「ハァッ!」
ザンッ──鋭く吐いた息と共に振るった剣が、目の前の魔石の
──これで二十体目……!
見てみれば、他の《A》
──いざ始まる前までは不安でしょうがなかったけど、まさかこうなるなんて。
現在、戦況は僕たち冒険者側が圧倒的優位に立っている。僕たちがやっていることは言ってしまえば露払いみたいなもので、魔物たちが市街地に侵入しないよう各々対処しているだけだ。……その対処だけで、もう七十体程の魔物を倒した。
──ここだけでもこれだけ倒しているんだ。きっと前線で戦ってるガラウさんたちは……倍以上はもう倒しているんだろうな。
「っと……」
突如横から突き出された魔物の腕を躱し、返しの動作で僕はその魔物を斬り捨てる。不意打ちを仕掛けてきた魔物は斜めに分断され、今までと同じように砕けた。
──……にしても、な。
砕け散る途中で魔力の粒子となり、宙に舞う様子を眺めて、僕は疑問を抱く。
何故、この魔石の魔物たちはこんなにも弱いのか────と。
確かに、この魔物たちが持つ魔力自体は強力かつ強大なのは事実だ。だがその肝心な魔力を魔物たちは全くと言っていい程に活かせていない。攻撃手段はおろか、防御手段にも使えていない。
これでは宝の持ち腐れ──無意味だ。……だからこそ、却って不気味に思えて仕方がない。
──それに……。
まだ腑に落ちない点がある。それは今宙に舞った、魔力の粒子。魔石の魔物の、成れの果て。見たところどうやら魔石を使用した際に残るものに近く、だがそれとは違って消滅せずに上空へと滞留している。この場では既に五十体は倒しており、その魔物らの粒子全てが集まり、宙を漂っている。
おかげさまでこの辺り一帯が薄青い燐光で満たされている。遠目から、そして事情を何も知らなければ、さぞ美しく幻想的で、現実のものとは思えないような絶景に見えることだろう。
だが、そうではない者からすれば、今この状況は異常だとはっきりわかる。本来ならばすぐさま消え行くはずのものが、こうして未だに宙を漂っているのだから。
幸い、この粒子を吸い込んでも身体に異常は見受けられない。……まあそれも今のところ、という訳だが、現時点では人体に害を及ぼすことはないらしい。
──……ここにいる魔物も数が減ってきた。多人数で叩けばどうにかなるし、ここは彼らに任せて僕もガラウさんたちに加勢すべきか……。
この場を軽く見渡し、ある程度現状を理解した僕はそう思いつつ、剣の柄を握り締める。そして指示を出そうと口を大きく開く────その直前だった。
キイイィィィンンン──不意に、そんな甲高い音が、この場に震えてこだまし、響き渡った。
「な、何だ!?何の音だ!?」
予想だにしないその音に、《A》
──急に一体、何だ……?
音は、未だ響いている。どころか、その数も増している。最初は一つだったのが二つに、三つに。まるで共鳴でもするかのように、重なり響き続ける。
綺麗な音色だった。綺麗で、それが却って不気味極まりなく、心の底からこちらの不安を掻き立てる。
──……え?
この場にいる者たちが困惑と混乱に囚われる最中、ふと僕は気づいた。敵である魔石の魔物の動きが、いつの間にか止まっていることに。
そして────この甲高い音が響くのに合わせて、魔石の魔物の身体が細やかに振動していることに。その、瞬間だった。
パキン──突如まだ残っていた魔石の魔物の全身が罅割れたかと思えば、その場で独りでに粉々に砕け散った。残骸たる大小無数の破片と欠片が宙に撒かれ、落下する途中でその全てが魔力の残滓である粒子に変わって、宙を舞う。
その一体を皮切りに、次々と魔石の魔物たちが勝手に砕け散っては粒子となって、それら全てが宙に舞い上がる。一瞬にしてこの場が濃い青に包まれ、僕らが呆然とその場で立ち尽くす中──変化は再び起こった。
宙を滞留していた魔力の粒子が、まるで何かに引き寄せられるようにして流れ始めた。その行き先を見やれば────現在ガラウさんたちが戦っているであろう、旧市街地の方である。
それを確認した僕は、背中を押されるようにその場から駆け出す。心の中が、途轍もない嫌な予感が埋め尽くしていた。
「ちょ、ウインドアさん!?」
背後からそんな声が上がったが、それに反応し立ち止まれる程の余裕は、もうなくなっていた。
「これで、百ッ!」
バチンと閃光が瞬く。そしてそれが薄れ消えると同時に、胴に焦げた一閃を刻まれた魔石の
残滓たる魔力の粒子が宙へ立ち昇るのを見届け、バチバチと全身から閃光を弾けさせるイズはその場を軽く蹴りつける。瞬間、またしても閃光が瞬いたかと思えば、もう既にそこに彼女の姿は消えており、先程まで立っていた場所に焦げた跡が残されているだけだ。
「吹き飛べ【
別の方では魔物に囲まれたガラウが怒声と共に高く振り上げた
「ハッハァッ!どんどんかかって来いよ雑魚共ォ!俺ぁまだまだ行けるぜぇえええ!!!」
勇ましく咆哮を上げ、ガラウが目に留まらぬ速度で戦鎚を振り回し、手当たり次第に己が周囲の地面を滅多打つ。その度に戦鎚が破り砕いた場所から石柱が飛び出しては魔物たちを吹き飛ばしていった。
「【
「【
また別の方からはリザとアニャの凛とした声と共に、悉くを焼き尽くさんとする大業火と全てを呑む大洪水が巻き起こり、その場にいた魔物の殆どが容易く滅ぼされる。後に残されたのは、やはり残滓となった大量の魔力の粒子のみであった。
……とまあ、これが最前線である旧市街地中央区、現在の戦況である。クラハの予想通り、ガラウたち《S》
最初こそ絶望視されていたはずの戦いが、今や消化試合になりかけているという事実。……だが、四人それぞれが浮かべる表情はそう軽いものではなかった。
否応にも感じる、何とも言い難いこの違和感。何故この魔物たちはこうも手応えがないのか。何故その内に秘める魔力量と、こうまで吊り合っていないのか。
彼らは《S》冒険者の中で比べても、同じ《S》冒険者であるクラハなど到底足元に及ばない、歴とした強者たちである。その強者としての勘が告げていた。
だが、その肝心の何かがわからない。そして今自分たちに立ち止まれる程の余裕はない。いくら弱かろうが魔物は魔物。一匹たりとて街に通す訳にはいかない。
だから彼らは得物を振るう。その心に一抹の不安を過らせながらも、それを見て見ぬふりをしながら、彼らは戦う。
……けれど、《S》冒険者たちは知る由もない。己らが抱え込む、その不安の全容が明かされる時が近いことを。そしてそれが己らの想像を容易く遥かに、超える程最悪であることを。
そして今────刻は
キイイィィィンンン──言うなれば、それは共振音。まるでワイングラスの縁を濡らした指先で擦った時に発生するような、甲高い音が突如として響き出し、響き渡る。
「っ?何?何の音……?」
そんなリザの声を掻き消す勢いで、その音は周囲中から響き、幾重にも重なる。そして彼らは気づく。この謎の音が発生したとほぼ同時に──周りにいる魔石の魔物たちの動きが止まったことに。
そして目を凝らしてよく見れば────そう注意深くして見なければわからぬ程に、魔石の魔物たちの身体が、細かく振動していることにも。
「……よくわからんが、つまるところ
「えっ!?ちょ、ゴルミッド様!」
戦鎚を振り上げ、リザが呼び止めるのも構わずガラウは動きを止めた魔物へと突進する。そして戦鎚を以て砕かんとした、その瞬間。
パキン──彼がそうするよりも早く、魔物の全身に罅が走り、直後粉々に砕け散ってしまった。
「な?」
それを呼び水に、他の魔物たちも独りでに砕けて散っていく。撒かれた破片やら欠片が魔力の粒子となって、宙へ巻き上げられ────一つに収束する。その光景を目の当たりにしたアニャが驚愕するように口を開く。
「い、異常だ!何か異常が起こっている!」
魔力の粒子が集まっていく。他の場所からも、この場に流れ込んでいく。一つの場所へ集中していく。
「総員厳戒態勢!」
リザの声が鋭く飛び、それによりこの場にいる全員がそれぞれの得物を構え、気を引き締めた瞬間──────収束した魔力の粒子が、一気に弾けた。
言うなれば、そこは玉座の間であった。辺り一面を薄青い魔石で覆われた、そして包まれた大広間。その中央には巨大な結晶と見紛う玉座がある。
玉座に座っているのは、お粗末にも不似合いな一人の少女。真白の髪を伸ばした、小さな少女。
少女は眠っているように目を閉じており、だが唐突にその色素の薄い唇を僅かに開かせる。
「思ってたより、少し早かったですね」
そう、無感情に呟いて。少女はようやっと目を開く。其処にあったのは虹と灰の瞳であった。
「さあ、本番はこれからですよ。頑張って、精々足掻いてみせてください」
言って、少女────フィーリア=レリウ=クロミア改め『理遠悠神』アルカディアは無表情だったその顔を、凶悪に歪めた。
「……何だ。一体、何なんだ」
己にできる限りの全力でガラウさんたちと合流した僕は、目にした
僕たちの目の前にあったのは、巨大な薄青い魔石の柱。光の中から現れたその柱は、異様な雰囲気を醸し出していた。
「……来る」
不意にイズさんがそう呟いた瞬間、その場に突き立つ柱に異変が生じる。突如として、柱に亀裂が走ったのだ。
亀裂はたちまち広がって、そして甲高い音を大きく響かせ柱が砕け、崩れていく。その光景を眺めていた僕は────目を見開かずにはいられなかった。
──……え?
崩れた柱の中から、
粒子が舞う。舞って、形を成していく。集まり凝縮され、それぞれの形となっていく。
粒子は輪に。粒子は腕に。
気がつけば、其処に立っていたのは異形だった。正しく異形と、そう呼ぶ他ない
そう、
「嘘……だ。何で、何で……」
天使を彷彿させるような頭上の輪や、その背にある八つの得物を握る八本の巨腕には見覚えはない。しかし、その身体とその顔には見覚えがある。忘れる訳も、忘れられる訳もない。
激しくこの上なく動揺しながらも、震える声で僕はその名を口にする。
「『魔焉崩神』、エンディニグル……!?」
僕がそう呟くのと、
「馬鹿野郎ッ!!!」
ガラウさんが叫び、そして呆けて無防備になっていた僕の腹部を、一瞬の内に間合いを詰めたエンディニグルの拳がめり込んだのは、ほぼ同時のことだった。