMは口を噤んだまま、ひたすら無言を保っていた。そんな彼女の様子に内心苛立ちながらも、それも見透かされないよう表には出さずに、アルヴァはなおもこう続けた。

 

「どうか、お願いします。私はただ知りたいだけなんです。ジョシュアとは一体何者だったのか──彼は一体何だったのか、私は知らなければならない。……気が、済まない」

 

 アルヴァの、真摯に尽きる懇願────その前に、遂にGDMが噤んでいたその口を、開いた。

 

『『輝牙の獅子(クリアレオ)』GM、アルヴァ=レリウ=クロミア。私から君に言えることは、一つ』

 

 グッと、アルヴァの表情が強張る。欲して止まない情報が手に入るのだから、それは当然のことだろう。

 

 ……しかし、GDMからかけられたその言葉は──────

 

 

 

 

 

『今後一切、この件には関わるな』

 

 

 

 

 

 ──────アルヴァの期待を、真っ向から潰すものであった。

 

『力になれず、すまないな。だが、この世には知らなくてもいいことがある。心苦しいとは思うが、彼のことはもう忘れろ。……忘れてくれ』

 

 絶句し固まるアルヴァに構わず、先程までの無言がまるで嘘だったかのように、GDMは饒舌に彼女にそう語りかける。皮肉にも、その言葉がアルヴァを正気を取り戻させた。

 

「……ふざけないで、ください。私は、真剣に言『もしこれ以上追求するというのなら、冒険者組合への支援(サポート)の全てを断ち切らせてもらう』………は?」

 

 GDMのその言葉には、さしものアルヴァも怒りを隠せられなかった。そうしてまた両者共に無言になって────その数分後に、やはりまたアルヴァが先に口を再度開いた。

 

「なるほど。それが貴女のやり方ですか」

 

 もはや苛立ちも隠さず、はっきりとした失望も交えてアルヴァは吐き捨てるようにそう言う。だが、返ってくるのはやはり無言であった。

 

 ──埒が明かない。

 

 そう判断したアルヴァは、今すぐにでもこの手に持つ魔石を投げ捨てたい気持ちを抑え込みながら、未だ黙り込むGDMに言い放つ。

 

「私はともかく、他の冒険者(ランカー)や受付嬢たちの生活がある。ここは大人しく引き退がりましょう。……だが、良い機会だ。この際はっきり断言させてもらうぞ四代目」

 

 もう、アルヴァの声には欠片程の敬いはなくなっていた。その代わりにあったのは──確かな軽蔑と怒りであった。

 

「先代の突然死、『世界冒険者組合』上層部構成員の大幅な変更……数を挙げればキリがないからこの辺りにしとくが、覚悟しておけよ。何を企んでいるのか知らんが、いつかその尻尾を掴んでやる」

 

 アルヴァの声には、逃れようのない凄みがあり、並大抵の相手ならばこれだけで戦意を喪失させられるだけの圧が込められていた。しかし、それを受けた当人のGDMは、然程気圧された様子もなかった。

 

『了解した。これでも物覚えは良い方でね……ではそのいつかまで、お互いより良い関係を築いていこう』

 

 その言葉を最後に、通話魔法が切られる。何の音もしなくなった魔石をアルヴァは握り締め────無言でそれを地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 思い出したくもなかった、病院での記憶を振り返って数分。横に向けていた顔をアルヴァはまたゆっくりと正面に戻す。そして火起こし器を──ジョシュアからの贈り物であるそれを見つめながら、最後に彼女が震える声で、ポツリと呟いた。

 

 

 

「慣れなきゃ、なあ」

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