『我が滅びの一端、確とその目に焼き刻め』
そう言って、アルカディアは手に取った魔石の杖をゆっくりと振るう。直後──今や住民の居ない旧市街地方面に、薄青い光の柱が無数に突き立った。それと同時に、強大かつ膨大に尽きる魔力が、大気中を震わせ満ちていく。
そして、突き立ったその光の柱が、やがて一つに収束を始めて。やがて一つの巨大過ぎる柱となったその時────それは、弾けた。
弾けた光の柱は極光となり、極光が旧市街地全体を包み込み、その光景を目の当たりにしていた全員の視界を埋め尽くす。今までに感じたことのない魔力の波動が余波となって、こちらにまで届いて、僕の肌を撫で、大気を揺さぶっていく。
やがて眩し過ぎるその薄青い光も徐々に薄まって、完全に収まった頃に僕は目を開く。開いて、思わず声を漏らしてしまった。
「これ、は……?」
僕の視界の至るところで、薄青い粒子がふよふよと舞っていた。遅れて、その粒子が魔力の成れの果て──残骸だと気づく。
──一体、何が起きて?
先程から立て続けに衝撃を受け、危うく思考停止しそうになる脳を僕はなんとかして正常に保とうとする。その傍ら、突如として呆然と立ち尽くす僕たちの中から、今にでも張り裂けそうな程に悲痛な声が上がった。
「フィリィ!ねえ、返事してフィリィ!!」
その声の主は、言うまでもなくナヴィアさんであった。彼女は胸を手で押さえながら、髪と同じ金色の瞳を濡らして、地上から必死に呼びかける。
……だが、それに対してアルカディアがフィーリアさんとして反応することはなかった。遥か宙に浮かぶこちらを見下ろすその瞳には、もはや人間味など全くの皆無である。
「……フィリィ」
悔しげに、そして悲しげに顔を歪めながら、ナヴィアさんはただその名をポツリと呟く。遅れて、宙にいるアルカディアが杖を手放し、スッと自由となった手を掲げる。
『人の子共よ。今一度汝らに告げよう。足掻くことなく、我が滅びを受け入れろ。さすれば苦しみはない。不安も恐怖も、そこにはない』
無機質無感情なアルカディアの声が響く。マジリカに響き渡る。それに続いて、掲げられたその小さな手から、魔力が放出されていく。
それは、先程見せたあの光の柱の時よりも、弾けた極光の時よりも、何処までも圧倒的で、途方もなくて、止め処ない量の魔力だった。その全てが、星微かに輝き月僅かに見せる夜空へと、際限なく放出されていくのだ。
人の身であれば、とっくのとうに搾り滓となって力尽き、果ててしまっている──だが、アルカディアは疲弊することもなければ、発せられる異様で異質な圧にも微塵の衰えも見受けられない。その事実に先輩を除く僕たち
アルカディアの魔力が、別のものに変わっていく。置き換えられていく────遅れて、僕はそれが魔法なのだと気づく。……否、魔法に限りなく近く、それでいて根底から全く
『見よ。是ぞ我が滅び。その形』
アルカディアがそう言った瞬間、変化は完全なものとなった。マジリカの空を埋め尽くさんばかりの────薄青い、言うなれば巨大な時計の文字盤が浮かび上がっていた。
『夜明けの時、
夜空に浮かぶ文字盤と、アルカディアをただ呆然と見上げることしかできないでいる僕らに、アルカディアはそう語りかけて、最後にこう告げる。
『最後に再度宣告しよう────人の子共よ、汝らの足掻きが意味を成すことは決してない。その全てが徒労に終わる。我が滅びを、我が救いを、己が定めとして受け入れろ』
そして、アルカディアの姿が一瞬揺らいだかと思うと、その全体が薄青い魔力の粒子となって、そのまま宙に散った。
瞬間、この場丸ごと僕らを押し潰すかのような圧と怖気がまるで嘘のように掻き消え、僕の身体の奥底からドッと疲労感が溢れた。
思わずその場に座り込みそうになるのを堪えながら、先程まで宙にいたアルカディアについて、呆然と振り返る。
──……もう、まるで別人じゃないか。
姿からは辛うじてその面影を感じ取れたが、発せられる雰囲気は、あまりにもかけ離れていた。その口調も、声音も何もかも──僕が知るかつての姿とは、剥離してしまっていた。
────そこの貴方、ちょっといいですか?────
────おはようございますウインドアさん!ブレイズさん!────
────マジリカに、来ませんか?────
現状と現実を痛感すればする程に、フィーリアさんとの記憶が脳裏を掠める。次々に過ぎる。その度に僕の胸をやるせない気持ちが埋めて、気がつけば痛みを覚えるくらいに、僕は己の拳を握り締めていた。
──フィーリア、さん……。
何か方法はないのだろうか。どうにか和解できないのだろうか。……対立するしか、道は残されていないのだろうか。
『厄災』として目覚めてしまった彼女を、討つしか、ないのだろうか。
──…………どうすれば。
「一旦中に戻るよお前たち。とりあえず、
誰もが押し黙る中、不意にパンと手を叩きながら、アルヴァさんが声をかける。彼女のその声で、僕もハッと我に返った。それと同時に気づく。
──あれ?
改めて、僕はこの場にいる全員を見回す。アルヴァさんに、ガラウさん。『三精剣』の皆も、先輩もちゃんと僕の隣にいる。
……だが、周囲のどこを見渡しても──────サクラさんの姿はなかった。
そのことに対して僕が驚いていると、同じく気づいたらしい先輩も慌てた様子で声を上げる。
「お、おいお前ら。サクラがいねえぞ」
だが、僕と先輩を除く全員は驚いた様子も、慌てる様子もなかった。そんな中、アルヴァさんが先輩に、そして僕にも聞こえるように言ってくれる。
「だから言ったろ。私たち
そう言うアルヴァさんの顔は、魔石の塔と、薄青い燐光をそこら中から夜空に向かって放つ旧市街地方面を向いていた。
「……」
皆の中から無言で抜けたサクラは、独りマジリカの大橋に立ち、遠方に聳え立つ、もはや魔石そのものと表しても過言ではない魔石塔と、その下に広がる────
固く真剣な面持ちのまま、彼女は静かにその名を呟く。
「フィーリア……」
サクラの声は宙に乗って、流れ、そして誰にも聞き取られることもなく、夜の闇に溶けて消えた。