「で、もしかしなくても……アンタだな?」
興奮と緊張でその場から動くことも、口を開くことも上手くままならない僕が見ている中、『三精剣』の面々と気さくなやり取りをしていたガラウさんが、ふと唐突に真剣な表情でそう言いながら振り返る。彼の視線が注がれる場所────そこには、壁にもたれかかるサクラさんの姿があった。
「……ああ。いかにも」
アルヴァさんの話が終わってから、沈黙を保っていたサクラさんが、普段よりも少し低い声でガラウさんの問いかけを肯定する。そんな彼女の元へ、ガラウさんはゆっくりと歩いて近づいていく。
「やっぱりな。……いやあ、耳にする数々のお噂以上だな、『極剣聖』。前々から是非とも会ってみたいとは思っていたが……全く感激モンだぜこりゃあ」
一定の距離にまで近づくと、ガラウさんはそこで止まる。そんな彼に、サクラさんはチラリと視線をやる────その様子を見て、僕は頭の中で何かが引っかかった。
──……何だ?サクラさん、何かいつもと違う、ような……?
と、僕が抱いたその違和感を疑問に思ったその時だった。
「ねえねえ。君ってさぁ、まさかクラハ=ウインドア?」
突然、すぐ近くで底抜けに明るい声が聞こえて、咄嗟に前を見れば────鼻先に吐息がかかりそうな程の距離に、『三精剣』ミルティック姉妹三女、イズ=ミルティックさんの顔があった。
「え、ぉうわっ!?」
そのことに僕は驚愕し、堪らず声を上げてしまうが、イズさんはそれを少しも不快に思った様子も見せず、どころかやたら興味津々という感じでさらに僕の方へと詰め寄って来た。
「最近になって色々話聞くから気になってたんだけど……意外とイケメンじゃん」
「ふむ。確かにイズの言う通りだ。まだ少し幼さは残っているが、それでも良い男には違いない」
「ちょっと二人とも。初対面で顔の良し悪しを計るのは止めなさい。……妹たちが申し訳ありませんウインドア様。先程名乗った通り、私はリザ=ミルティックと申します。といっても、既にご存知だったでしょうか?」
「え?ええ?いや、あ、は…はい」
イズさんが詰め寄ったことをきっかけに、残る『三精剣』の面々であるアニャさんとリザさんも僕の方に近づいてくる。会話は勿論のこと、異性(ただし先輩は除く)とまともに接触すらしたことのない僕にとって、彼女たち三人のコミュニケーションはあまりにも刺激的で、とにかく一溜まりもなくて。ただ情けなく動揺するしか他なかった。
が、その時。思わぬ救いの手が僕に差し伸ばされた。
「お、お前らクラハに近づき過ぎだ!もう少し離れやがれ!」
そう言って慌てて僕と『三精剣』の間を割って入ってのは、先輩だった。
──せ、先輩……!
堪らず感動してしまう僕だが、ふと疑問に思う。何故か、心なしか先輩の様子が不機嫌そうに見えたからだ。
僕が首を傾げる最中、『三精剣』全員の意識が先輩へと向けられ、注がれる。
「……な、何だよ。文句でもあんのか?ああ?」
先程とは打って変わって、三人は無言で先輩を見つめ、その視線を一身に受ける先輩は僅かに怯えたように、しかしそれを誤魔化すように語気を強めて三人にそう訊ねる。
その先輩の問いかけに、『三精剣』たちは数秒を以て────
「「「可愛いぃぃぃっ!」」」
────と、やたらテンション高めに叫んで返した。その黄色い叫びを僕よりも間近で受け、堪らず先輩はビクッと全身を驚きで跳ねさせる。そしてその直後、あっという間に『三精剣』によって先輩は取り囲まれてしまった。
「ええ何なにナニ!?いつの間に『
「いや格好を見る限り
「そんなのどっちだっていいじゃない!貴女お名前は?お名前は何て言うの?お姉さんたちに教えて?」
……女三人寄れば姦しいとは、まさにこのことを言うのだろう。瞬く間に先輩を取り囲んだ『三精剣』は、きゃあきゃあと歓声を上げながら、皆先輩へ口々にそう捲し立てる。当然先輩はというと、琥珀色の瞳を白黒させて、質問を携え迫り来る彼女たちに圧倒されるばかりであった。
「ちょ、まっ……!」
そして慌ててその場から逃げようとするが、しかし当然それを『三精剣』の面々が許すはずもなく────
「うわぁほっぺぷにぷにぃ〜!肌ツヤもハンパないし、メッチャ羨まなんですけどぉ!?」
「む。これは……背や顔立ちに反して、中々………羨ましいな……」
「きゃああん本当に可愛いわねえ貴女!もう、食べちゃいたいわあ!!」
────と、今度はその身体を好き放題触られまくられてしまう。イズさんには横から頬を指先で突かれ何やら感激を覚えられ、アニャさんには背後から胸を揉まれ羨望を抱かれ、長女たるリザさんに至ってはもはや髪と同じく深紅色の瞳を妖しく爛々と輝かせ、荒い息遣いで場も気にせずそう叫ぶ始末だった。
「おま、なにす……ひゃぅっ!ちょっ、やめっ……やぁ……!」
碌な抵抗もできず、憐れにも先輩は『三精剣』に好き勝手に弄ばれてしまう。その光景を僕は、ただ黙って眺めるしかなかった。
──す、すみません先輩……僕では、とてもじゃないけどそこから助け出せません……本当にすみません……!
と、その時。不意にアルヴァさんがわざとらしく咳払いをした。瞬間、『三精剣』がハッと一斉に我に返ったように止まる。
「あー……その辺で勘弁してやってくれ。その子は
アルヴァさんの言葉に、彼女たちは慌てて先輩から離れる。ようやく解放された先輩もすぐさまその場から逃げ出し、僕の方へと一目散に駆け寄ると、僕の背中に縮こまって隠れてしまった。
「先輩、大丈夫ですか……?」
僕がそう訊ねると、先輩はフルフルと力なく首を振る。……どうやら先輩の精神は、ものの数分でそこまで磨耗させられたらしい。とはいえ、先程先輩が受けた扱いを考えれば、それは当然というものだ。
「ご、ごめんなさい……その子があまりにも可愛らしかったから、つい」
と、『三精剣』の筆頭であるリザが代表で謝罪してくれるが……それでも、先輩は僕の背中に隠れたままだった。僕と『三精剣』の間で気不味い空気が流れる中、アルヴァさんが口を開く。
「さて。若干部屋の雰囲気が和んだところで悪いが──────
その瞬間、この執務室を途轍もない、形容し難く凄まじい怖気が貫いた。