ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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ARKADIA────極者と厄災、今こそ相見えて

 扉の先は、通路であった。扉の外からでは一寸先も見えぬ闇に覆われているようにしか見えなかったが、いざ突き進めばそれは間違いであると思い知らされた。

 

 まるで王城を彷彿とさせるような通路は、存外明るかった。壁に薄青く発光する魔石が繋がっているおかげだろう。

 

 果てしないこの先の終着点を目指しながら、独りサクラ=アザミヤは進む。罠を警戒しながら。ゆっくりと、慎重に。

 

 通路内の空気がサクラに纏わりつく。そしてそれはこうして一歩一歩足を進める程に、濃く重たいものへと変わっていく。

 

 恐らくだが────この通路の最果てに、己を待ち受ける存在(モノ)が影響しているのだろう。

 

 つう、と。サクラの首筋を一筋の汗が静かに伝う。その感触が、彼女の気をさらに、そして否応にも引き締めさせる。

 

 ──……刻は近い、か。

 

 そう、刻はすぐ其処まで迫っている。終焉(おわり)が、迫ってきている。

 

 果てしてそれは一体──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突だった。本当に、それは唐突なことだった。果ての見えぬ通路を歩いていたサクラであったが、刹那気づけば──彼女はもう、通路内には立っていなかった。

 

 言うなれば、そこは広間。主座す、玉座の間。

 

 サクラの視線の先。彼女の瞳に映り込むのは、あまりにも仰々しい玉座。そしてそこに座る────

 

 

 

 

 

「やっと、辿り着いてくれましたか」

 

 

 

 

 

 ────一人の少女。汚れ一つとしてない純白の髪を伸ばした、額の右側に歪に刺々しい角を一本生やした、少女の姿。

 

「待っている間、本当に退屈で退屈で、危うく退屈に縊り殺されるところでした──お久しぶりですね、サクラさん」

 

 巨大な薄青い魔石の玉座に座る、反して小柄な少女は己の頬に──正確にはそこに走る刺青の如き、曲流する薄青い線に指を這わせ、そして瞳を閉ざしたまま、押し黙っているサクラに続ける。

 

「どうしたんですか。黙ってないで、挨拶の返事一つくらいしてくださいよ。さっきと違って、こうしてちゃんと、面と向かって会っているんですから」

 

 言って、玉座に背を預けもたれながら、クスクスと肩を僅かに揺らす少女。

 

 そんな少女に対して、数秒の沈黙を挟んでサクラは────

 

「君に、その玉座は似合わない。……フィーリア」

 

 ────と、ようやく言葉を返した。返したが、それは少女が求めていたものから、遠くかけ離れた代物であった。

 

 玉座の間に、両者の間に静寂が流れる。それを先に破り裂いたのは、少女の方だ。

 

「それ、どういう意味ですか?」

 

 先程と聞き比べても、その声音は明らかに機嫌を損ねていた。だがサクラは大して気にすることもなく、平然とその問いに答えてみせる。

 

「そのままの意味だ。すっかりその気になっているようだが……正直言って、今のお前は見苦しい。見るに、堪えられん」

 

 再び、静寂が流れる。が、さっきよりも俄然ずっと早く、少女が口を開いた。

 

その気(・・・)?」

 

 機嫌を損ねるを通り越し、僅かに怒りすら感じさせる雰囲気を纏いながら、玉座の少女はそう言って、そこでようやく────閉ざしていたその瞳を、ゆっくりと開眼させた。

 

 複雑に入り乱れ絡み合う七色の瞳は、最初よりも爛々とした光を妖しく漏らし。対する無色とも形容できる灰色の瞳は、さらなる翳りが差している。

 

 明らかに人外の瞳をした少女が、言葉を続ける。

 

「その気も何もありませんよ。私はあなたたち人類の絶対敵────第四の『厄災』、『理遠悠神』アルカディアなんですから」

 

 言って、少女──アルカディアがスッと細めた瞳でサクラを見下ろす。その眼差しに、もはや人間的な温かみなど皆無で。何処までも人外的な冷淡さが込められていた。

 

 ……だが、しかし。

 

「よくもまあ、そう心にないことを、思ってもいないことを平気な面して言えたものだな。それとも何だ?もしやお前は演技だとかに関心でもあったのか?」

 

 それでも飄々としたサクラの態度は変わることがなかった。聞くものによれば酷いと思うだろう言葉を彼女にぶつけて、さらに続ける。

 

「だとしたら大根役者にも程がある。……もうこんな茶番、さっさと終いにするぞ────フィーリア」

 

 サクラの物言いは、もはや罵倒に近い。対するアルカディアは、数秒沈黙していたと思えば、唐突にその口を開いた。

 

「私は、フィーリアじゃない。『理遠悠神』アルカディアです」

 

 そう言う彼女は、何処までも無表情だった。だが、こちらに有無を言わせない迫力がこれでもかと押し出ており、並大抵の者であったらこれだけで戦意を喪失せざるを得なかっただろう。

 

 だが今アルカディアの前に立つのは、サクラ。『極剣聖』サクラ=アザミヤ。これしきのことで狼狽する彼女ではない。

 

 己は『理遠悠神(アルカディア)』だとあくまでも主張する少女に対して、サクラは平気な顔で言葉を返す。

 

「違うな」

 

 それは、あまりにも強靭な否定の意思を込めた言葉だった。その言葉を前に、玉座の少女の肩がほんの僅かに、跳ねる。

 

「お前はフィーリアだ。フィーリア=レリウ=クロミアだ。それ以上でも以下でも、それ以外でもない」

 

 そう言って────サクラは仏頂面を崩した。そこでようやく、ここで初めて、彼女は微笑みを浮かべたのだ。

 

「そんな当たり前のこと、わかっているだろう?」

 

 サクラは優しい声音で、優しい言葉を投げかける。……だが、それに対して返されたのは。

 

「違わない。違わないですよ」

 

 これ以上にないくらいに底冷えた、ただひたすらに無感情な声だった。

 

「……」

 

 サクラの微笑みが、僅かばかり曇る。それからまた彼女は口を開いた。

 

「フィ「その名で私を呼ぶなァアッッッ!!!」

 

 バキンッ──それは、明確な怒りであった。サクラの声を遮り、憤怒に叫びながら少女が玉座から立ち上がり、その直後玉座諸共その周囲の薄青い魔石が、独りでに砕かれ飛び散った。

 

「私はお前たち人類に滅びを齎す存在(モノ)!救いを与える存在!それが『厄災』、『理遠悠神』アルカディア!それ以上でも以下でも、それ以外でもない!あるものかッ!」

 

 鬼気迫る表情で、その瞳を見開かせて、喉を潰さんばかりに激しくそう叫んで、少女が続ける。サクラに向かって激情のままに吼える。

 

「今一度告げてやる、私はアルカディア!お前たち人類が打倒すべき絶対の敵────『理遠悠神』アルカディアだァッ!!!!」

 

 そう言い終えたアルカディアは、息を切らして苦しそうに肩を小さく上下させる。そんな彼女の姿を、サクラはただ黙って見上げていた。浮かべた微笑みを消して、少し哀しげに、寂しげに見つめていた。

 

 ある程度呼吸を整え、冷静さを取り戻したのだろうアルカディアは、先程の激昂がまるで嘘のように淡々と続ける。

 

「再会早々に争う程、野蛮なつもりはありません。ねえサクラさん、私実はこんな余興を用意したんです」

 

 言って、スッとアルカディアが手を振り上げる。瞬間、何も乗せられていない手のひらの上で、薄青い粒子が舞い、そして渦巻いて──気がつけば、それは真球へと変化を遂げていた。

 

「さあ、ほんの一時……存分に楽しみましょう?」

 

 その真球が一体何であるのか、疑問に思うサクラを置いて、アルカディアはそう言うと可愛らしく笑んでみせ、そしてその手に乗せた真球を宙へと放り投げた。

 

 直後、投げ出された真球の真下から、生物の触手が如き柔らかで滑らかな挙動で数本の魔石の柱が突き出し、真球を絡め取る。刹那、その柱群の中央から極太の柱が突き出て、真球と激突した。

 

 真球と柱、その二つが激突した瞬間、その間に薄青い閃光を迸らせ、硝子でも割ったかのような甲高く儚い音を広間に響き渡らせる。だが、真球も柱にも、ごく僅かな罅すらも走ってはいない。

 

 ──何だ?

 

 突如としてその場に完成した奇妙な魔石のオブジェを前に、サクラがそう思った矢先だった。

 

 ブゥン──という奇妙な音と共に、そのオブジェから薄青い光が虚空に向かって放出された。

 

「投影機みたいなものですよ」

 

 アルカディアの言葉に続くようにして、やがてオブジェから放たれる光は形を取り、四角となる。そして、彼女の言う通り────遅れてそこには映像が映し出された。

 

 その映像にあったのは──────頭上に天使を彷彿させる輪を浮かべ、背に得物たる大剣を八振り握る八本の巨腕を生やし、己の周囲に無数の腕を展開させる、そんな異形と呼ぶ他ない青年を模した薄青い魔石の像と、それと対峙する、傷だらけで血塗れのガラウ=ゴルミッドと、彼がその背後に庇っている、満身創痍の『三精剣』の面々──────という、まさに衝撃の一言に尽きる光景であった。

 

 それを目の当たりにしたサクラに対して、アルカディアは浮かべていたその可愛らしい笑顔を──凶悪に歪ませ、口元を吊り上げて言い放つ。

 

「『極剣聖』サクラ=アザミヤ。直視せよ、確とその眼に焼き刻め────圧倒的、絶望を」

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