ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────約束

「よぉしお前らぁ!相手は手前(テメェ)の遥か格上!決して正面切って戦おうとするな!必ず三人以上の複数人で対象を囲んで、一撃入れたら回避に徹しろ!そんで隙見つけてまた一撃叩き込んでやれ!」

 

「「「「「オオオォォッ!!!!!」」」」」

 

 マジリカ、市街地と旧市街を分け隔てる広場にて。ガラウさんの怒号如き指示に、彼に連れられた総勢五十人のA冒険者(ランカー)たちが怒号如き返事で応える。その光景は側から見ても圧巻で、その周囲の大気がビリビリと震えているような気さえしてくる。

 

「そして最も大事なことを伝える!いいかお前らぁあ!!俺たちは死ぬ為に戦うんじゃねえ──明日を勝ち取りに、明日に進む為に戦うんだ!どんな状況になっても、それだけは絶対に忘れるな!諦めるな!だから────これが終わったら、全員腹ぁ弾けるまで酒を飲み明かそうぜぇえええッ!!!」

 

「「「「「オオオォォッ!!!!!」」」」」

 

 信頼により堅く結ばれた団結力は、凄まじい程の爆発力を生む。その爆発力は、各々の士気を極限まで、否際限なく高めてくれる────僕は、番付入り(ランクイン)冒険者の、正に先頭に表立って走るに相応しいだけの度量と威厳をこれでもかと見せつけられ、堪らず拳を固く握り締めてしまう。

 

 ──僕もいつかあんな風に……。

 

 そう思い、直後その思いを頭の中から振り払う。違う。僕が目指すのは、僕が最も偉大と思う人の、不安も吹き飛ばし心配も持たせない程の、そんな漢。そしてそれに至る為には、畏れ多くも──あのガラウさんを越えなければならない。絶対の、絶対に。

 

 ──……遠い、な。全然先が見えてこないや。

 

 僕は改めて自覚する。ガラウさんの怒号を耳に聞いて、ガラウさんの迫力を目にして。改めて、己が歩まんとしている道の果てしなさを。その険しさを。

 

 大抵の者は諦め、挫折し、そして半ばで止まりそこで終わるだろう──だが、僕にはそれが許されない。許さない。

 

 たとえ足の裏がズタズタに傷ついても。これ以上にない程に身体を痛めつけられても。そんな苦など、笑って吹き飛ばせるくらいまでに、自分は強くならなければならない。

 

 ──そう、あの日あの夜に……先輩に言って、誓ったんだ。

 

 男に──否、漢に二言はない。ここで躓いたら、立ち止まったら、戻ったら────僕は二度と、先輩の隣に立てない。その資格を、失ってしまう。

 

「私たち『虹の妖精(プリズマ)』は後方支援に回ります!前衛の補助(サポート)をできる限り最大限に、負傷者が出たら即座に治癒を!」

 

 と、そこで『三精剣』筆頭(リーダー)、リザさんの凛とした声が広場を貫く。その迫力と勢いこそガラウさんには敵わないが、それでも耳に聞く者たちを圧倒させるだけの声量と、気迫がそこにはあった。

 

 ──リザさんも凄いな……。

 

 そう感心する傍ら、僕はまた彼女たち『三精剣』も越えるべき壁だと再認識する。……本当に、気が遠くなる道のりである。だが、そのことに対して、己の選択を誤ったとは思わない。後悔など以ての外だ。

 

 ──……いや。後悔自体は少ししてる、な。

 

 しかしそれは別のこと。そう、僕がこの戦いに参加するに当たって────やはり、先輩の心へ負担をかけてしまったことに対して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、先輩。話って何ですか?」

 

 アルヴァさんに僕も共に戦うと告げ、それに伴いガラウさんと『三精剣』の皆さんと、これからの方針を決めて、そしていよいよ執務室から戦場となるであろう広場に向かう──その直前だった。

 

『クラハ。ちょっと話あるから、来い』

 

 そう、突然先輩から言われた。……こちらに有無を言わせない、静かな迫力を携えて。

 

 ガラウさんたちに少し遅れると伝え、僕は先輩に言われた通り現在泊まっている宿屋に向かい、部屋まで来た訳である。

 

 扉をノックすると、少し遅れて中から先輩の返事がして、ゆっくりと扉を開くと──先輩は、寝台(ベッド)の上に座っていた。

 

 部屋に入った僕を見るや、先輩は無言で自分の隣を指先でトントンと数回突く。最初それが一体どんな意味なのか、僕は疑問に思ったが遅れて「ここに座れ」と示しているのだと理解する。

 

「……し、失礼します」

 

 先輩は、今までにない、言い表せようのない雰囲気をその身に纏っている。そのことに少なからず動揺、困惑する自分がいて、思わず気後れしつつも先輩が座る寝台の元まで歩き、そして一言断ってからゆっくりと、寝台を揺らさないようにと変な気を遣いながら、僕は慎重に先輩の隣に座った。

 

「……」

 

 僕を寝台に座らせた先輩は、何も喋らない。こちらに顔を向けることなく、ただ俯いて、依然沈黙を保っている。それを前に──否、先輩の雰囲気にすっかり呑まれて、僕も口を開けず黙るしかないでいた。

 

 ──この感じ、前にもあったな……。

 

 などと、気を紛らわす為以前にも何度かあったこんな状況のことを思い返す────その時だった。

 

 

 

 

 ギュ──不意に、なんとなく寝台に置いていた僕の手が、柔らかい何かによって包まれた。

 

 

 

「ッ?!」

 

 予想だにしていないその感触に、僕は思わずその場で飛び跳ねそうになって。けれどそれを咄嗟に鋼の精神で堪える。僕とて、今まで場数を踏んでいない訳ではない。色々な経験をこの身で味わってきた。……本当に、色々と。

 

 ──だから落ち着け。落ち着くんだ僕。落ち着いて、冷静に手元に視線をやるんだ……!

 

 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと手元に視線を運ぶ。運んで──そして危うくまた飛び跳ねそうになった。

 

 ──え……!?

 

 僕を部屋に招いてから、未だ無言を貫く先輩。しかし、その口を開くよりも先に先輩は────小さく柔そうな己の手を、僕の手に重ねていた。

 

「クラハ」

 

 僕が驚くのも束の間、そこで初めて先輩は口を開き、俯かせていたその顔をこちらに向ける。そこにあったのは──酷く優しげな、笑顔だった。

 

「行ってこい」

 

 声も、その笑顔と同じくらいに優しさに満ち溢れていて。先輩はたった一言僕にそう言うと、僕の手に重ね合わせていた手を離す。……心なしか、名残惜しそうに。

 

「話はこれで終わりだ。こんな時に、こんなことの為だけに、わざわざ呼び出してごめんな」

 

「え、あ……い、いえ全然大丈夫ですよ。……えっと、じゃあ僕、行きますね」

 

「おう」

 

 先輩は、笑顔を浮かべたままだった。その笑顔に見送られながら、僕は寝台から立ち上がり、そして部屋から去るために歩き出す。

 

 ……気のせいか、足が妙に重い。背中を引っ張られるような、そんな感覚もしている気がする。だが、それでも僕は行かなければならない。この街を守る為に、明日へ進む為に。

 

 瞼の裏に、先程見た先輩の笑顔がくっきりと張り付いている。それを思い出し、そして振り払いながら、扉を開く────直前。

 

 

 

「クラハッ!」

 

 

 

 今にでも張り裂けてしまいそうな先輩の声が、部屋を震わせた。続け様、こちらに向かって足音が駆け寄って来る。

 

「せ、先ぱ」

 

 思わず一瞬硬直してしまった僕だったが、一体何事かと背後を振り返ろうとする。だがその前に──むにゅん、と。凄まじく柔らかい何かが背中に、勢い良く思い切り押し当てられた。

 

 ──ッ!?ッ?!?!

 

 一瞬にして大混乱を起こす僕の頭。そして立て続けに、下げていた僕の手が、再度包まれた。包まれ、握り締められた。

 

「……頭ん中じゃ、わかってんだけどなぁ。やっぱ、駄目なんだよなぁ……」

 

 先輩の声は、震えていた。どうしようもないくらいに、辛そうに。僕の手を握り締める力が、さらに増す。

 

「俺、先輩なのに。お前に必要なんだって、わかってんのに。あれだけだって、決めてたのに……でも、やっぱり駄目だ。無理だ。他の奴に任せて、一緒にいてくれって、言いたくなる。……そう、頼みそうになっちまう」

 

 言葉を連ねるごとに、先輩は己の身体を僕の背中に押し付けてくる。背中越しに先輩の鼓動が伝わるくらいに、恥ずかしげもなく胸を押し当てている。手も、もう離さないと訴えんばかりに力が込められていた。

 

「……自分(てめえ)が嫌になる。心底、腹が立つ。……それでも、抑えられねえんだ。我慢なんか、できっこねえんだよ」

 

 どうしようもない程に、震える先輩の声。そこに乗せられているのは、あまりにも大きく重い、後輩(ぼく)への想い。

 

 けれど、それに対してどう応えればいいのか、僕はわからなかった。今この時と同じような状況は幾つもあったというのに、どうすればいいのかわからない。一体どれが、何が正解なのか────わからない。

 

「………俺、待ってるから」

 

 僕の背中に身体を押し付けたまま、僕の手を握り締めたまま、依然──否、より震える声で先輩が言う。

 

「だから、だからさ。……約束、しろ。絶対に帰るって。俺んとこに絶対生きて帰って来るって……約束してくれクラハ」

 

 ……先輩の言葉は、そこまでだった。再度、部屋が静寂に満たされる。

 

 時間にしてみれば、ほんの数秒だったのだろう。だが僕には──そして恐らく先輩にとっても、永遠と錯覚する程に、長い静寂だと思えた。

 

 沈黙を経て、僕は────先輩の手を、痛くないようそっと握り返す。そして、意を決し口を開いた。

 

「約束します。僕は必ず、貴方の元に生きて帰ります」

 

 先輩は、今度は何も言わなかった。僕のその返事に対して何も言わず、ただ黙って頷く気配をさせた。

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